最終話 過去と未来、そして『今』。
「父さん、母さん。今まで来れなくてごめん」
8月の中旬。夏休みも半分以上が過ぎた今日。
俺は両親の墓前にいた。
隣には、もちろんユキがいる。
時刻は夕方。けたたましく、ヒグラシが鳴いていた。
「あんま汚れてないんだな」
墓の掃除をしようとして、俺はふと思う。
「たぶんですけれど、お父さんが掃除してくれていたのではないかと」
「………………そっか」
あの人にも、お世話になってばかりだな。いつか、恩返しがしたい。いやその前に、ユキとの交際を認めてもらわなきゃなあ。殴られる覚悟はしておこう。
それから、俺とユキは墓の掃除をした。
あまり目立った汚れがあったわけではないけれど、少しずつ丁寧に、10年分の想いを込めたつもりだ。
そして線香をあげて。俺は今一度墓前にひざまずき、両手を合わせて祈った。
たくさんたくさん、言わなければいけないことがある。報告しなければいけないことがある。
だけど、素直じゃない俺には、直接言葉にすることは難しい。恋人がいる前では、恥ずかしくて言葉が紡げない。
だから、心の中で、言います。
『父さん、母さん。さっきも、これだけは直接言ったけれど。ずっと会いに来なくてごめん。
俺はさ、父さん、母さん。二人のことが大好きだったんだ。だからこそ、二人が俺を置いて行ったことが悲しくて。
どうして俺をおいて死んでしまったんだよって。
どうして、俺も一緒に死なせてくれなかったんだよって。
どうして、俺は二人を助けられなかったんだよって。
そんなことばかり考えてた。
そんな罪悪感とか、後悔とか、くだらないものに押しつぶされてしまいそうだったんだ。
それで、自分はもう一人でいいって、大切な人なんていらないって、そんなことまで考えてしまっていたんだ。
でもさ、逢えたんだよ。
俺は逢えたんだ。
それが、俺の、世界で最も大事な人の名前だ。
銀色の髪をしたすげえ美人でさ、俺には本当にもったいないくらいの女の子で。
でも、この子が、この子と過ごした時間が。俺を変えてくれた。俺を救ってくれた。
いや、それでも俺はバカでさ、情けなくてさ、悩んでばっかでさ。彼女を泣かせてしまったこともあったけれど。
それでも。大事な友人の助けもあって。
俺とユキは恋人同士になれました。
今日は、それを報告したくて来ました。
これを聞いて、二人はどう思うかな。
はっきりとは分からないけれど、でも。俺の大好きな二人なら笑って喜んでくれると、そう信じています。
だから、もうひとつ。これだけ言わせてください。
俺はもう、大丈夫です。
彼女と、ユキと二人でこれからを生きていきます。
もう後悔しないなんて、そんなことはさすがに言えないけれど。今日を境に、俺は過去を、二人を想って笑えるようになるんじゃないかって。そう思っています。
過去を想って笑いながら、未来に思いをはせながら、俺はユキと二人で『今』を生きていきます。
だからどうか、安心して眠ってください。
それだけです』
「ふう……」
心の中での対話を終えると、俺は顔を挙げてそっとため息をついた。
伝わっただろうか? 伝わってくれたらよいなと、また願う。
「もう、いいんですか?」
「ああ、大丈夫。俺はもう、大丈夫だよ」
「……そう、ですか。それなら私も、失礼して」
ユキは俺の隣にちょこんとしゃがんで両手を合わせる。そよ風に銀色が揺れた。
「お義父さま、お義母さま。初めまして。先ほどご紹介にあずかりました、ヒロさんの恋人の
「んなっ」
「なにか、間違っていましたか?」
「い、いや、べつに……」
きょとんとした様子にユキに、俺はどうぞと先を促す。
なんで心の中の会話が筒抜けなんだよ……。
ああ、……やっぱりこの恋人には適わない。
ユキは「では……」ともう一度目を閉じて、墓前に祈る。
「お義父さま、お義母さま。ヒロさんは、……とても、とても優しい人です。優しすぎて、ときに危うさ感じてしまうくらいとても優しい人。そして、私だけの、ヒーローです」
俺は隣で、ユキの話を聞く。
この恋人は、俺が言葉にできなかったものを全て、正直に、言葉に変えてしまう。
「そんなヒーローは孤独で、いつも迷っていて、悩んでいます。それだけで、彼が壊れてしまうんじゃないかってそう思えてしまうくらいに。だけど、ずっと私が支えます。ずっと、二人でいます。もう、迷わせません。二人で悩みます。私が彼の道標になって見せます」
格好悪いヒーローだなと、そう思う。でも、元々ヒーローの器でも何でもない俺にはこれくらいが精一杯で。でも、ユキがいてくれさえすれば何でもできると、そう思う。
「だから、ご安心ください。私が、彼を幸せにします」
そう言って、ユキは満足そうに顔を挙げた。
だが、そんなユキに俺はツッコミをいれる。
「いや、最後おかしいだろ最後」
「はて、何のことですか、ヒロさん」
「支えるって言ってたのになんで俺を幸せにする宣言になってんだよ。そういうのは、その……」
――――――――俺の役目だろ。いくら格好悪いヒーローでも、それくらい言わせてくれよ。お前を幸せにするのは俺の役目だ。
と、そんな少しキザともとれるようなことを言おうとしたところでぶわっと風が木の葉を舞わせた。
ユキが目を細める。
「ふふ、お義父さまたちも笑っていますよ」
「なっ。笑うなよ! 父さん! 母さん!」
「墓前でこんな痴話喧嘩を見せられたらお義父さまたちだってたまったものではありませんよ」
「そ、そうだが……」
「そろそろ行きましょう? どっちが幸せにするのかは、あとでじっくり話し合うということで」
そんなことを言いながら楽しそうに歩くユキを追って、俺は両親の墓を後にした。
なんとなく、ほんとうに何となくだけれど、二人が見守ってくれているような、そんな気がした。
だから、まだ聞いてくれているような気がして。俺はユキを呼び止める。
「なあ、ユキ。待てって」
「なんですか?」
「幸せにするよ。ぜったい。ぜったい俺が、ユキを幸せにする」
「もうっ、まだ言いますか? それは家に帰ってからに――――」
「――――――――二人で、幸せになろう。ユキが幸せなら、俺も幸せだから。それで、どうだ?」
「……そうですね。幸せになるって、そういうことかもしれません」
「だろ?」
そうして、俺たちはお互いの手を取って歩き出した。
この手が、ずっとずっとはるか先の銀色まで、繋がっていることを信じて。いや、決して離しはしない。絶対に。俺たちは永遠に二人だと、そう誓うから。
「ヒロさんヒロさん」
「ん?」
「このあとは当然、私の家に来てくれますよね?」
「え? 俺の家で飯食うんじゃないのか?」
「だって、私はヒロさんのご両親に挨拶を済ませたんですよ? それなら次は、……決まってるじゃないですか」
「マ、マジ……ですか………………?」
「はい、マジですよ♪」
にっこりと、笑顔の多いここ最近の中でも最上級の笑みをみせるユキ。
マジかぁ。まさかこんなにも早く決戦の日が来てしまうとは……。
でも、これもまた、二人で幸せになるための一歩だ。
殴られる準備をしておこう。
そうして俺たちの墓参りは終わりを告げた。
また来るよ。父さん、母さん。
だから、ずっと見守っていてくれよな。
俺たちが、俺たちだけの。
あったかくて、寄り添ってくれるような、そんな儚い銀色の幸福をつかみ取る、そのときまで――――――――。
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