第19話 ハンバーガーが食べたい日もある。
ゴールデンウィークも終盤のある日。
夕暮れ前。
俺とユキはハンバーガーショップを訪れていた。
ハンバーガーはユキの好物のひとつである。ときたま、どうしても食べたいと言い出すのだ。
それが今日だった。本日は早めの夕食代わりに、ユキとハンバーガーを食べに来たのである。
「ヒロさんヒロさん」
「んー?」
俺は自分のハンバーガーにかぶりつきながらも向かいの席に座るユキに相槌を打つ。
「ハンバーガーって、なぜピクルスを挟むのでしょう」
「まあ、その方が美味しいからじゃないのか?」
「そんなはずはないです。このすっぱいピクルスのせいでハンバーガーは台無しになるのです。これさえなければ毎日食べたいくらいなのに……」
「いやそのピクルスが良いって人も沢山いるわけでだな……」
「ヒロさんは好きですか? ピクルス」
「嫌いではないな」
「では、どうぞ」
言うとユキは自分のハンバーガーからピクルスだけを加えてこちらに「——んっ」と口ごと差し出した。
「いやそれをどうしろと」
「わひゃしのぶんもたれてくだひゃい」
いやピクルスを咥えているせいで上手く喋れてないし……。「私の分も食べてください」だろうか。
「別にそれはいいんだが、なぜ口で差し出す」
「まうふとぅーまうふです」
マウストゥマウス、な。なんか可愛く見えてきた。
ユキはさらにこちらに身を寄せて、ピクルスを差し出してくる。
「無理だから」
俺はユキの口からピクルスだけを手で取る。それからピクルスを一口で食べた。
ユキの唇に指が触れそうになって、少しだけ心臓が跳ねた。
「むぅ……いいじゃないですか。ピクルス越しのキスくらい」
ユキはそう言いながらも、ピクルスの脅威がなくなったハンバーガーに小さな口ではむっと幸せそうにかぶりつく。
「おいしいです」
ほわーっと満足そうな顔で、ユキは俺に報告するみたいに言う。なんだか子供のようだ。ハンバーガーを食べているときの顔は昔からまったく変わらない。
思いきりかぶりついたように見えるのに、全然食べれてないんだよなぁ。
ちょこちょこと小さい口で食べ進めていくのを見るのはとても楽しいし、そんなユキはこの上なく可愛い。
ユキの可愛い瞬間ベスト5には入るな。間違いない。
「あ、ユキ」
「……?」
俺が声をかけるとユキは口をもぐもぐさせながら首を傾げる。
ユキの頬にケチャップが付いていたのだ。
俺はティッシュでそれを拭いてあげる。
ぐりぐりと、しっかり拭き取る。
「ケチャップ、付いてたぞ」
「……ヒロさん……ズルいです」
「は?……なにが?」
なぜかユキは真っ赤になって俯く。ケチャップよりも赤いかもしれない。
「私……子どもじゃないので」
「お、おう……」
「ちゃんと自分で拭けます」
そう言ってユキはまたハンバーガーをちょこちょこと食べ始める。その顔はすぐにまた綻んでいった。
気分を害したというわけでもないらしい。恥ずかしかったのだろうか。
俺にはもっと色々としてくるくせに。よく分からない幼馴染である。
あ、またケチャップ付いてるし……。
✳︎ ✳︎ ✳︎
お互いにハンバーガーを食べ終えると、あとは一緒に買ったポテトを摘みながら適当に雑談をする。
それがハンバーガーを食べに来たときのいつもの流れだった。
ところで、俺たちの席からは離れているのだが、声のデカい集団がいる。俺にはその声が聞き覚えのあるブタさんたちの声に聞こえてならないのだが、ユキはそのことについては無関心を貫くようである。
聞こえた限りの情報だと、彼らはサユキの誕生日プレゼントについて話し合っているらしい。サユキの誕生日はまだ半年以上先だと教えてあげたい。
おまえらきっと天然小悪魔サユキさんに騙されているゾ、と。
「ヒロさんヒロさん」
「ん?」
下らないことを考えながらポテトを食べていると、ユキが喋りかけてきた。
彼らのことは忘れよう。
「星乃さんの件はどうなったのでしょうか」
「さあ?」
あのバイトの後、星乃とは会えていない。
「そうですか……」
