特別編
秋空の告白。
桜舞い散る出会いの春、虹の懸け橋となった梅雨、そして長く暑い夏が過ぎ去った。
今はもう、紅に染まる季節となっている。
何もかもが落ち着いていて、快適で、1年の終わりへと向かっていく季節。
僕、
そんな季節の放課後、秋空の下、僕はいつも通りにある場所へ向かう。
「あっ! えーしくーん! こっちこっち~~~」
その場所、幼稚園へ着くと、銀髪の女の子が僕に気づいてぶんぶんと手を振ってくれた。
僕はしゃがんで、駆け出してくる少女を迎える。
「おかえり~えーしくーん」
「ははっ。
「ええ~? ちがうよ~?」
「え?」
「えーしくんもガッコ行ってたんでしょ? だから、おかえり~って」
「そ、そうですか。それなら、えっと、……ただいま帰りました、小雪様」
「うん! サユも、ただいま~」
「はい、おかえりなさい、小雪様」
それから僕たちは、二人で手を繋いで家路につく。
いつからか、小雪様の迎えにいくのは僕の役目になっていた。
決して、
僕はただ、小雪様たちのお母さまの負担が少しでも軽減すればいいと思っただけだ。
それに僕も、小雪様といるのは好きだから。だからこうしているだけなのだ。
僕たちはゆっくり、ゆっくりと家を目指す。
その間、小雪様はその日のいろんな出来事を僕に話して聞かせてくれる。
「ねえねえ、えーしくんっ。サユねサユね、今日ね」
「どうしたんですか、小雪様。まさか幼稚園で嫌なことでも?」
興奮気味に話そうとする小雪様に、僕は問いかけるが小雪様はふるふると首を横に振った。
「ううん。そうじゃんくてね。サユね、コクハクされちゃったの」
「へ?」
コクハク? 告……白ぅだとぅ!?
幼稚園児の分際でどこのクソガキがこの可愛い小雪様に告白なんてことを!?
いやまさか、先生のほうか!? たしか優男っぽいイケメンの教員がいた気がする!? このロリコンめ! ぶっ○してやる!
いや、待て待てクールになれ。僕はクールな男だ。
まずは冷静になって状況を整理しよう。
○すのはそれからでも遅くない。
「さ、さささ小雪様……? それはえっと、どなたからされたんですか?」
「えっとねー、おんなじ組のおとこのこー。なんかね、好きだから付き合って、って」
ほっ。なんだロリコンではないのか。それなら安心だ。いや、それがマセガキの所業であることに変わりはないが。
それにしても、小雪様は告白にどう答えたんだろう? 最近の小雪様は少しおませさんなところもあるからな。もしかしたらオーケーしたなんてことも……。
「そ、それで小雪様は、どう返事をなされたのですか? よかったら僕に聞かせてくれますか?」
「ん~? サユね~」
「はい」
「てーねーに、おことわりしたよ~」
「そ、そうなのですか……。で、でもどうして? 最近の小雪様は恋にも興味があるようでしたが……」
「サユねー、好きなひとがいるの!」
「なっ!? そ、それはどこの馬の骨ですか!?」
小雪様に好きな人!?
や、やっぱり同い年の園児か?
それとも、まさか浅間紘!? 貴様は僕から小雪様まで奪うというのか!?
