第23話 幼馴染のいない時間。
体育祭準備期間に入って1週間ほどが経過した。この頃になると準備も本格化し、放課後は応援合戦や競技の練習に明け暮れる日々だ。
そんな中、俺はと言えば。
「はい、1.2.3.4、そこでクルッとターン!」
星乃の手拍子に合わせて一人、夕方の河川敷で舞い踊っていた。
うちの高校の応援合戦では、パフォーマンスとして音楽に合わせてダンスをしたりというのが主流だ。
——俺はそのダンスが、大の苦手なのであった。
そんな俺は、応援団の1人である星乃に居残りで稽古をつけてもらっているというわけである。
俺たち以外の人はもう大体帰宅を始めているというのに。悲しい。
いやまだ舞える……はずだ。
「あ、あはは……相変わらずのロボットダンス……」
「うぐぅ……」
俺の華麗()なダンスを見て星乃が苦笑いをする。
なぜだ。イメージでは完璧なのに。
人曰く、俺のダンスはまともにリズムも取れないロボット並らしい。
応援合戦の点数はかなり比重が高いと聞いたことがある。つまり俺のロボットダンスが悪目立ちして負けるようなことがあれば、全体の勝敗に影響しかねない。
だから俺はなんとか、体育祭までにロボットから人間にならなければいけないのだった。
はたして機械は人間になれるんだろうか?
俺には分からない。
でもお願いだから見捨てないでください。
星乃先生。そんな引きつった笑みを浮かべないでください。
ほら、出来の悪い子ほど可愛いって言うでしょう?
俺、可愛いでしょう? 納得はし難いけれどユキもよくそう言ってる。
だから頑張って。星乃先生。
「と、とにかく練習あるのみだね! 大丈夫! まだ時間はあるよ!」
ぴょんとその場で跳ねる星乃。シュシュで纏められた茶髪も一緒に揺れていた。
しかし星乃先生、具体的な打開策はない模様。
俺だってどうしたらいいか分からない。だから星乃に従うことしかできないのだ。
そんな俺たちの元に、人影がひとつ。
「やあやあ。星乃くんに浅間くん。調子はどうかな」
気さくな感じに話しかけてきたその女性は
彼女は星乃と同じく、白軍の応援団に所属している。というか、彼女こそが俺たち白軍のリーダー、応援団長だった。
「あ、団長! お疲れさまでーす!」
「どもっす、えーと……団長……?」
って呼んだ方がいいのだろうか?
体育祭のノリがイマイチ掴めない俺である。
「団長なんて堅苦しく呼ばなくて構わないよ。もう体育祭の練習時間でもないしね」
俺は居残り練習してるんだけどね!
いや気のいい先輩にそんな皮肉なことは言わないが。
「じゃあ夏目先輩で」
「うん」
夏目先輩は満足そうに微笑む。
「あたしは団長って呼びますよ。なんかカッコいいし!」
「そうかい……? もっと気安く呼んでくれていいんだけどなぁ。霧子ちゃんとか」
「いやそれはさすがに……」
うわっなんかこの人微妙に目を輝かせてるっ。呼んで欲しいのか? 俺に? 霧子ちゃんと? いやぁ……無理です。
ちゃん付けはちょっと……。だって夏目先輩、団長めっちゃ似合うし。学ランとか羽織ればいいと思う。
「むぅ……まあいい。それで、浅間くんのダンスはどんな感じだい? 人間にはなれそうかい?」
「どんなも何も……」
「五里霧中です!」
星乃が勢い込んで言う。たぶん「五里霧中」って言葉を使いたかっただけだと思う、この子。最近、現代文の授業で出たし。
というか、俺はやっぱり人間じゃないんだな……。はやく人間になりたい!
