第四十一幕 シエナ攻防戦

 ヘクトール率いるシエナ・ピストイア方面軍は、怒涛の勢いで南西のシエナへと進軍する。敵に態勢を整える時間を与えないよう、この作戦では特に迅速さが要求されていた。そのため攻城兵器もその場で組み立てが出来る破城槌のみを持ち運び、後は極力機動力を優先する編成となっていた。


『本当は破城槌も必要ないくらいかも知れません。シエナの守備隊は恐らく迫ってくる4000の軍隊を見ただけで、籠城してまでシエナを死守しようとは考えないでしょう。義務・・として最低限の野戦くらいは挑んでくるでしょうが……。そこで散々に撃ち破ってやれば、後は労せずしてシエナを手に入れられるでしょう』


 出陣前にアーネストが自信を持ってそう断言していた。基本的に籠城という行為はそれに耐え抜くだけの高い士気と、必ず援軍が来てくれるという友軍への絶対的な信頼、主君のために命を懸けてこの城を守らなければという忠誠心、それらが必要になってくる。


 そしてアーネストやクリストフの見立てでは、今のラドクリフ軍にはそのいずれもが欠けている状態であるとの事。彼等が短期決戦に拘った理由もここにある。時間が経てばラドクリフ軍も最低限の士気を取り戻してしまう。それだけでも攻略は格段に難しくなる。


 奴等が天子争奪戦での敗戦の影響を引きずっている今が絶好の機会であると、再三に渡って強調されていた。



「しかしホントに野戦に出てきてくれんのかねぇ? ま、俺としちゃチマチマした籠城戦よりそっちのが好みだから、そうなってくれりゃ万々歳だがな」


 ヘクトールはアーネストの助言を思い出して呟いた。あの天子争奪戦はヘクトール自身も今までに経験した事が無い程の大規模な戦であった。グレングスを始め、彼に比肩するような強者とも繰り返し矛を交えた。


 あの大戦の高揚がまだ身体に残っていた。戦が明確な勝利で終わらなかった事で、どうにも消化不良になっていた部分があった。それはゾッドを始めとした麾下の将兵達も同じであった。


 だからこの鬱憤を思い切り発散できる場が必要であった。この降って湧いた侵攻戦は、それを補完できる絶好の機会でもあった。



「ま、難しい事考えるのは俺の仕事じゃねぇ。俺はとにかく命令通りに侵攻して、敵が抵抗してくりゃそれを撃ち破って城を占領する。それだけだ。シンプルが一番さ」


 ヘクトールはそう結論付けて、あれこれ考えるのをやめた。そして部隊を叱咤すると更に行軍速度を上げてシエナへと迫っていった。


 高い士気を維持したままヘクトール軍は数日後にはシエナの街を視界に収める距離にまで進軍していた。そしてシエナの城門前には……



「ほぉ……お前達の言ってた通りだったな、クリストフ。奴さんら、最初から籠城戦する気はないらしい」


 ヘクトールが嬉しそうに口の端を吊り上げる。シエナの城門前にはヘクトール軍の接近を察知したラドクリフ軍の防衛部隊が、既に布陣した状態で待ち構えていたのだ。こちらよりはやや少ないように見えるが、それでも3000ほどはいるようだった。


「そうでしょうね。籠城戦をするような士気も忠誠心も今の奴等にはありませんから。手筈通りヘクトール様とゾッド殿は正面から敵に当たって、思う存分暴れ回って下さい。その間にディナルド様が遊撃部隊を率いてシエナの街を攻撃。守備兵を蹴散らして城を占拠します」


 それが作戦の概要であった。クリストフの指示に従ってこちらも布陣を整える。既に準備は万端だ。


「よぅし、お前ら! よくここまで我慢したな! 敵はあの憎たらしいエヴァンジェリンの手下共だ。思う存分暴れまくって、これまでの鬱憤をまとめて晴らしてやれぇっ!!」


 ――ウオォォォォォォォッ!!!


 ヘクトールの号令に麾下の将兵達がまるで怒号のような気勢を上げる。そしてヘクトールとゾッドに率いられた本隊が、雪崩のような勢いで敵陣に突撃を敢行する。



 ラドクリフ軍から大量の斉射の雨が降り注ぐ。先頭にいるヘクトールやゾッドはその剛勇で矢の雨を物ともせずに斬り払って進むが、その後ろに追随する兵士達はそうもいかずに、楯や鎧で防ぎきれずに矢を受けて倒れる兵士が続出する。だがそれはヘクトール軍全体からすると微々たる割合であり、殆どその勢いを減じる事無くラドクリフ軍の本隊に突入した。


 忽ち周囲で剣撃音や怒号、悲鳴が鳴り響き、戦場特有の混沌とした空気に覆われる。



「ぬぅらぁぁぁぁぁっ!!」


 ヘクトールは勿論、それに劣らない勢いで敵を斬り倒しているのは元山賊頭領のゾッドだ。その巨体とそれに見合う蛮刀から繰り出される攻撃は、敵兵にとっては災害のような物で、その武威だけで敵は恐慌をきたす。


 だがそこに……


「んん!?」


 強烈な殺気と共に斬撃が煌めき、それを受け止めたゾッドの猛威を止める。見ると研ぎ澄まされた闘気を身に纏った1人の武将が剣を構えていた。


「……我が名はアートス・カール・ビョルケル。その首、もらい受ける」


「ほぉ……大した剣気だな。面白れぇ。その首もらうってのは俺の台詞だ!」


 ゾッドは獰猛に笑ってアートスに斬り掛かる。アートスもまた至極冷静にそれを迎え撃つ。凄まじい武威と武威のぶつかり合いに、両軍の兵士達ですら巻き添えを避ける為に距離を取った。



