落ちこぼれ貴族が這い寄る混沌と出会い最強に至る話
蘭駆ひろまさ
第1章 這い寄る混沌
第1話 新しい家族
どうして僕はこんな目にあうのだろう?
僕はずっとそんなことを考えていた。
「エミリアン! 12歳のお誕生日おめでとう!」
「おめでとう! これでエミリアンも一人前の男に近づいたな!」
目の前で兄のエミリアンが、僕には向けられたことの無い様な満面の笑顔の父様と母様にお祝いの言葉をかけられていた。兄様は琥珀色の髪と瞳を持ち、僕より2歳年上。ツリ目でいつもは不機嫌そうな態度ばかりの兄様も、今日ばかりは笑顔だった。
お屋敷の大食堂には料理長が腕によりをかけて作った料理が次々と運び込まれ、兄様と両親の前には美味しそうな料理が並べられていく。料理を運んだり並べたりしてくれる侍女や執事たちもみな笑顔。
でも僕はどんどん惨めな気持ちになるのを止められなかった。
僕はアレイスター・ウェイトリー、ウェイトリー伯爵家の次男。ウェイトリー伯爵の父様と母様の子供。なのに僕は誕生日を迎えてもこんな風に誕生日を祝ってもらった事はもちろん、祝いの言葉ひとつかけてもらった覚えがない。
それに、どうして僕の前には料理が並べらていないのだろう?
兄様がそんな僕の様子に気づいたのか、ニヤニヤと声をかけてくる。
「なんだ、アレスも料理が食べたかったのか? 出来損ないのお前に食べさせるのはもったいないからな。何か欲しいなら、いつものように向こうの使用人用の厨房で何か貰って来いよ」
そんな兄に、母様が冷たい口調で同調する。
「そうです。女神様の御加護を頂けなかった、お前のような出来損ないはウェイトリー家の子供ではありません。外聞と言う物もありますからね、形だけでも家に名を連ねさせてあげていることを、感謝しなさい」
そんな母様の言葉に気を良くした兄が右拳をぎゅっと握りしめると、拳のすぐ前に女神様の聖印――祈りを捧げる女神様と小麦を模った文様が浮かび上がる。大地と慈愛の女神アマルテア様の御加護を頂いた者にだけ浮かび上がる聖印だ。
そんな兄様を誇らしげに見つめているの母様を見ていると、胸がずきりと痛んだ。
どうして、どうして、どうして――そんな考えがぐるぐると回る
とはいえこれは、いつもの事だった。
兄様と母様はいつも僕を目の敵にしてくる。そしてそんな時、父様は一瞬だけ申し訳なさそうな表情をするけども、僕を庇うようなことは一言も口にしないのもいつもの事だった。
「エミリアンも12歳になったからな、王都での社交にもこれからどんどん顔を出してもらうぞ。大事な後継ぎだと、他派閥の貴族の方々にも顔を覚えてもらわないとな」
「……今までは同じ派閥の方々ばかりだったので、すこし不安です」
父様が笑顔で声をかけると、兄様がすこし不安そうな声を出した。
兄様はウェイトリー家後継ぎとして、たまに社交に顔を出しているらしい。
僕?
