第十二章 【ヒビキ】(2/6)

 トリマ、前進。靴のままでお邪魔しまーす。血の跡、階段からか。上がる? 上、真っ暗だな。電気点く。あんまりそこら触らないようにしてっと。会長が妓鬼狩りをしてたとしたら、ここで出るのは人間のツレに決まってる。対人用の武器買っとけばよかった。とりあえず車にあったの掴んで持ってきたけど意味あったかな? 水平リーベ棒。

 血の跡は、あの左の部屋まで続いてる。音した? 気のせい? ドア半開きだ。部屋の中、暗くて分からない。誰か寝てる。夏なのに掛け布団? 背後に気配。すごく巨大な何か。そして、猛烈な古本屋さんの匂い。

「ようこそ、カレー☆パンマン」(イケボ&重低音。以下同じ)

 振り向くとそこにいたのは金色の眼をして真っ赤な口から銀色の牙を剥き出しにした怪物。これがツレなの? どう見てもヴァンパイアなんだけど。 

終わった、あたしの人生。って訳にはいかない。あたしがいないとココロが寂しがる。必殺! 裏拳水平リーベ棒。痛たたた。手首つかまれた。ひねっちゃ痛いって。すっごい力。敵わない。乙女ってやっぱり非力。

「怖がることはない。お前には危害を加えない」

 手、放してくれた。ナンデ?

「油断させておいて、血を吸う気?」

「私にはお前の血など必要ない」

「血に飢えた怪物なのでは?」

「ああ、われわれはヴァンパイアだから常に血に飢えている。でもそれはお前たちも同じだよ。見なさい、これを」

 そいつが布団を剥ぐと中に横たわっていたのは首のない体だった。合掌した手を胸に載せ、浴衣の帯を前にして結んである。体つきから女性? 枕と敷布団が赤黒く染まってる。でも、何故だかグロく見えない。傷口が見えないから? 人形のようだから? もっと近くで見ようと身を乗り出したら、そいつがそっと布団をかぶせ直した。いつの間にかそいつは黒縁メガネのおじさんになってた。男? 辻沢のヴァンパイアなのに?

「あたしの友だちはあなたの仲間に殺されの」

「そうか、それはすまなかった。そういうことがあるから、われわれはいつまでも安心して寝られない」

「それはこっちの台詞」

「そうだな。失言だった」

「さっきの男がこれを?」

「そうだ。私が昨晩、留守にしている間に忍び込んでやった。未明に私が戻った時は首を切り落としたところで、慌てて逃げて行ったよ。私がいたらこうまではならなかったのだが、周到に練られた作戦のようだった」

「じゃあ、さっきあいつはここで何を?」

「忘れ物を取りに」

「ひょっとして」

「首だよ」

 やっぱり。寒気してきた。

「この人はツレ?」

「ツレ? ああ、私の玄孫の子だ。まだ二十歳になったばかりだった。可愛そうなことをした」

「人間?」

「そうだ。血筋ではあるが、お前たちと同じだ。私に血を分けてくれていたせいで殺された。町長の差し金だろう。あやつはわれわれから血の供給元を奪い、不愉快な縁組を持ちかける」

「それって特殊養子縁組のこと?」

「そうだ、粗悪な血のために高額な持参金を用意させられる。断れば、屍人のように夜な夜な徘徊してネズミやカエルの血を漁るか、土の中でいつ目覚めるとも知れない眠りにつくかを選ばねばならん。宮木野の掟があるので人を襲うわけにいかんのでな」

「あなたはどうするの?」

「この子を影隠しにしたら、土に帰る」

 影隠し、密葬することか。このこと公にしないってこと?

「どうしてさっきの男に復讐しようとしなかったの?」

「人為は須らく黙従すべし。それが宮木野の掟だ」

 人のすることには黙って従え、それを分かったうえで、町長は会長やゲーマーに妓鬼狩りをさせてる?

「町長の差し金なら、町長をなんとかすればいいじゃない。だってあいつは」

「そうだ、ヴァンパイアだ。しかし奴は同時に町長でもある」

「それが?」

「町長とは公選によってなるもの。すなわち人為の結果だ。その立場を犯すことは掟に反する」

「だから?」

「奴がその立場と法を嵩に着て行うこと一切、我々は手出しできんのだ」

 絶句した。あいつが町長職に固執する理由はこれなのか。

よそ者の自分が宮木野の勢力を完全に黙らせるためだったんだ。

黒メガネのおじさんが、何かを投げてよこした。

「そこの本棚の中に仕掛けてあった。暗視用の小型カメラだ。持って行ってくれ」

 そういえば会長のスレッター動画、みんな隠し撮りっぽかった。もし会長が撮られてるの気付いてないとしたら……。

 部屋を出て暗い廊下を戻るとき、あの人にいつ背後から襲われるかと背中がぞわぞわだった。無事に出て来れると思わなかった。あの人最初に言ったこと守ってくれたってことか。

 それにしても静かだな。騒がしいのはカラスだけ。この感じ。時間が止まった感じ。ココロが戻って来たあの時からずっと何も変わらないままの。

 ユサ、ノートPCでスレッター見てる。なるほどね、そういうことか。ゴッ、ゴッ、ゴゴッ。ウイィー。パタ。急いでPC閉じても見えてたよ。

「どうだった?」

「いろいろ分かった。会長はサイコパスってこととか」

「知ってる」

 だろね。

「次はどうするの? カリン」

「『R』に正式に参加してみようかって」

「どうやって?」

「ちょっと伝手があってね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る