第32話 ミタメノモンダイ

「ヒッ……!?」


 迫り来る凶刃に思わず目を閉じ顔を伏せる。

 危ない。そう誰しもが思った瞬間、少年を引き裂こうとする鍵爪の前に誰かが割り込んだ。


「うぐっ!」


 卓也が身を呈して少年を庇ったのだ。爪は卓也の胸を引き裂き、深い爪痕を残す。

 植物の身体である卓也から血は流れはしない。だが痛みは現実だ。思わずよろけようになるものの、足に力を入れ踏ん張る。

 そんな彼の様子にキャリアーは驚いていた。卓也が追い付いた事、そして自らの身体を盾にし少年を守った事に。

 本来なら誰かを守り庇う事に疑問を抱いたりはしない。しかし人間に対する敵対心、仲間意識の希薄さからか、守る行動に理解が出来なかったのだ。


「馬鹿が! 死ね!」


 だがそんな疑問はどうでも良い。これはまたとないチャンスと口角を上げて嗤う。

 喉を掻き切ろうと右の爪を振り上げた。


「っ!」


 卓也はその動きを見逃さない。振り下ろされる前に腕を掴み止める。更に続けて突き刺そうとした左腕も止めたのだ。

 必死に抑えながらも少しずつ押されている。


「このやろ……!」


 キャリアーの身体能力は人間より桁外れに優れている。とはいえそれはお互い様。更に卓也は性別、元々の身体能力で有利のはずだ。しかし僅かながら相手の方が上だと感じている。

 おそらくは植物と肉食動物の差だろう。納得は出来るが、だからと受け入れて諦めるのは御免だ。

 避ける事も受け流す事も出来ない。本来ならば容易いが、状況が許さなかった。この爪が卓也を傷付けなければ、後ろの少年に危害が及ぶ。そうなればどんな未来が待ち受けているのかは明らかだ。


「……っ。君、逃げろ! 早く!」


「う…………あ……」


 卓也が必死に逃げるよう呼び掛けるも、少年は尻餅をついたまま動けなかった。彼の視線、その先にいるに怯え目が離せない。


「……ちぃ」


 少年が動けないのを知り、卓也は焦りながらもネコ型キャリアーを睨む。もし変身していなければ冷や汗まみれだったろう。


「なぁお姉さん。みんな野球してたんだしさ、邪魔するのは無粋じゃない? ちょっと場所変えようよ」


「だったら死ねよ! 息も臭いしキモいし……何なのよアンタは!」


「毎日歯は磨いてるんだがな……」


 キャリアーの本能、抗体への敵対心から彼女は卓也には想像出来ないような強い嫌悪感を抱いている。

 勿論その事、キャリアーと抗体の関係は卓也も知ってる。だからこそその粗暴な雰囲気に気圧されぬよう心を強く保つ。


「あまり地面に穴開けたくないんだが…………な!」


 このままではジリ貧、やがて力負けしてしまうだろう。卓也は諦めたようにため息をつくと、右足を軽く上げると強く地面を踏んだ。

 それに呼応するように足元から三本の蔦が地面を突き破り伸びる。蔦はおたがいに絡み合うと拳の形となり、そのままキャリアーのを殴り飛ばした。


「カハッ……」


  鳩尾にめり込み、内臓を押し潰すような衝撃が襲い掛かる。そして地面を転がり悶絶している。

 キャリアーの再生能力なら肉体のダメージはすぐに治る。しかし痛みは別、簡単に消えたりはしない。


「まだまだっ!」


 立ち上がった瞬間、卓也が追撃する。顔、心臓、鳩尾と、正中線を連続で殴る。更にふらついた隙に喉元を掴み、野球をしていた子供達とは離すように投げ飛ばした。


「人も多いからな。一気に終わらせる!」


 右足に力を込めると琥珀色の光が足を包む。


「ヒッ……」


 この異質な空気にキャリアーも気付いた。死だ。死のイメージが頭を過りウイルスが全身に警告する。

 心臓を鷲掴みされたような感覚に思わず逃げ出した。


「逃がすかぁ!」


 跳躍し右足を付き出した跳び蹴り。足の先端からは剣のように琥珀色の光を纏った根が伸びている。

 その勢いを止める者はいない。背を向けて一目散に逃げるキャリアーを一気に貫いた。


「あぐっ!?」


 背中から心臓を一突き。根から流し込まれた抗体がキャリアーの全身へと広がり、その身体を溶かす。

 一瞬の内にキャリアーの身体は緑色の粘液へと融解し、蹴りの勢いで四散してしまった。ネコの怪人の姿はもう無く、後に残されたのは緑色の水溜まりだけだ。


「っと。治療完了……か」


 着地し溶けたキャリアーを確認。今度は間違いなく仕止められたと安堵する。


「んで…………と」


 周りを見渡し被害の有無を確認する。もしキャリアーに傷付けられた人がいれば、感染し新たなキャリアーや戦闘員のようネズミ型怪人、ベクターとなる可能性があるからだ。

 卓也の視界、校庭にいた野球チームの面々や、観戦していた保護者達に異常は見られない。

 被害が無い事に安心し身体の力が抜けてゆくのがわかる。

 だが彼気分は良いとは言いきれなかった。誰にも聞こえないようにため息をつき頭を掻く。

 そんな時、卓也は何かに気付き左胸に手を当てる。体内で振動を感じた。


「来たな。もっと早いと嬉しいけど……」


 手を当てた場所に花が咲き、その中心から卓也のスマホが吐き出された。

 手に取ったスマホは着信音を鳴らしながら震えている。画面を確認すると『高岩美咲』と表示されていた。


「もしもし?」


『ずいぶんと派手にやったみたいね、藤岡君』


 電話の相手、美咲は皮肉めいた声色で話し掛ける。自分が対処出来なかったのが不満なのか、卓也の立ち回りに文句があるのか、彼にはその真意はわからない。


「逃げ回られて色々面倒になったのは反省してるよ。けどさ、こっちはいきなり襲われたんだ。多少は考慮してくれ……。被害も抑えたんだし」


『…………それもそうね。まあ、お疲れ様』


 僅かだが声色が和らぐ。


『取りあえず……そこ、小学校だっけ? そこに処理班が向かってるから。来るまで人が離れないよう見張ってて』


「ああ……了解」


 電話を切る。そしてため息をつきながら周りを見た。


「見張るって言われても……。向こうが動かないんだよな」


 琥珀色の……否、琥珀そのもののような生気の感じられない目に、周りの人々の姿が映る。

 怪人を倒したヒーローへの称賛や感謝…………ではない。恐怖、畏怖、嫌悪、そんな負の視線だった。

 よく考えれば当たり前の話だ。卓也の姿はどう見ても怪人。何も知らない者から見れば、先程の戦闘も化け物同士の殺し合いでしかない。

 わかっている。そう見られても仕方ないと。

 もしここにいたのが美咲なら状況は違っていただろう。


(わかってはいたけど…………存外キツいな)


 称賛や名声、感謝の言葉が欲しいのではない。ただ純粋な善意から卓也はキャリアーと戦っている。

 だがそれでも……


「ああ……早く来ないかな」


 遠くからサイレンの音が近づいてくる。その音に隠すように卓也は呟くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る