第十三幕 華々しき勝利

「ちっ……!」


 アートスが初めて感情を露わにして舌打ちすると、素早く再びディアナに襲い掛かる。だが……


「おっと! テメェの相手は俺様だぜ!」


 やはり再びゾッドがそれを阻む。愛用の蛮刀を凄まじい勢いで振り回すと、さしものアートスも無視できない。


「邪魔だっ!」


 アートスは攻撃対象をゾッドに切り替える。彼を無視したままではディアナを攻撃するどころではないと判断したようだ。ゾッドとアートス、タイプは正反対だが卓越した武人同士の斬り合いが始まった。



 その周囲では既にディアナ軍の部隊とレオポルドの伏兵部隊が激しい戦いの突入しており、混沌とした状況になりつつあった。そこに更にクリストフが手配していた騎馬隊が突入してくる。


 戦況は完全にディアナ軍に傾きつつあった。


「むむ……! アーネストやシュテファンら重鎮がいない状況であれば何とかなると思いましたが、流石にそこまで甘くはありませんでしたな。やむを得ん。ここは逃げるが勝ち、ですな!」


 レオポルドは忌々し気に唸ると、混乱する戦場をよそに自分だけ離脱しようと踵を返す。しかしその前に……



「どこへ行こうというのですか? あなただけは逃がしません。ここで討ち果たします」



「……!」


 剣を抜いたディアナが立ち塞がった。レオポルドの性格からして状況が不利になれば必ず自分だけでも逃走を図ると踏んでいた。そして案の定その通りになった。


 レオポルドは素早く周囲の状況を確認した。最大の脅威であろうゾッドは未だにアートスと激しく斬り結んでいる。クリストフも伏兵部隊への対処に注力しており、すぐにはこちらに兵を差し向ける余裕は無さそうだ。


 それを認識するとレオポルドの顔に余裕の笑みが浮かんだ。


「く、くく……今のは私の聞き間違いですかな? 私を討ち果たすと聞こえましたが……もしや貴女がそれをやるとでも?」


「ええ、その通りです。すぐに敵に背を向けて逃げる臆病で卑怯者のあなたでも、流石に私のような女相手に逃げたという不名誉を被りたくはないでしょう? それにここで私を直接討てばディアナ軍は一気に瓦解するかも知れませんよ?」


「……っ! 小娘が……あまり調子に乗るなよ? その過信が命取りになると教えてやろう」


 ディアナの痛烈な挑発を受けたレオポルドは、それまでの剽軽で慇懃無礼な態度をかなぐり捨てて剣呑に目を細めると、その身体から強烈な殺気を噴き出させる。


 上手く挑発に乗ってくれた。レオポルドの逃走を阻止するにはこれしかなかったとはいえ、ディアナ自身を囮とする危険な作戦である。いざという時はクリストフが潜ませている弓兵に援護させる手筈となっていたが、ディアナ自身の希望でそれは本当に最後の手段とさせてもらっていた。


(……やってやる! 私1人の力でこいつを斃してみせる!)


 それはある意味でメルヴィンの時と同じ、ディアナが乗り越えなくてはならない壁であった。これから天下に打って出て各州を統べる王達と戦っていかなくてはならない。その為には女であるというディアナ自身の属性を撃ち破って、彼女が強い君主であるという名声を高めなければならないのだ。


 敵将を一騎打ちで破ったというのは、この上ない武功としてディアナの名声を高めてくれるはずであった。



「しゃあぁぁぁっ!!」


「っ!」


 レオポルドが気合と共に槍を突き出してくる。恐ろしい速さだ。かつてあのヘクトールともある程度互角に打ち合っただけはある。


「くっ……!」


 ディアナは受けるのが精一杯で、どんどん一方的に追い込まれていく。それすら危うく、何度か槍の穂先が掠る。


「ふぁはは! どうした、小娘! 俺を斃すなどと粋がった事を今更後悔しても遅いぞ!」


 一方的に追い詰めている状況にレオポルドが酷薄な笑いを浮かべて、増々かさに着て攻勢を強める。やはり腐っても元ラドクリフ軍の将だけあり、軍の指揮も個人的な武芸も高水準でこなす有能な武将であった。


 だがその精神は腐り果てている。それが今回の騙し討ちと、それが失敗したと見るや自分だけで逃げ出そうとした行動に現れている。この男が改心するという事はおそらくあり得ないだろう。


 ならばやはり討ち取る以外に選択肢はない。問題はこの男が武芸にも優れており、それ自体が困難を極めるという所だが……



「驚きました。こんなに強かったんですね。いつも尻尾を巻いて逃げる姿しか見た事がないので、兵士達とそう変わらないレベルだと勘違いしていました」


「……! 何だと、貴様!?」


 レオポルドの目が吊り上がる。手応えを感じたディアナはそのまま言葉を重ねる。


「別に今だって逃げたければ逃げてもいいんですよ? いつものようにさっさと逃げたらどうですか、負け犬さん? もう大勢は決していますから臆病なあなたには耐えられないでしょう?」


「……小娘が。勿論逃げさせてもらうさ。ただし……貴様を殺してからなぁっ!」


 憤怒に燃えたレオポルドがディアナを一撃で仕留めんと、裂帛の突きを放ってくる。それまでより格段に速い突き。これが奴の本気か。そして確実にディアナの命を奪うべく急所を狙っている。


 だが速く力強い突きという事は、それだけ躱された時の隙が大きいという事でもある。


(――――今っ!!)


