第5夜 あやかしたちの暴走

 ーー街の外れにある倉庫。


 そこは空き地と隣接している。

 三つならんだ大きな倉庫は、シャッターが降りている。


 その中の一つ。

 真ん中の倉庫だけ、シャッターが半開き。



 そこにーー、沙羅と新庄拓夜はいた。


(マズいでしょ……。これは……)


 沙羅の茶系の瞳が見据える。

 その身体は拘束されている。


 ロープで身体を縛り上げられ、倉庫の冷たい床の上に座らされていた。


 その横には頭から血を流して倒れている新庄がいる。

 その体もまた、ロープで縛り上げられている。


 手と足とをロープで固定され、後ろ手に縛られなおかつ、腕も動かない様にぐるぐると、身体と固定されていた。


 足首と太腿辺りまでロープでぐるぐる巻き。

 沙羅の長い脚も同じだ。


(……拓夜のケガも気になるけど……それよりも……“コイツら”……)


 沙羅が見据えているのは、目の前で行われている“異様な光景”だ。


 そこには大勢の“あやかし”達がいる。

 それもその中には“黒坊主”と、呼ばれるあやかしがいる。


 大柄な黒いお坊さんの姿をしたあやかしだ。

 その前に集まったのは最初は人間であったが、黒坊主の持つ長い錫杖から、黒い煙が出ると、次々とその姿があやかしに変わっていった。


 その姿は、様々で中には河童もいる。

 獣人系が殆どであるが、男女問わず。

 化け猫や化け狸、バケ狐、鬼の姿をしている者もいる。


「どうすか? 俺の“秘薬”は。」


 赤いキャップを被った背の低い男が、黒坊主に声を掛けた。

 銀の錫杖を、シャン。と、鳴らし振り返る。


 黒い顔をした目つきの悪いお坊さんだ。

 白い法衣に、黒の袈裟懸け。

 黒の袴に足袋。


 大柄な身体は三メートル弱か。

 その前にいる人間に化けていたあやかし達も、普通の人間よりは少し背が高い。


 それでもこの黒坊主には届かない。


 迷彩柄のフードジャンバーのポケットに、手を突っ込み黒坊主を、見据える真紅の眼。


 小柄なその身体は青年に見える。

 何故なら迷彩柄のフードジャンバーの下は、ジーンズだ。

 そこに黒のスニーカーと、格好だけなら人間の青年と変わらない。


 だが、その顔は動物のナマケモノに似ている。

 焦げ茶の毛に覆われたその顔は、にやついていた。


 “きょう”であった。

 北のヌシ“氷瑚ひょうご”を暴走させた張本人だ。


 彼もまた“山を護るヌシ”であった。


 背中にはボウガンを背負っている。


「ふむ。凶殿か。なかなか良いな。いい出来じゃ。これがあれば、“ワシの世界”も直ぐに作れそうだ。幻世うつせから出てきた甲斐があるわい。」


 黒坊主の不敵な笑みが溢れる。


(……幻世うつせから出てきた? まさかコイツらって……楓が言う……東雲しののめとやらと関係あるの?)


 沙羅は、その動向を見つめていた。

 彼女はどうやら捕らえられているだけで、怪我はしていない様子だ。


「それならいい場所があるぜ。蒼月寺そうげつでらだ。あそこなら、アンタの“城”になる。何しろあの玖硫くりゅう一族の寺だからな。」


 子供っぽい笑みを零す凶。

 人間に近い顔をしているが、愛嬌あるその顔はやはりナマケモノに似ている。


「ほお? 玖硫一族……。退魔師か。そりゃええわい。」


 黒坊主の灰色の眼がぎらりと光った時だった。


「その話。詳しく聞かせてもらおうか?」


 夜叉丸を握り既に、刀を出している楓が倉庫の入口にいたのだ。


 その隣には葉霧だ。


「楓! 葉霧!」


 その姿を見るなり沙羅は、歓喜の声をあげる。

 嬉しそうな顔をしたのだ。


「あ? 沙羅?? なんだよ。捕まってんのか?」


 楓は黒坊主たちの後ろで、ロープに縛られている沙羅を見ると目を丸くした。


 その横に倒れている新庄の姿も見つめる。


「新庄刑事か……」


 楓はそう言った。


「楓。先に二人を解放しよう」


 葉霧は碧色の眼で、黒坊主と凶を見据える。

 右手には白い光。


(あの顔は……“忘れない顔”だ。)


