第1夜 落街
ーー“臨海副都心
東京湾を埋め立てて作られた第2の都市。
そこにある街だ。
海の上に浮かぶ街には、シンボルタワーの“ルシエルタワー”がある。夜になると蒼く煌めくそのタワーは、まるで海に浮かぶ宝石の様である。
厳戒態勢。そう思われたが、至って通常であった。
ただ、楓たちにはその“異変”だけはわかる。
「どうなってんだ?」
街の中には人がいないのだ。
まるで静かだった。
高層ビル、ショッピングモール、大通り、駅。
飲食店など、溢れかえる建物たち。
昼下がりの明るい陽射しの元。
街は普通に生きている。
通常なら車が行き交う大通りには、まるで乗り捨てられたかの様に、車が乱立していた。
車道にただ、停車しているだけだ。
時が止まってしまったかの様だった。
ただ、信号は可動している。
誰も渡らない横断歩道を、指示している。
ビルに掛かる電光掲示板も稼働している。
PRが賑やかに流れていた。
人だけがいないのだ。
「楓!」
そこに現れたのは、沙羅と新庄だった。
勢揃いで来た楓たちを見ると、駆け寄ってきたのだ。
「何があったんだ?」
楓は沙羅と新庄にそう聞いた。
すると、半袖の白いワイシャツにグレーのスラックス姿の新庄が、首を傾げた。
「それがわからないんですよ。俺達も今さっきなんです。ここに来たのは。」
と、困惑した様にそう言ったのだ。
その隣には、沙羅だ。
黒髪をポニーテールにしたお姫様カットの、美少女だ。
今日は真っ赤なノースリーブのシャツに、黒のショートパンツ。いつものレザーではない。
足元はヒール高めのサンダル。
長い脚が強調されている。
「通報はあったらしいのよね。タクシーの運転手から。駅前で、人間が包丁持って暴れてる。って。」
と、沙羅はそう言ったのだ。
「電気とかはついてんだな。」
「人がいねーってどうゆうことだ?」
灯馬と秋人だ。
呼び出されたのだ。
彼等も今日は、陽射しが強いのでノーマルにTシャツと、デニムだ。動きやすい格好で来ている。
灯馬は黒のキャップを被っている。
「わからないわ。あたし達も来たらこの状態。だから呼んだのよ。“来栖のおじさん”に頼んで。」
沙羅はやはり困惑している。
来栖は未だ……入院中だ。
頭の検査結果がまだ出ないのだ。
もう時期、退院できるらしいが。
「沙羅姉ちゃん。通報があった駅前は?」
と、夕羅がそう言った。
ショコラ系色の長い髪をポニーテールにしている。
この大きな猫目も、どこもなく沙羅に似ている。
二人は従姉妹だ。
「行ってはみたわ。電車は動いてるのかどうかわからないわ。駅の中も見てみたけど、誰もいないし。電車も来る気配ないの。」
と、沙羅はそう答えた。
背も高くスレンダーで、同じショートパンツ姿だと姉妹に見える。
夕羅も白のショートパンツだ。
薄手のボーダーのTシャツを着ている。
「人がいなくなる。なんてあるの? “神隠し”じゃない。」
そう言ったのは水月だ。
緩やかな栗色の髪は、きちっとアップにしてあった。
ピンクのカットソーに、デニムのミニスカート。
水月らしいコーデだ。
「有り得るな。だが一体どこに。」
葉霧は黒のVネックのTシャツに、ジーパンだ。
その横にいる楓は、フードつきのジャケット。
黒コーデだ。
デニムも黒。
夜叉丸は、背中に背負っている。
嵐蔵から貰ったケースに入れて。
お菊とフンバも来ている。
「葉霧」
と、つんつんと葉霧のシャツの裾を引っ張るお菊。
お菊のスタイルは変わらない。
赤の着物にわら草履。紅葉柄だ。
葉霧はその声に指をさすお菊に、視線を向けた。
だが、先に怒鳴ったのは楓だった。
「東雲っ!!」
近くの街灯。
その上にその姿はあったのだ。
黒いスーツ姿の細身の男性だ。
銀の街灯の上に立っていた。
蒼い眼が楓たちを見下ろしていた。
「“ルシエルタワー”に来い。」
と、そう一言。
それだけ言うとゆらっとその姿は、影に変わる。
そのまま消えた。
「ルシエルタワー?」
と、灯馬が街の奥に見える蒼いタワーを見つめた。
塔の様に聳え立つタワーだ。
230メートル程の高さの塔は、巨大高層ビルと同じぐらいだ。
60階程度の高さになるだろうか。
楓は街を見下ろす様に立つそのタワーを見つめた。
不思議なことにそのタワーの真上だけは、真っ黒な雲に覆われていた。そこだけ空が黒いのだ。
今、居るところは青空が広がっている。
「とにかく行こう」
葉霧の声に頷く。
こうして、沙羅と新庄も入れ一行は、“ルシエルタワー”に、向かった。
✣
ライトがついていない塔。
それでも蒼く煌めく様に見える。
海の上の“ブルーサファイア”をイメージして、建てられたとされている。
近くに来ると辺りは真っ暗だった。
まるで夜になってしまったかの様だった。
誰もいない。
入口のドアはガラス張りだ。
聳え立つ塔に足を踏み入れる。
葉霧はお菊の手を握っている。
フンバは楓の右肩に乗っかっている。
誰もが緊張の面持ち。
ガチャ……
ドアを開けるのは楓だ。
自動ドアではなく押して開けるものだった。
鍵は開いている。
