第92話

「如月家……というよりは美羽さんたちを育てている親戚にお金を渡したんだよ。ここに黒炎を置いてやってくださいってね。もちろん、黒炎の養育費を裏で払っていたのは、この僕さ。他人が君のためにそんなことするわけないだろう? 子供を一人育てるのにどれだけのお金が必要だと思ってるんだ。そのことは天才の紅蓮くんも気付いていなかったようだけど。天才とはいっても、たかが中学生にそんな大人の裏事情など察することは不可能だろうけど、ね」


「……っ!」


「紅炎さん、貴方は最低です!」


黒炎くんが殴りかかろうとしていた。だけど、その前に私の手が出てしまった。バシッ! と鈍い音が部屋中に響いた。私は紅炎さんの頬を叩いたのだ。


「……ほう、義理の親になるかもしれない僕を叩いていいのかい?」


「朱里様、どうして……」


今のは焔さんでも黙ったままじゃいられなかったようで、私のほうに駆け寄ってきてくれた。


「焔さん、いいの。私はね、黒炎くんが……焔さんがこれ以上傷つく姿は見たくないの」


私が叩いたって血一滴すらも流すことは出来ないし、高校生の女の子の力なんてたかが知れてる。けど、反射的に身体が動いてしまった。


許せなかった。黒炎くんが今までどんな思いで生きてきたのか。それを知っていながら、あざ笑うかのように影から高みの見物をしていたんだから。


「朱里、守ってくれてありがとう。……俺が弱くて悪かった」


「どういたしまして。そんなことないよ、黒炎くんは強いから。だって、今まで辛いことから逃げずに生きてきたんだよ。そんなの普通の人には出来ないよ」


こんなことでしか黒炎くんを守れないのがつらい。だけど、そう難しく考える必要なんかない。私は黒炎くんをそっと抱きしめた。今は黒炎くんが少しでも私に癒やされて、元気を取り戻してくれたら。


こんな状況で無理かもしれない。けれど、こんな状況だからこそ私はこうして黒炎くんに寄り添っているのだ。


「朱里……」


「朱里様にお怪我がなくて幸いです。ですが……」


「フッ、ハハハハハ。まさか少女に頬を叩かれる日が来るなんてね。黒炎が選んだ娘はどうやら、ただの庶民じゃないらしい。……君たちに試練を与えよう。面白いものを見せてもらったお礼だよ。それに合格することができれば、二人の交際を認めようじゃないか」


「試練ってなんだよ」


「私はどんな試練でも受けます」


だって、それで黒炎くんと別れずに済むなら安いものだ。当然、紅炎さんの試練だから簡単じゃないことくらい承知の上だけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る