 特に、凶。

 その顔を強く見据えていた。


「おいでなすった。探す手間が省けたな。ダンナ。アイツですぜ。“退魔師の玖硫葉霧”と“お憑きの鬼娘”だ。」


 凶は、にやっと笑うと黒坊主にそう言った。

 すると、黒坊主は錫杖をとんっ!と、コンクリートの地面に突く。


 遊環は六こ。

 しゃん。と、音を鳴らす。


「そうか。お前らが」


 と、灰色の眼は楓と葉霧を捉えていた。


「誰が“お憑き”だ! ふざけんな! ちびっこギャング!」


 どうやら楓も忘れていないらしい。

 そのあだ名も。


「ダンナ。いい考えがある。折角だ。俺の秘薬“紅蠍べにさそり”新バージョンで、覚醒めた連中を使えば?」


 ふてぶてしい表情をしながら、凶は集まり虚ろな眼をしているあやかし達に、視線を向けた。


 黒坊主はその口元を緩めると


「名案じゃな。昨夜のは“失敗作”だった様じゃからな。今度は大丈夫なんだろうな?」


 と、凶を横目。

 そう言った。


「ああ。ちゃんと“配合”コントロールしてあるから大丈夫だ。」


 と、凶が言うと黒坊主は錫杖を床に二回。


 シャンシャン!!


 と、突いたのだ。


 するとそれまで虚ろな眼をしていたあやかし達が、途端に目の色が変わったのだ。


 う〜……

 グルル……


 唸る様にしながらその表情までも、変貌した。

 見るからに狂暴そうな顔つきに変わった。


「なんだあいつら……」


 楓はそう呟くが、一斉にあやかし達が向かってきた。


 それは一気に押し寄せるかの様であった。


「楓! 葉霧! 気をつけて! そいつら普通じゃないわ! 来栖のおじさんをやった奴と同じよ!」


 沙羅の声が倉庫に響く。

 広い空間に反響した。


 黒坊主、凶を脇目にあやかし達が走って向かってきた。


「コイツらが……」


 楓は刀を握った。


「どうやら“自我”を失っている様だな。」


 葉霧は飛びかかってくるあやかし達に、右手を向けた。


「仕方ねぇ! 全員纏めて冥府に送ってやる!」


 楓もまた刀を握り向かってゆく。


 それを愉快そうに眺めているのは、凶だ。


(“バクの兄貴”を殺したことは、忘れてねぇぜ。鬼娘。今度こそお前らは、終わりだ。)


 真紅の眼は刀を振るう楓に向けられていた。


 葉霧は白い光をあやかし達に放ち、次々と消滅させてゆく。

 その眼は、凶に向けられる。


 凶が、ボウガンを構えたのだ。


「楓!」


 葉霧が叫んだが、楓はあやかし達を斬りつけると、そこから飛びあがり、そのまま凶の方に向かっていた。


 群れから飛び出し凶めがけて、突っ込む。


「てめぇだけは忘れねぇ。今度こそぶっ殺してやる!」


 と、楓はそう怒鳴り刀を握る。


「へっ! 鬼娘。とっとと“目ぇ覚ましな”」


 凶はボウガンを放った。

 楓はにやっと笑うと左手を向けた。


 着地しながら蒼い鬼火を放ったのだ。


「な!?」


 凶は、突然のことで目を見開いた。


 だが、その身体は蒼い鬼火に包まれたのだ。


「スゴ! なんかパワーアップしてる。」


 沙羅は楓の鬼火を見るのは、はじめてだ。

 ボウガンの矢ごと焼き尽くすその、蒼い鬼火。


 凶は炎に焼かれた。


「くそーー!!」


 そう叫びながら蒼い鬼火に包まれ焼かれてゆく。

 圧倒的な力であった。


 黒坊主も目の前で焼き尽くされる凶の姿を、驚いて見ていた。








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