「ほね? ほねはよくわかんないけど、サユの好きなひとはね~」
「ひ、ひとは……!?」
「えーしくん! だよ!」
「へ……?」
放心する僕に、小雪様が抱き着いてくる。もう二人の足は止まってしまっていた。秋の涼風が二人をかすめた。
「小雪様……? 小雪様は、僕のことが好きなのですか?」
「うん!」
「そ、それはなぜ……?」
「だって~、えーしくんはずっと一緒にいてくれるでしょ~。最近はねぇねもヒロくんもぜんっぜん遊んでくれないの! でもえーしくはずっと一緒だから! だから、好き!」
「そ、そうですか……」
あ、なんだろう、これ。ただ、子どもが言っているだけなのに。「好き」の意味なんてたいして分かっていない子どもの言うことのはずなのに。
それが、たまらなく嬉しい。目じりが熱くなる。そう感じる。
「えーしくん! サユと付き合って!」
「え、……そ、それは……」
「………………だめぇ?」
幼い彼女の、彼女なりの精一杯の告白に、僕はあろうことかたじろいてしまう。
この告白に、たいした意味なんてないはずだ。
ただの、子どもの戯言だ。そう、思うのに……。
僕は抱きつく小雪様をそっと引きはがし、その目をしっかりと見つめる。
「小雪様、小雪様は本当に僕のことが好きなのですか?」
「うん! 好き~!」
無邪気な笑顔で答えてくれる小雪様。
その笑顔には、ゼッタイに微塵のウソも含まれていない。
それなら。僕は、彼女よりほんの少しオトナである僕は……、こう答えるしかないじゃないか。
「小雪様」
「うん、付き合ってくれるの?」
「いいえ。それはできません」
「え……」
笑顔が瞬時、泣き顔へと移り変わりそうになる。ごめん。ごめんなさい小雪様。
でも、どうか続きを聞いてください。
「――――――――でも、10年後」
「じゅーねん……?」
「10年後、もしあなたがその気持ちを、僕への告白を覚えていたのなら、僕は喜んであなたのものになりましょう」
「ほ、ほんとに……!?」
小雪様の目に輝きが戻る。
「はい。だから、10年の間にいろんな世界を見てください。いろんな物、いろんな人、いろんな考え方、価値観、人生。すべてに触れて、考えて、関わって。多くの経験を積んでください。まっすぐに、成長してください。そしてその先で、それでも、もし、あなたが僕のことを好きでいたのなら。覚えていたのなら――――」
僕のこの言葉は正しいか?
この子の人生を縛り付けることになるんじゃないか?
いろんな可能性を、つぶしてしまうことになるんじゃないか?
でも、それでも。僕はあなたの気持ちが嬉しい。だから。
精一杯の笑顔で、僕は伝えなければならない言葉を紡いでいく。
「――――10年後、もう1度その告白をしてくれますか? 僕はそれまで、ずっとずっと、首を長くして待っていますから」
「……? よくわからないけど、じゅーねん! じゅーねん後だね! じゅーねん後、えーしくんはサユとけっこんしてくれるんだね!」
「………………はい。そうです」
少し話が飛躍しているが、そんなことはどうでもいい。
僕が10年後、彼女を受け入れるというのはそういうことだ。
だから、僕は笑顔を絶やさない。
「じゅーねんかあ~。ながいねえ~。でもサユ、ぜったい忘れないよ! ずっとえーしくんのこと好きだもん! だからね、たのしみだね! えーしくん!」
「ええ。とても。とても楽しみです」
そうして僕らは、手を繋いで、また二人の道を歩き出した。
繋がれた手の重みが、ちょっとだけ、増した気がした。
僕の選択を、言葉を、人は笑うだろうか?
バカだと、夢を見ていると、そう言うだろうか?
でも、でもだよ。人から笑われるくらいのもので、恋愛ってちょうどいいんじゃないか? それくらいじゃなきゃ、恋なんてしてられないんじゃないか?
だから、僕は待つ。
10年といわず、いつまでだって待ってやるさ。
だってさ、その先に彼女との、小雪様との将来を描けるんだから。
それにもし、彼女が忘れるのなら、それもいい。
彼女の成長のために、僕の10年なんて安いものだ。
その時は、安い授業料だと思っておくさ。
でも、僕は彼女の気持ちを信じたい。
だって、彼女は僕が一目ぼれした人の妹で。
とても可愛くて、天使な、幼女さまで。
あの人みたいに、素晴らしい女の子で、それと同時に全く違う一人の女の子だ。
僕がこの半年、ずっと一緒にいた女の子だ。
そこで、ふと気づいた。
ああ、あった。ここに、あったんだ。
ずっと僕が求めていたものがここにあった。
僕は、あの輝くような物語のわき役でしかなかったけど。
でも、やっと見つけた。
僕が主役になれる物語。
彼女が、僕を主役にしてくれる物語。
やっと、やっと、僕と彼女だけの物語が始まった――――――――。
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