「そうか……しかしまだ時間はある。浅間くん、焦らないでいいからね」
「あー、はい。足を引っ張らない程度にはして見せます」
「うむ。期待しているよ」
夏目先輩はそんな言葉を残して、河川敷を去った。
そんな先輩を見送りながら、星乃が言う。
「団長ねー、白軍の生徒ひとりひとりとこんなふうに話してるんだよー」
「マジで?」
「マジマジー」
俺が人一倍、いや百倍くらいの問題児だからわざわざ見に来たのかと思ってた……。
「体育祭をみんなで楽しみたいんだって」
「へぇ……」
俺なんかは毎年適当にこなしていただけだから、その気持ちはあまり良く分からない。
「あたしも団長みたいになれるかな……」
「えっ?」
その星乃の声はか細くて、俺には聞きとることができなかった。
「あっ、ううんなんでもないの」
「そか」
「うん。それよりね、あたし今回の体育祭は勝ちたいな。団長のためにも」
「ユキとの勝負のためじゃなくてか?」
「もちろんそれもあるよ! でも団長ね、高校生になるくらいまでは身体が弱かったんだって。喘息? だったかな。それでね、あんまり学校行事も出れてなかったみたい」
「そうなのか……」
今の姿からはあまり想像が付かなかった。今の夏目先輩はいつでも堂々としていて、気さくで、とても頼りになる印象だ。とても病弱だったとは思えない。
「体育祭にでるのは今年が初めてなんだって」
「去年までは?」
「見学だったみたい。自分の軍のサポートをしてたみたいだよ」
ずっと参加できなかった体育祭に、団長として参加する。そこには、どんな想いがあるんだろうか。
「団長はね、みんなで楽しくできたらそれでいいって言ってた。でもやっぱり本当は勝ちたいと思うの。だからね、あたしは全力で団長を支えるんだ!」
星乃は気合の表れだとでも言うかのように、両手でガッツポーズをする。
それから星乃は「負けるのもね、色んなことを知れるよ。でもあたしは団長に勝って欲しいな。団長にとっては、最初で最後だから」と付け足した。
そこには何か強い想いが籠もっているような、そんな気がした。
きっとそれもまた、俺には計り知れないのだろう。
「よし! だから浅間くんも頑張ろう! もう一踏ん張り今日は踊るよ〜!」
星乃は自分の語りに恥ずかしくなったようで、俺を急かすようにパンパンと手を叩いた。
「よっしゃやるかぁ……!」
俺も少しやる気が出てきたかもしれない。いや、ユキの「お願い」が怖いから勝ちたいとは思っていたけれど。
自分のダンスの下手さに絶望したりもしていた。
でも、星乃と夏目先輩の話を聞いて、さらに勝ちたいという気持ちが増した。
これもまた、青春ってやつかもしれない。今まで、俺が知ることのなかった青春だ。
でもこの場所にユキがいないことだけが、俺にとっての心残りだった。
敵である紅軍の練習場所で、ユキはどんな表情をしているだろう。何を思っているだろう。
ロボットダンスを踊りながら、俺はそんなことを考えていた——。
「じゃああたしも踊るから、真似て踊って見てね!」
「おう! ……っていやちょっと待て! そんな激しく動いたら……。見えてる! 見えてるからぁ!?」
「へ? 見えてるって何が……ってあたしスカートだったぁ!?」
制服のスカートを押さえてしゃがみ込む星乃。その顔は夕日よりも紅く染まっている。
「見た……?」
「いやぁ……」
3回目、ご馳走様です。
「水色?」
「いや、ピンクだったな」
「マジで見てる! もう……! もう〜〜〜〜!! 忘れて! 絶対忘れて〜〜〜〜!!」
俺の背中をポカポカと叩く星乃。
いや忘れろ言われても。下着が見えた瞬間、記憶に焼き付けられちゃうから。思春期男子なんてそんなもんだから。
ちなみに脳内フォルダの消去方法は不明だ。
あーあー、ユキとサユキばかりだった俺の脳内フォルダに最近は異物混入しちゃってるなー。
はあ……俺、このどこか抜けてる先生の元で人間になれるんだろうか。不安である。
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