第二幕 傭兵の葛藤

「くそ! 一体何が目的でエリナを……! 何故こんな事に……」


 妹を誘拐されたという青天の霹靂にイニアスが激しく動揺して嘆いている。フィオナや村人たちに聞いても誘拐犯の目的やその足取りなどの有益な情報は得られなかった。ただ目的は解らなかったものの、白昼堂々の犯行で目撃者も大量にいた事から、誘拐犯の容姿についてはほぼ正確な情報が集まった。


 その容姿の特徴を聞いたディアナは、何となくだが心当たり・・・・がある事に気づいた。もし誘拐犯が彼女の想像通りだとすると、この誘拐自体の目的もある程度類推できるようになる。だがそこはまだ確信がない事だったし、今はとにかく攫われたエリナの行方を追う事が重要だったので黙っていた。


「でも……目的はともかく、どこへ連れ去ったのかが全く分からない状態なのは宜しくないですね。探そうにも当てがないのでは……」


 ディアナも途方に暮れる。村人たちから誘拐犯が去った方角だけは聞いているが、流石にそれだけでは探しようがない。


「しかしこうしている間にもエリナが……!」


 いても立ってもいられない様子のイニアスが闇雲に村から駆け出そうとするのをファウストが止める。



「待ちなさい。闇雲に探しても見つかるものではありません。……不幸中の幸い、私が一緒していて幸運でした」



「え……?」


 ディアナとイニアスの視線がファウストに向けられる。しかし彼はそれには応えずに、男が馬に乗って去っていったという方角の地面に屈み込んで、しばらく何かを探していた。それから得心したように頷くと立ち上がった。


「ふむ……この誘拐者は特に尾行や追跡の類いを警戒していなかったのでしょう。まあ我々がこのようなタイミングでこの村を訪れるとは予想していなかったのは間違いないでしょうが。私ならば痕跡を辿って追跡する事は容易です」


「……!! ほ、本当ですか!?」


 イニアスが思わず縋るような調子で詰め寄る。ディアナも勿論期待した目で彼を見る。ファウストは自信たっぷりに首肯した。


「お任せ下さい。ディアナ様の前で、それに知人の家族が誘拐されている状況で安請け合いなど致しません。しかし時間が経てば経つほど痕跡は消えていってしまいます。宜しければ早速今からでも追跡に移りたいと存じますが如何致しますか?」


「勿論! すぐに出発致しましょう! 一刻も早くエリナさんを見つけて助け出さなければ!」


「わ、私も当然行きますよ! 他ならぬ妹が攫われているのですから! それにエリナも私の姿を見れば安心するはずです」


 ファウストに問われた2人は即座に意気込んだ。時間との勝負でもある。村で最低限の物資の補充だけ済ませた一行は、旅の疲れを癒やす間もなく誘拐されたエリナの追跡・捜索へと乗り出していった。

 



 誘拐犯は馬を使っていたらしいが、周囲は草原が広がっており風なども吹いているため、僅かな足跡など舞い上がった土や小石によって容易く埋まってしまう。素人では到底正確な追跡は不可能な状態であった。


 ファウストも流石に自身は馬から降りて慎重に地面を確認しながらの追跡であったために、予想以上に時間がかかった。だがファウストは優れた狩人の目で微かな痕跡を発見しては着実に歩を進めていき、ディアナとイニアスは固唾を呑んでその作業を見守りながら、邪魔をしないように息を詰めて追随していた。


 ひたすらその繰り返して時間が経過していき、やがて半日も過ぎて辺りに徐々に夜の帳が下りようとしてくる黄昏の時間帯。忍耐強く追跡を続けていたファウストの足が止まり、彼が視線を上げた。



「……皆さん、大変長らくお待たせしました。どうやらあそこで間違いないようです」


「……!」


 それは森の中に半ば埋没した、過去に打ち捨てられた廃村跡であった。その村の手前に何頭かの馬が繋がれていた。そこに今現在、人がいる事の証左だ。馬の数は10頭程度なので、廃村にいる人数もある程度類推できる。


 こんな人里離れた、街道からも外れている廃村に人が集まっている理由は限られている。ディアナは頷いた。


「どうやら間違いなさそうですね。どう致しましょうか? 私達だけならともかく今はファウスト様もおりますので、一気に奇襲をかけて制圧してしまいましょうか?」


 こんな誘拐を企てるような連中だ。恐らくどこぞの盗賊かなにかだろう。エリナを誘拐したという実行犯がそれなりの手練れらしいので唯一の懸念材料だが、それでもファウストの武勇であれば制圧は難しくないと思われる。勿論ディアナ自身もただの賊などに遅れを取るつもりはない。