 一方同じように暴れ回る総大将たるヘクトールの元にも強烈な殺気が迫る。兵士達の合間を縫うようにして死角から槍の穂先が突き出される。


「ぬ……!」


 その速さと威力はヘクトールが思わず手を止めて受けに回らねばならなかった程だ。


「ふふふ……全く、このような場所、このような時に再びあなたと相まみえるとは予想していませんでしたぞ」


「てめぇは……あの時の!」


 その慇懃無礼な言葉遣いと、裏腹に鋭い槍捌き。かつてフィアストラでも一度戦った槍将軍のレオポルド・ジャン・サルバトーレであった。


「一騎打ちで敵の大将を討ち取ってしまえば勝機があると思っていましたが、いやはや……。流石にあなたを一騎打ちで倒すのは難しそうですな」


「へっ、ここで会ったのが運の尽きって奴だな。観念しろや。あの時の借りを返してやるぜ!」


 天を仰いでかぶりを振るレオポルドとは対照的に、ヘクトールは再び嬉しそうに笑うと自分から襲い掛かった。ここでも強大な武力同士の衝突が発生した。


 ヘクトールとゾッドの猛威が一時的とは言え止まった事で、戦況は一進一退の様相を呈し始めていた。このままだとそうなるはずであった。だが……



「……相手より兵力が多い場合ただ野戦で有利というだけでなく、こういう運用をする余裕があるのも大きな利点だな」


 遊撃部隊を率いるディナルドは、両軍がぶつかり合う戦場を避けて大きく迂回すると、シエナの街の裏側まで回り込み、最低限の守備兵しか残っていない城門を攻撃し始めた。


 慌てたのは残っていた守備兵達だ。限りなく士気が低く、野戦で敗色濃厚になったら即座に降伏するか別の街に逃げようなどと考えている不義理者ばかりであった。軍の兵士がこのような状態というのは、普通に考えてかなり末期的状況だ。


 およそ800ほどの兵を率いているディナルドの部隊の陣容を見ただけで震えあがり、碌に抵抗もせずに抗戦を諦める兵士が続出した。


 携行していた破城槌を組み立てたディナルドの部隊は、散発的な抵抗を物ともせずに城門を撃ち破ると、一気に街や城に雪崩れ込んだ。そして素早く残りの守備兵を制圧して宮城を占拠すると、城門に見えるようにディアナ軍の旗を打ち立てていく。


 その効果は絶大であった。



「何と、別動隊がいたようですな。城が落とされたとあってはこれ以上の抗戦は無意味。……残念ですがラドクリフ軍もここまでですな」


 レオポルドはこの敗戦で、単にシエナを奪われたというだけでなくラドクリフ軍そのものの行く末を見切った。


「ふぁはは、ヘクトール殿。またお会いする機会があるかどうかは解りませんが、私はここで降ろさせて頂きますぞ。精々リベリア王……いや、女王としての立場を満喫なさいとディアナ殿にお伝えくだされ」


「……っ! てめぇ、逃がすか!」


 退却の気配を見せるレオポルドを追撃しようとするヘクトールだが、そのまま軍を率いての撤収であれば確実に討ち取れたものの、何と奴は麾下の軍を全て放り出して単身・・で一目散に逃げ去ったのである。


 流石のヘクトールも唖然として対処が遅れ、結果として奴を取り逃がしてしまった。ゾッドの方も一騎打ちの最中にアートスが無言で急に踵を返して逃げ出したので、機を外されて仕損じてしまった。


「おいおい……自分の部下達をあっさりと見捨てていく奴があるか! 戻ってきやがれ!」


 ゾッドが吼えるが、アートスはそのまま戦場から外れて姿を眩ましてしまった。迷いのない逃げっぷりである。恐らくレオポルドと共に、敗色濃厚となったらこうすると事前に決めてあったのだろう。将の風上にも置けない見下げ果てた連中であった。



「ち……腰抜け共が! おい、お前ら! お前らの大将は自分の命惜しさに、お前らを置いて逃げやがった! お前らももうラドクリフ軍に義理立てする必要なんざねぇ! 降伏しろ! 今なら受け入れてやるぜ!」


 ヘクトールが舌打ちしつつ、残った敵兵たちに降伏を勧告する。城が落とされ大将まで逃げたとあってはもう戦う理由など無い。シエナの兵士達は武器を捨てて続々と投降を始めた。


 こうしてシエナ攻略戦は危なげなくヘクトール軍の勝利に終わった。




「お見事です、ヘクトール様。この後は引き続きピストイアへ進軍する事となりますが、恐らく今のピストイアには碌に守備兵力は残っていないことでしょう。シエナには管理の為にディナルド様が暫定的に残って頂いて、残りの我々のみで進軍します。恐らくそれで充分でしょうから」


 クリストフがヘクトール達の労をねぎらいつつ、即時の再侵攻を促す。まだまだ暴れ足りないヘクトールは躊躇いなく頷いた。ゾッドも同様だ。


「よし、お前ら、もうひと働きだ! 今日だけはここに逗留して最低限の物資を補充したら、俺達はこのままピストイアを目指して進軍する。そのつもりで準備しとけ! ピストイアもぶち抜いて、そのままエトルリアまで進軍してエヴァンジェリンの奴を脅かしてやろうぜ!」


 ――ウオォォォォォォォッ!!


 ヘクトールの号令に兵士達は行軍や戦の疲れも見せずに気勢を上げた。彼等もまた勝ち戦の勢いに高揚していた。今なら何でも出来そうな気分だった。



 そうしてヘクトール軍は極めて高い士気を維持したまま、更に南のピストイア目掛けて再び進軍を開始するのであった。

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