 それを待っていたディアナは、レオポルドの攻撃に全神経を集中させていた。そして辛うじてだがその突きの軌道を見切る事ができた。


「ふっ!!」


「な……!?」


 半身を逸らすようにしてギリギリの所でレオポルドの槍を躱す事に成功した! かなり際どかったか、その分意表を突かれたレオポルドの動揺を誘い、大技を躱された直後という事もあって大きく体勢が崩れる。


 勝機は今しかない。ディアナは躊躇う事無く引き絞っていた剣を一閃させる。その刃は正確にレオポルドの喉元を切り裂いていた。


「かっ……か……ば、ばか、ナ……」


 首から噴き出る血潮を押さえながら数歩よろめいたレオポルドは、そのまま白目を剥いて倒れ伏した。そして二度と動き出す事はなかった。



「ふっ……はぁ! はぁ! はぁ……!!」


 ディアナは今になって張りつめていた空気が解けて大きく息を荒げた。同時に大量の汗が噴き出してきた。だが彼女はそれも構わず呆然と、自らが討ち取ったレオポルドの死体を眺めていた。


(た、倒した……。私が、敵将を、討ち取った……!)


 その事実に半ば自分自身が信じられず反駁する。だがそんな彼女の周りでも事態は動いていて、収束に向かいつつあった。 



「終わりだァァッ!!」


「……っ!!」


 ゾッドが荒々しい咆哮と共に蛮刀を振り下ろした。その身体はあちこち傷だらけで血が噴き出していたが、ゾッドの動きに何ら停滞は見られなかった。


 アートスはその一撃を防ごうと剣を掲げるが、ゾッドの剛力を防ぎきれずに剣が中ほどから断ち割れた。ゾッドの剛剣はやや勢いを減じたものの、そのままアートスの頭を叩き割った。


 脳漿をぶち撒けながら地に沈むアートス。当然即死だ。


 レオポルドもアートスも討たれた事で完全に勝敗は決した。襲ってきた兵士達は残らず討ち取られるか逃げ散るかして全滅した。


「逃げる者は放っておけ! 我々の勝利だ!」


 部隊を指揮して敵兵を撃退する役割を担っていたクリストフが勝鬨を上げると、兵士達がそのに呼応して気勢を上げる。


 そんな中、未だに興奮冷めやらないディアナは剣を握ったまま身体を震わせていた。



「……ディアナ様、お見事でした。弓兵の援護を使う事無くレオポルドを討ち果たされるとは」


「クリストフ様……」


 近付いてきて声を掛けるクリストフに、ディアナは顔を上げた。


「レオポルドは決して弱卒ではありませんでした。あなたはそれを見事一騎打ちで討伐したのです。これは誇ってよい成果かと」


「……っ!」


 クリストフの手放しの賛辞にディアナは胸が熱くなった。蛮刀を肩に引っ提げながら歩いてきたゾッドも頭を掻きつつ同意する。


「確かになぁ。以前に『危なっかしい』って言ったのは取り消すぜ。アンタはもう完全に一人前の武将だよ」


「ゾッド様……!」


 それはまだ旗揚げしたての頃、彼女が若く弱く愚かだった頃。今となっては随分昔に感じられる出来事だが、彼女の中では印象的な事件でもあった。その中でゾッドが彼女に言った台詞を今本人が撤回したのだ。ディアナを本当の意味で一人前だと認めたのだ。


 高揚と感動で若干涙ぐむディアナ。クリストフが手を叩いた。


「さあ、我々の作戦は完了しました。エトルリアに帰投いたしましょう。どのみち奴等はユリアンの本当の居所を知らなかったでしょう。しかしこれでユリアンの勢力を大きく削れた事は間違いありません。着実な前進です」


「……! ええ、確かにその通りですね! 皆さん、本当にご苦労様でした! さあ、私達の街に戻りましょう!」


 ディアナは勇んで頷くと、軍に対して撤収を指示するのであった。 





 こうしてディアナ達はレオポルドやその背後にいるユリアンの罠を見破り、逆にレオポルド達を撃ち破る戦果を挙げる事に成功した。一騎打ちの勝利で臣下からも認められ大きな自信を付けるディアナ。


 しかし……その自信はいつしか過信・・となっていた。彼女はこの後に起きる大きな事件において、それを甦る最悪のトラウマと共に思い知らされる事となる…… 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る