父子相反

第六幕 父子相反(Ⅰ) ~文官の戦場

 ディアナ軍が勢力を伸ばしていくのと比例して経済発展著しいゴルガの街。ソンドリア郡全体の通商を管理できるようになった事で、貿易の規模が格段に増大した。それに伴って入ってくる金の量もまた膨大になり、その金を利用して様々な施設を作り、商人や職人を誘致して、彼等がまた新たに特産品を生み出しそれを流通させる……。


 現在の所、ゴルガの街だけでなくソンドリア郡全体の経済は上手く循環している状態だった。そしてその立役者となっているのは……ディアナ軍の財務・内政を統括し、今や官吏長となったバジルであった。 


 独特の金銭感覚で官吏達を統制する彼は、最初は武官たちは勿論官吏達からも疎まれたが、結果として無駄な支出を切り落として勢力全体の財政に大幅な余力を出す事に成功した事で、少なくとも官吏達からは敬意を抱かれるようになっていた。


 またバジルの特徴として、官吏長という立場になりながらも時間があれば常に市場や産業場などを直接視察して回り、街や民の様子から経済に微妙な変化の兆候がないか、改善すべき点はないかなどを確認していた。


 尤も基本的に常に不機嫌そうに顔を顰めて、陰険で陰鬱な雰囲気を漂わせる彼の事、好んで同道したい者もおらず、警護の為に連れている何人かの衛兵以外には基本的に単独での視察が通常であった。


 だがここ最近、そんな彼の視察風景に変化が表れていた。



「……市場の流動性、連続性という物を理解するんだ。全ては密接に結びついている。どれか一つでも欠ければ経済の流れは滞る。無論逆にどれか一つしかなくとも経済活動は成り立たん。それでは何の金も生み出さず、逆に金を無駄に食うだけのゴミ以下にしかならん」


 バジルが活気のある市場を歩いて視察しながら、同行者・・・に対して滔々と市場経済について講釈していた。


「……なるほど。もっと税収が欲しいからと市場ばかり広げても意味がないどころか、逆にお金を失う事になる。そういう事ですよね?」


 同行者……ディアナは、バジルの話を聞きながら神妙に頷いた。


 彼女はここ最近自分自身の希望でこうしてバジルに師事して、積極的に政治経済を学ぶようになっていた。1つには勿論勢力が大きくなってきた事で君主として政治経済に無知なままでいるのが良くないと考えた事だが、もう1つにはアーネストやヘクトール達を見ていて反面教師的に財政という物の大事さを実感したからというのもあった。


 ディアナが基本的には武官で活動的な性格である事を知っているバジルは、どうせ一時の思い付きで退屈な経済の勉強など長続きしないだろうと難色を示していたが、そのような予想を覆して真面目に真摯な態度で政治経済を学ぼうという姿勢を見せ、またバジルが教えた事を真綿が水を吸うように吸収していくディアナに対していつしかバジルも、彼女に教える事が楽しみになってきていた。



 バジルの講釈が一段落付いた所で、ディアナはふぅっと大きく息を吐いた。


「何だか政治というよりは商売の勉強をしてるみたいな気がします」


 ディアナがそんな感想を漏らすと、バジルは特に気を悪くするでもなく頷いた。


「その認識はあながち間違いでもない。一流の商人は一流の官吏でもあり得るというのが俺の持論だ。街は……いや、極論すれば国という物自体が、恐ろしく巨大な一つの商会のような物だ。国を富ませる為の政策というのは、結局大元の部分では商売と同じ物なのだ。そして商売と同じで政治も金が無くては何も始まらん。『ディアナ軍』という1つの商会を上手く回していく事で金が入り、そして金があって初めてその他の産業を振興したり、工業を発達させたり、軍備の増強も可能になるのだ。逆に言えば金が無ければこれらの何一つ満足に為し得なくなる。金は上手く扱えば心強い味方になるが、逆にその影響力を疎かにすれば恐ろしい敵にもなり得るのだ」


 バジルがいつになく饒舌に持論を語る。普段こういった話を披露したり、理解を示してくれる相手がいない事による反動もありそうだが。


 だが話を聞いているディアナは既に君主という立場で、金という物のありがたみや、逆にその怖さまである程度実感できていたので、バジルの話に神妙に頷く。


「……バジル様が普段ヘクトール様を始めとした武官の方々に対してよく愚痴を零したり、評定でぶつかり合ったりしている理由が少し解った気がします」


 以前にバジルが皮肉っていたが「金はその辺から勝手に生えてくる物」とでも思っているような者達は実際に存在する。ヘクトールら武官はその傾向が顕著だが、アーネストなども結構酷いものだ。


 まあ元々バジルを同志に加えるよう提案したのはアーネストなので、彼は自分の欠点を解っていたのかも知れないが。


 ある意味で彼等は「金の力」という物を軽視しているとも言える。武芸や兵力、知略軍略などと言った直接敵を攻撃できる力しか信じていない。だがそれは間違いなのだ。


 彼等の力は素晴らしいが、それらは結局金があって勢力が盤石であるからこそ発揮できる物なのだ。彼等が戦う力を発揮する土台となる物……それが「金」なのだ。


 バジルは苦々しい表情で相槌を打った。



「手段は違えど国の為に戦っている・・・・・のは俺達文官も同様なのだがな。残念ながら連中にそれを理解させるのは困難だろうが」



「バジル様……」


 その言葉に彼の本音が表れているような気がして、ディアナは何と言っていいか返事に迷う。だがバジルはフッと苦笑するとかぶりを振った。


「おっと、済まんな。つい愚痴っぽくなった。だがお前はそんな中でも内政の重要さにも目を向けて、それを真摯に学び取ろうとする姿勢がある。誰にでも出来る事ではない。お前は間違いなく大成するだろう。俺が保証する」


「バ、バジル様……! あ、ありがとうございます!」


 滅多に人を褒める事のないバジルからの賛辞に、ディアナは感動に頬を紅潮させる。バジルは若干照れくさそうに頬を掻いて目を逸らせると咳払いした。



「おほん! よし、次は作物の卸売市場を見に行くぞ」 


 バジルが話を切り上げて歩き出したので、ディアナも慌ててそれに追随する。


「ソンドリア郡は火山の影響で農業には適した土地となっていて、農作物は自国の食糧を賄うのは勿論、外貨獲得の為の重要な特産品でもある。だが農作物の貿易で儲けを出す場合、中原全土の作物相場を正確に把握せねばならん。まあそういった相場情報を勢力や商会に売る『相場師』という職業もあるので、そいつらに金を払って情報を買うのが手っ取り早いし確実ではあるがな……」


 歩きながらもバジルの講釈は続く。ディアナは一言一句も聞き漏らすまいと集中する。そんな時間がしばらく続いた時……

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