「心配か?」
俺とユキは星乃から相談を受けていた。星乃の想い人である幼馴染の男の子と仲良くなるには、恋人になるにはどうしたら良いか、と。
しかしその幼馴染の男の子にはすでに恋人がいるらしい。喫茶店に来た2人の雰囲気からして、それは間違いないと思う。
結局、俺とユキは相談に対して何もできていないし、できることもない。
「べつに心配しているわけではありません」
「そうか? けっこう真剣に相談を聞いてたように見えたけど」
「そうですけど、やっぱり私にできることなんてありませんから。本人たち次第。星乃さんの選択次第、です」
「まあ、そうだなぁ」
人の恋路にとやかく言うことなんて、そう簡単に出来はしない。
それができるってことはただ単に考えなしのバカか、その人たちのことを本気で考えているということだ。
俺はそんなふうに誰かのことを考えられるほど、人に寄り添えたことがあっただろうか。
星乃と、人間関係を築けていただろうか。
答えは否だと、俺は思う。
だからこんな、無責任な会話しかできないのだ。
「ヒロさんヒロさんっ」
ユキが今度は少し声を弾ませた様子で言った。
「どした?」
「あっち、あそこを見てください」
ユキが指差した方を見る。
ハンバーガーショップ内の、隅の方。2人席だ。
そこには星乃と、先日見た幼馴染の男の子がいた。
「星乃?」
「お相手は、幼馴染の男の子ですか?」
「そうだな」
俺の記憶が正しければ間違えてはいないだろう。
「なんで2人一緒に……?」
「彼女さんがいたことで、逆に星乃さんの恋が燃え上がったのではないでしょうか」
ユキは心なしか嬉しそうだ。
「そういうもんか?」
「そういうものですよ。略奪愛とか、言うじゃないですか」
俺だったら、どうだろう。俺の好きな人に、すでに恋人がいたら。例えば、例えばだが、ユキに恋人がいたら。
きっともう消えてしまいたくなるんじゃないかと思う。この世の全てが嫌になってしまいそうだ。
俺が星乃の立場だったら、少なくともGW中はベッドから起き上がる気力も湧かない気がする。
略奪なんて、以ての外だ。
だからきっと、星乃は勇気ある選択をしたのだろう。
でも、何故だろう。俺にはここから見える星乃の表情が、恋の炎で燃え上がっているとかそんなふうには見えなかった。
むしろ、すごく寂しそうで。力の宿っていないものに見えた。
「ヒロさん? どうしました?」
「え、いや……」
「ヒロさんは、略奪愛とかは嫌いですか?」
「まあ、そうかもな……」
「大丈夫ですよ。私たちはずっと一緒です」
少しの不安に駆られていた俺の手をユキがそっと握る。
そして柔らかく笑いかけてくれた。
俺が世界で一番、信頼する笑顔だ。
「……さんきゅ」
「いえいえ」
そうしてユキはもう一度、俺に笑いかけてくれた。だから多分俺も、ユキに笑みを返した。
「あっ。ヒロさん。星乃さんたち、お店を出るみたいですよ」
ユキが席を立つ。
「付いて行く気か?」
「気になるじゃないですかっ」
「おいおい……」
ユキに手を引かれて、星乃たちに続いて店を出た。
ユキと2人、星乃たちを尾行する。気分はストーカーさながらだ。
本当にこんなことをして良いのだろうか。
星乃にバレたら怒られそうだなぁ。
しかし、ユキにやめる気はないらしい。
むしろ興奮してきている目だ。
そこにはきっと好奇心もあるだろうけれど、なんだかんだ星乃のことが心配なのだろう。
そうして星乃たちを追いかけて行くと、いつかの公園に辿り着いた。
俺とユキの思い出の場所。つい先日の、お花見会場。
桜はもう散っていた。
深い緑が息づいている。
夕日に照らされて、オレンジと深緑が入り混じっている。それはそれで、とても綺麗な光景のように思えた。
星乃はどういうつもりで、この場所に来たのだろう。どういうつもりで、彼と会っているのだろう。
俺たちは隅の物陰から、幼馴染の男女を見つめていた。
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