第2夜 一夜明けて

 ーー翌朝。


 防人の街は、年中夜だ。


 朝の来ない街だ。

 その為、時間感覚がイマイチな街でもある。


「9時なんだけどな。変な気分だよな。」


 灯馬がスマホを眺めながらそう言った。

 どうやら、スマホは通じる。


「月と星が出てる“朝の9時”は、初だな。」


 秋人は夜空を見上げた。

 満点の星空に、落ちてきそうな大きな満月だ。


 昨夜の嵐も嘘の様だ。


「おう。待たせたな。」


 と、そこに嵐蔵と風牙がやって来たのだ。

 嵐蔵は、右手に大きな白い布袋を背負っていた。


「さあ。帰りましょう」


 風牙は葉霧と楓を見るとそう言った。


「そうだな。」


 葉霧は頷く。


 こうして、防人の街を後にした楓たち。


 この街に住む戦士たちとは、暫しのお別れだ。

 また、必ず逢うことになる。


 敵は同じなのだから。




 ✢



 風牙の島ーー、かざぐるまの島で帰路に向かう。


 その小屋の中で嵐蔵は大きな布袋を出した。

 洒落たテーブルの上に。


「いいか。これからは“防御”だ。とりあえず適当に見繕ってやったから、それぞれ持って帰れ。出来れば着用して欲しいところだ。俺はそんなに手を貸してやれねぇからな。」


 と、布袋から取り出したのは“装備”だ。

 服が大半だが、その中には胸当てや膝当て、肘当てなどもある。


 中でもベルトのポーチ付き。は、六人分。

 それから治療薬一式。

 などなど、嵐蔵からの手土産は多彩であった。


「すげー」


 灯馬は、膝当てを掴む。

 黒いサポーターみたいなもので、軽い。

 膝辺りはしっかりとカバー出来そうなほど、厚みもある。


「鬼娘にはコレだ。」


 と、刀を背中に背負う為のホルスター。

 それはベルト付きで、今つけている様なものでもあるが、胸元にも小物が入れられそうだ。


「軽い」


 楓は持つとそう言った。


「ああ。特殊な素材で造ってある。防御耐性もばっちりだ。カバーが付いてるから、刀を持ち歩いても目立たねぇ。」


 と、嵐蔵はそう言った。

 剣道の竹刀入れの様に、刀をしまえるようになっている。


「チャックがついてるな。つけてみるか?」


 と、葉霧が手を貸した。


「ん……」


 楓は夜叉丸を降ろした。

 葉霧が、カバーのチャックを開ける。

 楓は黒いカバーの中に夜叉丸を突っ込んだ。


「肩から掛ける事も出来るから、用途は使い分けろ」


 紅炎の髪が本日もやたらと燃えている、嵐蔵がそう言った。


「あ。丁度いい」


 楓はベルトを右肩からかけた。

 刀をしまうカバーの長さもぴったりだった。


「重くないか?」

「軽いよ。」


 葉霧の声に楓は笑う。


「……」


 風牙がふと、葉霧に視線を向けた。


「お二人……“一線越えました”?」


 と、さらっとそう聞いた。


「「えっ!?」」


 顔が真っ赤になった楓と葉霧だった。


「うそ!?」

「マジで!? 初!?」


 驚いたのは、水月と灯馬だ。


「まだ。だったのか?」

「みたいよ〜」


 秋人の声に夕羅は、くすくすと笑う。


「ほぉ? そうかそうか。そりゃめでてーな!」


 嵐蔵はガハガハと笑う。


「してねぇよっ!! バカじじいっ!!」


 楓はそう怒鳴った。

 顔は真っ赤だ。


(公表する事じゃない……)


 葉霧は頭を押さえた。


「えっ!? マジで!? 葉霧。お前……“大丈夫”か? 気持ちはわからねーでもねぇけど。“楓”じゃ。」


 と、灯馬は途端に心配そうな顔になった。


「なんだよ! どーゆう意味だよ!」


 楓は灯馬を真っ向から睨みつける。


「“まだ”なのか」

「みたいね〜」


 秋人の声に夕羅は、苦笑いだった。


(おかしいな。“そうゆう風”に見えたんだが……)


 と、首を傾げる風牙。


 どうやら誰もが……“行く末”を心配しているらしい。



 ✢✢



 ようやく……“蒼月寺そうげつでら”に着いた時には、昼を過ぎていた。


 とたとた……


 楓と葉霧の帰って来た音に、玄関に出て来たのは“お菊”ではなく、“優梨”だった。


 それも少し慌てている様子だ。


「あ。楓ちゃん! 葉霧くん。」


 柔らかそうなライトブラウンの髪をふわふわと、揺らしながら出て来たのだ。


 白いフレアスカートが揺れる。

 ピンクのスリッパの音をたてて、和室から出て来たのだ。


「ゆーり姉ちゃん。ただいま」

「お帰りなさい。大変なのよ。」


 と、帰ってきた挨拶もそぞろ。


 優梨は神妙な面持ちだ。

 玄関に座る葉霧と先に上がった楓を見つめる、黒い瞳も何処か険しい。


「どうかしたのか?」


 と、葉霧がそう聞くと


「“来栖くるす警部”が怪我をしたらしいの。一緒にいた刑事さん達は、無事だったんだけど……」


 と、そう言ったのだ。


「おっさんが?」


 と、楓がそう聞いた。


「ええ。“昨日、事件”があったのよ。」


 優梨のその声に楓と葉霧は、顔を見合わせていた。


 新たな何かを感じさせる“予感”が、二人を襲った。







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