 しかしその意見にファウストではなくイニアスが慌てた。


「お、お待ち下さい! それだとエリナが人質に取られてしまう可能性があります! そうでなくとも追い詰められた連中がどんな暴挙に及ぶか……」


「……!」


 イニアスの懸念も尤もだ。自分達の目的はエリナの救出であって賊の殲滅という訳ではない。エリナに危険が及ぶような事態は極力避けねばならない。ファウストも少し思案する様子になる。



「ふむ……そういう事であれば、私から一つ作戦の提案がございます。ただしお二人には敵の注意を引いて頂く事になりますので、少々危険が伴いますが……」


「勿論構いません。直接斬り込む事を考えたら大抵の行動はリスクが低くなりますし」


「わ、私もエリナを助けるためなら何でもしますよ!」


 ディアナもイニアスも躊躇う事なく頷いた。


「お二人とも、良い覚悟です。では作戦を説明いたします。といっても、内容自体は単純ですが……」


 そう前置きしてファウストはディアナ達に『作戦』の概要の説明に入った。



*****



 廃村の中にある一番大きな、恐らく元は納屋か倉庫だったと思われる建屋。そこに複数の男達の姿があった。いや、男達だけではなく、建物の奥には縛られて怯えた様子の1人の少女の姿もあった。


 男達の殆どが粗野な身なりの荒くれ者であったが、1人だけ少し高価そうな装いの商人風の男がいた。その男が縛られた少女を見て嗤う。


「ぐひひ……上手く行ったぞ。これであの小娘……ディアナ・・・・のやつに一泡吹かせてやれるぞ」


 男が狂的な嗤いを上げていると、その後ろから声を掛ける者が。


「……ナゼール・・・・の旦那。言われた通りに攫ってはきましたがね……ホントにこんな事で今やリベリア王にまでなった大君主を釣り出せると思うんですかい? どう考えても無茶ですぜ」


 長いモミアゲと腰に差した二振りの刀が特徴的な傭兵……リカルド・ラモン・ペレスであった。問われた雇い主のナゼール・ロジェ・シャルロワが不快げに眉をしかめる。


「うるさい! 傭兵が雇い主のやる事に口を出すな! 身分や立場など関係ない。あの甘っちょろい小娘は必ず来る。仮に来なかったり部下だけ寄越してくるようなら、あいつが自分の命押しさに幕臣の家族も見捨てる臆病者だと喧伝してやるまでだ。そうなれば民や臣下にも分け隔てなく優しい仁君【戦乙女】の評判は地の底まで堕ちる。それならそれで構わん」


「…………」



 ナゼールは元々同僚・・であったオーガスタスの家族がどこに住んでいるかを知っていた。そして息子のイニアスはディアナ軍に所属し、君主ディアナからの信任も厚いという話も。そこでディアナに個人的な恨みを持つナゼールは、ラドクリフ軍が滅びたために自分で直接その恨みを晴らそうとしているのだ。


 エリナを誘拐して、その兄イニアスに脅迫の手紙を送って、イニアス経由でディアナに伝えるという計画だ。手紙にはディアナ1人でここに来なければエリナを殺すと書いておく。


 だがリカルドの目から見ても、それは余りにも無謀な計画と思えた。ゴルガ伯だった頃や、最悪ソンドリア公だった頃までならまだ通用したかも知れないが、流石にリベリア王にまでなった相手に個人で復讐など出来る訳がない。権力と兵力によって潰されてお終いだ。


 だが怨恨と憎悪に目が曇ったナゼールは正常な判断力を失っているらしく、周囲の諫言など聞き入れる状態でもなかった。


(……流石にちょっと付き合いきれなくなってきたかね。だが雇い主を裏切る訳には行かないし、どうしたもんかね……)


 リカルドは内心で嘆息した。一度でも雇い主を裏切ってしまったら、彼の傭兵としての評判は台無しになる。それは彼の矜持にかけて出来なかった。



「さあ、もう一働きだ。この手紙をエトルリアにいるはずのイニアスに届けてこい。勿論他の誰にも気づかれんようにな。これはお前にしかできん」


 そんな彼の内心など知らぬナゼールが書簡を手渡してくる。リカルドが再び嘆息して、仕方無しにその書簡を受け取ろうとした時……



「あら? 手紙など配達する必要はありませんよ? なにせ本人・・がこうして直接出向いたのですから。これが一番手っ取り早いでしょう?」



「「……っ!!?」」


 突如聞こえてきた聞き覚えのある女性・・・・・・・・・の声に、ナゼールもリカルドもギョッとして振り向いた。そしてその目が驚愕に見開かれる。


「お、おぉ……ば、バカな、お前は……何故!?」


 そこにいたのは、まさに彼等がこれから呼び出そうとしていたはずのリベリア王・・・・・ディアナ本人であった!

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