僕はもちろん一度も行ったことは無い。
「大丈夫。エミリアンなら大丈夫ですよ。私たちの自慢の息子ですからね!」
母様が朗らかな笑顔で兄様を励ます。母様は兄様にはどこまでも優しいのに、僕に対してはまるで下級使用人に対するような態度で接してくる。
僕も母様の息子のはずなのに……。
励ましの声をかけてもらい、兄様は笑顔だった。
父様と母様も笑顔。
僕は黙って席を立った――
◇◇◇◇◇
兄の誕生日の夜は、結局本当に使用人の食堂に食事を貰いに行く気分にもなれず、部屋に帰ってそのまま寝てしまった。
そして次の日、部屋でひとりぼんやりとしていると、つい昨日兄様に言われた言葉を思い出してしまう。
女神の加護――
この世界には4人の女神様がいらっしゃる。
大地と慈愛の女神アマルテア
天空と憤怒の女神プロテウス
鍛冶と商売の女神ラオメデイア
再生と闘争の女神エピメテウス
この4人が四柱の女神と呼ばれている、この世界を作った女神様たちだ。
そしてこの女神様たちは、選ばれた人に女神の加護を授けて下さるのだ。加護を頂いた人は力や魔法が強くなったり頭が良くなったりと、今までよりも優れた能力を発揮できるようになる。しかもそれに加えて、秘技と呼ばれる加護持ちにしか使えない強力な魔法をつかえるようになるのだ。
普通の魔法は精霊の力を借りるため長い呪文を唱えないといけないのに対して、秘技は女神様に頂いた力なので一瞬で発動できるという。だから、加護持ちの人の存在は貴重だし、すごく尊敬される。女神様に選ばれた存在だから。
僕の父・母・兄はみんな加護持ち。大地と慈愛の女神アマルテア様の加護を頂いている。兄様の右拳の前に浮かび上がった聖印がなによりの証拠だ。そして、僕だけが、加護を頂けなかった。母様は信じられなかったのか、何度も何度も聖印が出るか試すように言われたし、神殿の司教様に何度も何度も相談したりしていたが、結果は同じ。
母様が僕に辛く当たるようになったのはそれからだ。
それまでは勉強が良く出来たら、頭の良い子だとよく褒めてくれたのだけど、加護が無いのなら意味無いとか私の子じゃないとか酷い事を言うようになった。僕に勉強で負けて悔しそうにしていた兄が、偉そうな態度で僕をいじめるようになったのも、この頃だ。
どうして、父様母様兄様には加護があって、僕にはないのだろう?
僕がなにか悪い事をしたから加護が頂けなかったのだろうか?
女神様の加護が無いのがそんなにいけない事なのだろうか?
様々な感情がぐるぐると、頭の中をまわる。
僕の家族は僕以外全員加護持ちだけど、家に仕える50人近い使用人に加護持ちは1人しかいないし、この町やましてや公都にだって加護無しの人の方が遥かに多い。そう、加護がある人の方がはるかに少ないのだ。本に書いてあったから知っている。
なのにどうして、みんな僕に冷たくするんだろう……
女神の加護がなんだっていうんだろう……
そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「アレス、入るぞ」
父様の声だった。
「はい」と返事をすると、いつもの不機嫌そうな表情の父様と、遅れて1人のメイドが入ってくる。
その人は、僕より6歳くらい年上のメイド服を身に着けたお姉さんだった。艶のある綺麗な金髪と瞳、そして日焼けして健康的なすらりと伸びた手足が綺麗だと素直に感じたが、その人は背を丸め視線を伏せ、誰とも視線を合わせないようにしているかの様だった。
そして何より印象的だったのは金髪の中からのぞく猫みたいな耳と、そのスカートの裾からふらりふらりと揺れるしっぽだった。
「獣人……」
思わずつぶやくと、父様はさも汚らわしい物を見たという様に顔をしかめた。
「そうだ、魔物の血を引く汚らわしい獣人だ。お前の女中として付けていたメイドが逃げ出して付ける者がいなくなったのでな、奴隷商から買ってきた」
衝撃だった。
身の回りの世話をしてくれていたメイドが逃げ出したという事も、父様が獣人に酷い事を言った事も、メイドのお姉さんが奴隷だった事も、全て僕に衝撃をもたらした。
獣人が魔物の血を引いていると言う人たちはいるにはいるが、現在は魔物や獣人たちの生態を調査している専門家の間では完全な迷信だという説が主力となっていると、図書館の本に書いてあった。父様がそんな迷信でメイドに酷い事を言ったことが信じられなかった。
「ヴァレリヤ・カリャーギンと……申します。アレイスタ―おぼっちゃま、誠心誠意お仕えいたしますので、よろしくお願いいたします」
メイドのお姉さんはか細い声で名乗ると、いかにも慣れてないといった風にゆるゆると頭を下げた。
父様はふんと鼻を鳴らすと、用は済んだといった様子で部屋を出ていく。
あとに残されたのは僕と、心細そうに目を伏せたメイドのお姉さん――これが僕とヴァレリヤの最初の出会いだった。
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