第37話 グローバーの存在
学校ではあまり人と関わらないような立ち振舞いをし、卓也達以外とは全くと言って良いくらい誰ともコミュニケーションを取ろうとしていない。更に学校の外ではグローバーとして日夜戦い続けているような少女だ。そんな美咲から部屋に招待されるだなんて思ってもいなかった。
招待されたのも予想外だったが、それ以上にこの部屋が卓也の予想斜め上だったのだ。
普段の言動やグローバーとしての活動から簡素な部屋のイメージはあった。だがその無機質な空気をぶち壊すかのように、壁に貼られたポスターの自己主張が激しかった。
「FANG、好きなの?」
卓也が小さい頃から活動しているアイドルグループ。テレビでもよく見かけ、アイドルに興味の無い卓也でも知っているよな有名人達だ。
そんなアイドルを女子高生が好むのは不思議ではない。ただ、美咲のイメージとはかけ離れてるように感じている。
卓也の質問に美咲は笑った。
「私だって趣味の一つくらいあるけど。おかしい?」
「いや……少し安心した」
「安心?」
驚いたように目を見開く。
「なんかさ、高岩ってキャリアーと…………ヴィラン・シンドロームと戦う事に自分の全部を賭けてるようでさ。だから……普通の女の子みたいな部分があって良かったって」
「成る程ね。私はバーサーカーみたいに見えてた訳か」
「いや、そういう意味じゃないんだ。なんか、使命に全力と言うか……」
しまった、失言だと焦る卓也に美咲は笑いかける。
「解ってる。冗談よ」
「…………!」
優しく微笑む美咲。彼女の笑顔に思わず心が惹かれる。
実際美咲は美人だ。艶やかな髪に夜空のような瞳。そんな彼女に微笑まれれば、多少なりドキリとしてしまうのも無理は無い。
卓也は誤魔化すように軽く咳払いをする。
「で、さっきの人達の話なんだけど……」
「うん」
この部屋に来た理由を忘れる所だった。卓也達の事を話していた男性二人から離れる為に、美咲は卓也を自室に招いたのだから。
先程まで軽口を叩いて二人だが、一気に空気が変わる。
卓也は深呼吸をし口を開く。
「俺さ、気にしてないから」
「…………」
やっぱりと美咲は心の中で呟く。
彼の性格を考えれば想像は容易い。自分の置かれた立場を理解し、その理不尽を周りに当たらず受け入れる。良く言えば優しく、悪く言えば無頓着な人物だ。
自分よりも辛い思いをしているはずなのにと考えたが、卓也が少しだけ悲しそうな顔をしているのに気付く。
卓也も頭の中では解っている。だがそれでも何も感じていない訳ではないのだ。
「けど……」
卓也の声色に僅かだが熱がこもる。
「高岩達、グローバーが命懸けで戦っているのにさ。ああいう言い方は無いんじゃないかな」
「藤岡君……」
自分より他者の為に怒る事は美咲も嫌いではない。だが彼女も仕方ないと割り切っているのだ。
「大丈夫だよ、私だって自分の状況を理解しているし。ああ言われるのも仕方ないって思ってる。それに……」
美咲は口ごもりながら静かに座り、卓也も続くように座る。少し話し難い事だったが、グローバーの現実を卓也にも知ってほしいと思い重い口を開く。
「私達グローバーは、今でこそ対発症者の切り札と扱われいる。だけどヴィラン・シンドロームを根絶出来たら…………私達はどうなるのか解らない」
美咲は開いた自分の手の平を眺め、ギュッと強く握りしめる。
「グローバーの身体能力は今までの記録、人々が努力し鍛えてきたものを簡単に踏みにじれるようなものだもの」
踏みにじる。その言葉に卓也は妙な納得感があった。
それもそうだ。グローバーは抗体から得られるエネルギーにより、キャリアーには劣るものの身体能力は高い。美咲もオリンピックに出ればメダル獲得も簡単だ。今まで必死に練習してきた選手達の努力を無意味にして。
そんなグローバーの力に卓也は嫌な予感がした。
「って事は……ヴィラン・シンドロームが無くなったら、人間とグローバーが争うかもってか? まあ、漫画とかだと旧人対新人ってのはよくあるけど」
超能力モノなんかではお決まりの展開だ。超能力に目覚めた新人を人間でないと恐れる人々、力を持たない者を下等な存在と見下す人々。そんな対立する物語は少なくなく、それが現実となる可能性があるのだ。
そんな心配する卓也と違い、美咲はおかしそうに笑った。
「フフフ。成る程ねぇ。でもそんな事は起こらないわ。一時的ないざこざはあるでしょうけど、両者が全面戦争になんかならないわよ」
「そうなのか?」
美咲は大きく頷く。
「私達グローバーは数も少ないし、そもそもこの力は一世代きり。ウイルスが消えればグローバーも生まれない、静かに滅んでゆくだけ…………」
「そうか……」
滅ぶ。悪い言葉に聞こえるが、グローバーの消滅は原因であるヴィラン・シンドロームも無くなっている証拠だ。
そんなグローバー達と争うだろうか。卓也だったら否だ。表舞台に出れば警戒される、だから静かに生きて行けばやがて記録として消える存在に、手を出す必要も無いだろう。
卓也は納得したように頷くが、美咲は笑みが失せてゆく。
「まあ、その残された時間をどう扱われるかは解らないけど。どっかの国じゃ対人用のアサルト・キュアを開発してるって噂もあるし…………そうなれば私達は兵士にでも駆り出されるかもね」
「…………兵士か」
彼女の言葉が引っ掛かる。戦う相手がいなくなれば、その矛先は何処に向かうのだろうか。想像は容易い。
人類が共に戦う共通の敵があるからこそ…………違う、共通の敵がいなければお互いに争い始めてしまうのだ。そうしなければお互い手を取り合う事も難しいく、残念だが歴史が証明している。
「けど、そんなのはまだまだ先の未来の話し。今はヴィラン・シンドロームの事を考えるのが先よ」
美咲は座布団に座り膝を抱える。そして何かを思い出すように一瞬目を閉じ、卓也の方を向いた。
「ただ、どんな未来であろうと私は覚悟しているし受け入れる。この病に勝てれば…………その先に何があっても」
彼女の瞳には曇り一つ無い意思が見える。戦い、勝ち、不確定な未来でさえも飲み込む。本当の意味で覚悟が出来ているのだろう。
「強いな、高岩は」
逆に自分はどうだろうか。元の身体に戻れるのだろうか、それとも美咲と同じグローバーとなるのか、逆に完全なキャリアーとなるのか、全く想像もつかない。
戦う覚悟はある。しかしその先にある未来は? 望ましい未来があるのかも解らず、病に侵された屍を積み上げ何を掴むのか。
不安と希望が入り交じるだけで、卓也には答えは見付からなかった。
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