第十一章 【レイカとヒビキ】(3/8)

 台所からカリンの声は聞こえない。お母さんのすすり泣きの合間に聞こえてくる、

「……優良企業の正社員に……そろそろ、いい人見つけて……お付き合いしてる人は」

みたいなこと、ウチもママによく言われたよ。

 セイラは、カリンのPC立ち上げて真っ赤な画面ずっと見てる。カリンの部屋初めて。壁に大きなお札貼ってある。霊媒師さんからもらったのかな。

 他にすることなくて、カリンの本棚物色。『ネコの医学』、『動物学大全』、『動物医療の最前線』、『獣医のこころえ』。ずいぶん難しそーな本読んでる。ウチ、難しい本読むと頭の中でせせらぎの音がサラサラサラってずっとしてるから、頭に入ってこない。

『女バスな人にも分かる! 経営学入門』だって。

これなら読めそう。

あ、これはー、うしし。

『ココロとカリンの交換日記No.1』。

表紙、めっちゃデコってあってココロの字で「夢」。ココロ、こういうオトメ好きだった。何書いてあるんだろ。

 カリンが部屋に入ってきた。やば。カリンは壁のお札を目にすると舌打ちして剥がし、ゴミ箱に放り込んだ。ナイスシュート。カリンこわい顔。

「麦茶しかなかった」

 お盆にコップ3つ。ウチ、いらないです。

「レイカ。そのノート、見てもいいよ」

 こういうのなんて言うんだっけ。ジゴショーダク? なんか、トーサツした気分。カリンたらウチの横来てノートを開いて。だから、ゴメンって。

「ちがうんだ。見て欲しかった。ココロが何をしたかったか。あんなにならなかったら、今頃、どんなになってたか」

 わかった見るよ。そんなに急かさなくっても。

「ココロとウチの夢の実現ノート」

 カリンがノートのページを指して、

「『No.1』の最初のページ。『カリンの夢、獣医さん。ココロの夢、ネコカフェ。二人の夢、ネコにゃんリゾート(仮称)の経営』。乙女でしょ、ココロ。ウチ、獣医さんなんて夢、持ってなかったんだ。でも、ココロと一緒だったらウチもやってみようって」

 そうだったんだ。全然知らなかった。

 ノートの内容、全然乙女じゃなかった。バスケノートみたく日々の記録だった。毎日の行動目標があって、その予定と実績がグラフで書かれてる。問題点の抽出と解決策。これ、プロジェクト管理ノートだ。ウチ、会社でこれの読み方分からなくって、ユメカにさんざん聞いて教えてもらった。

「『No.3』。最後のページ。『カリン、今日はごめんね。ウチが言い過ぎだった・・・・』」

 ココロがいなくなった日。

「これ届けに来た帰りだった。あの日は学校でちょっとした言い争いして別々に帰ったんだけど、夜遅くにココロがこのノート渡しにわざわざうちまで来てくれたんだ。でもウチは気持ちがまだ収まってなかったからテキトーにあしらっちゃって、一人で帰しちゃったんだ」

 カリン、泣いてる。こんなカリン見たことない。

「カリンのせいじゃない」

 セイラが慰めてあげた。そうだよ、カリンのせいじゃない。誰だって、そーいうときってあるよ。その先のことなんて誰もわからないんだし。

 セイラに促されてココロに会った時のことをカリンに話してあげた。

「そうなんだ。役場にココロがね」

「ココロは出歩かないよね、カリン」

「うん。本当は出不精だったからね。みんなの前では隠してたけど」

「セイラも役場の駐車場でシオネに会った。今までバイパス超えて来たことなんてなかったのに」

 あのカップル、やっぱセイラとシオネだったんだ。変なキャプションつけてゴメンね。

「よっぽどレイカに会いたかったんだね。二人とも」

「なんでだろ」

 2人してこっち見られても。ウチこそ、なんで?だよ。 それより二人はココロとシオネとどんな関係なの? ひょっとして憑りつかれてるとか? まさかね。

「二人とも、襲われたの?」

「え?」

「カリン、首に血が付いてた」

「あ、そう?」

 今ごろ隠してたって。

「襲われたんじゃないよ」

「でも、ナナミが返事したら襲って来たって」

「襲うって思うのは、今のココロやシオネのこと分かってないから」

「見た目だけで怖がってる。ナナミは特にそう」

 ウチだって、ソートー怖かった。

「ミワちゃんは?」

「あの人は分からない。会いに来たって言ってるけど、ホントのところはどうかなって」

「ミワちゃん。嘘は言わない人だよ」

「そうだね。なんとなくだから」

「でも、ココロが会ってないって言っていそうな気が」

「そうそう、シオネも」

 言っていそうな?

「二人ともしゃべらないから、なんとも言えないけど」

「そんな気がするんだよね」

「する」

 しゃべらないのになんで分かるんだろう。変なの。

「さっきの血は? 噛まれたんじゃないの?」

「やっぱ牙とか爪がするどいからね」

「あとで、ヴァンパイアになったりとかして、ウチのこと襲わない?」

「ない、ない」

「噛まれて伝染るって話聞いたことないよ。出血性ショック死とかはあるみたいだけど」

「そう、吸われ過ぎると死んじゃう。セイラはそれが一番怖い」

 セイラは何を言ってるの?

「そもそも論で、ココロたちはヴァンパイアじゃないし」

「何なの?」

「ゾンビ、あ、ゴメンねカリン。種別論だから」

「いいよ」

「辻沢のヴァンパイアに殺されると、血を求めてさまようゾンビになるって知ってるでしょ。レイカも」

「知らなかった」

 そんな目で見られても。3年も辻沢に居なかったんだから仕方ないでしょに。

「逆にレイカにそれ聞きたいくらい」

「そう、セイラたちのこと襲わない? って」

 何言ってるの?

「ジョーダン笑」

「やだ、レイカ、キョドっちゃって笑」

 ゼンゼン、おかしくない。

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