広いエントランスが迎える。
外観の蒼とは異なり、中は黒であった。
黒曜石の様な煌めきを持つ壁と床。
それらが出迎える。
外が暗いからか、中も真っ暗だった。
だが、非常灯だけが足元を照らしている。
足音は反響する。
大理石の様なタイルの床だ。
歩くだけで響く。
目の前にはエレベーター。
受付などもあり、ショップも何軒か並んでいる。
ただ、誰もいない。
それに電気もついていない。
「エレベーターは動いてるみたいね。」
夕羅が上昇ボタンを押した。
総勢……8人と子供一人、モグラ一匹。
大所帯での乗り込みだ。
楓はエレベーターが来るまでの間に、夜叉丸を出した。
背中にケースは背負っておけるので、刀は既に抜いた。
エレベーターの扉が開く。
乗り込むとエレベーターは勝手に動く。
「35階!」
と、水月はそう言った。
階数ランプが勝手に光ったのだ。
動きだしたエレベーターは、上昇する。
「展望ルームの始まりの階だな。」
と、秋人はそう言った。
2階から34階までは商業施設だったり、オフィスだったりするのだ。
展望出来るのは35階からだ。
そこにはレストランもある。
最上階は展望ルームだ。
誰もが着くまでの間、声を発しなかった。
こんな経験はした事がない。
灯馬たちは特にだ。
35階につくと、勝手に扉は開く。
黒いドアだ。
まるで石版の様な煌めきを放つドアが、開くと楓が先に降りる。
展望台になっている。
ガラス張りのそのフロアに降り立ち、誰もが目を疑った。
そこに居たのは、人間たちだった。
それも展望台に集まっていたのだ。
だが、その顔つきは異様。
眼はどす黒く光り、牙を生やした鬼の様な顔をしていた。
だが、その身体はまだ人間そのものだ。
不完全な姿で、立っていた。
「闇喰いにやられてる! 襲ってくるぞ!」
楓はそう叫んだ。
それが合図の様に、ずらっと集まっていた鬼の様な人間たちは、楓たちに向かってきたのだ。
葉霧がすかさず白い光を放つ。
展望台を光が覆う。
グルル……
呻く様な声をあげながら、光に包まれた人間たちはその身体を、前かがみにさせた。
退魔の力は、闇喰いを人間たちから解き放つのだ。
鬼の様になっていた人間たちの、顔つきは変わってゆく。
ばたばたと倒れてゆく人間たち。
そこに弾きだされた闇喰いたちは、うようよと浮かぶ。
集合体になり大きな影となる。
「あんなのが人間の中に、入ってんのか?」
秋人は目を疑った。
闇喰いの話しは聞いているが、実際にとり憑かれた人間は、見た事がない。
その状態を知らない。
「そうだ。あれが闇喰いだ。とり憑かれると身体を乗っ取り、ソイツの全てを破壊しようとする。つまり……人間じゃなくなるんだ。けど、葉霧の力はそれを消せる。とり憑かれた人間を助ける事が出来るんだ。」
と、楓はそう言った。
「“退魔師”……。そうか。そうゆう事なのね。」
と、夕羅がそう言った。
「闇を殺せるのは、退魔師の葉霧だけだ。だから……狙われる」
ぎゅっ。
楓は刀を握りしめた。
ここにきて、ようやく“退魔師”について、面々は理解した。
自分たちの力と異なる事も、その存在価値も。
“特別な存在”だと、理解したのだ。
闇喰いは大きな黒い塊になる。
すると、カツ……カツ……
と、足音が響く。
「そう何度も“消される”のは困るんですよ。コッチもそれなりに、時間と労力掛けてますからね。」
響く足音の正体は、“
大きな黒い塊の傍に近寄る不気味な男。
金色の眼が楓たちを睨みつける。
長身の端正な顔立ちは、やはり不気味であった。
人間とは異なる冷たさを持っている。
「あ! あの時の!」
沙羅はその金色の眼を見ると叫んだ。
彼女も面識はある。
黒い塊に斑目は手を向けた。
右手だ。
ポウッ。
斑目の右手から放たれる黒い光。
空中に浮かぶ黒い円の様な空間。
そこに黒い塊は、まるで吸い込まれるかの様に入りこんだのだ。
飲み込むと黒い円はまるで何も無かったかの様に閉じた。
「闇を行き来できる“空間”です。これでまた違う人間に、とり憑く。闇喰いなんてのはなくならない。あやかしが絶滅しない限り。」
斑目は楓たちの方を向くと、黒い光を空中に放つ。
黒い円がまるで穴の様にその場に現れた。
ブラックホールの様な黒い空間だ。
そこから飛び出してくる者達。
三体の“異形種”であった。
黒い穴は、彼らをその場に解き放つと消える。
縮む様に消えてゆく。
大きな異形種達は、その姿も異様であった。
まるで“魔の権化“
黒い大きな翼を持つ頭が蛇、身体はコウモリの様な姿。
鳥に似た頭を持ち、火を吹く黒い怪鳥。
そして、大きな三叉の槍を持つ牛の頭をした、獣人。
だが、その身体は鋼鉄の鎧を着ている。
「なんだ? コイツらは」
灯馬がそう言った。
「貴方たちが知りたがっていたでしょう? “人間から産まれたあやかし”。つまり“新種”です。ちょっと
斑目の不気味な声が、展望台に響き渡った。
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