第11話 外と友と変化

 昼過ぎの街。日曜日だからだろう、行き交う人々が減る事はない。街を歩き、車が走る光景が途絶えず、その世界を卓也が進む。

 ふと足を止め、ショーウィンドウに映った自分の姿を見る。


「…………大丈夫。変な所は無いな」


 バッグを背負ったいつもの自分。どう見ても人間だ。あの怪人には変身していないのを確認する。

 これで何度目だろうか。家を出る前、道端のカーブミラーで、街中でも。何か映る物を見掛ける度に自分の姿を確認してしまう。

 とこぞのナルシストかとツッコミを入れたくなるが、本人は真剣そのもの。いや、恐れていた。

 またあの姿になってしまわないかと。

 そんなに頻繁に確認する事なのか疑問だ。そもそも、自らの意思で変身出来るのだから心配する意味も無いはず。

 それでも卓也の心には不安が影を落としている。身体が勝手に動かないか。本当に自分は安全なのか。考え出したらキリが無い。

 両親は受け入れてくれた……とは思っている。博幸も信頼し卓也の生活の為に自由にしてくれた。それに応えるのが自分の役目だろう。


「っと。遅刻する」


 卓也は急いで走る。待ち合わせ場所である駅前のデパートを目指して。

 考えても仕方ない。今の状況を返る手段が卓也には無いからだ。

 大丈夫。考え過ぎだ。病は気からと言われるのだから、弱気になれば返って悪化するかもしれない。

 ただの迷信だとしても、すがりたい気持ちを捨てられなかった。


 デパートの入口近く、ガラス扉に二つの人影が見えた。携帯を弄る少女と、彼女の隣に立つ少年。井上兄妹の姿だった。


「卓也!」


 先に一馬が卓也に気付き手を振り、その後に二葉も携帯をバッグにしまい歩み寄る。久しぶりに会うからか、二人はとても嬉しそうに微笑む。


「ヤッホー久しぶり」


「もう身体は大丈夫なのか?」


「ああ……熱も無いよ」


 大丈夫とは言い難いのだが、ぐっと堪えて精一杯の笑顔を作る。

 決して気付かれてはならない。今卓也に起きている事を、世界の裏側を。

 そんな卓也に二葉は顔を寄せる。


「どうした? 何か顔に着いてる?」


「うーん。何だか……今日の卓也さ、森の匂いがする」


 心臓が飛び出そうな勢いで跳ねる。卓也は植物怪人だ。身体から森の匂いがすると言われ、自分の変化がバレたのかと疑ってしまう。


(いや、落ち着け。二人はキャリアーの存在を知らない。俺の身体の事も知らないし、予想も出来ないはず)


 解るはずがない、知りようもない。以前の自分のように、ヴィラン・シンドロームの事を想像すらしていないはず。

 どう言い訳しようかと頭を必死に回転させていると、一馬が思いもよらない助け船を出した。


「入浴剤とかか? 森林の香りとかそんなやつ」


「っ! そうそう。風呂入ってから来たんだよ」


「ふーん」


 何とか誤魔化せた事に安堵し、同時に冷や汗が流れる。想定外の事だった。変身している状態ならともかく、まさかこの姿でも変化していたとは思ってもいなかった。

 苦笑いをしながら話題を反らそうと二人をデパート内に促す。


「とりあえずさ、内入ろうぜ。休んでいた間の授業の事聞きたいし」


「そうだねー。一馬も行こっ」


 二葉が先行しデパートに入り、彼女に追従するように二人も歩き出す。


「…………はぁ」


 卓也のため息は二人には聞こえなかった。

 気付かれたくない、見られたくない。家族と違い、極論他人である二人が今の自分を受け入れてくれるとは限らない。

 こんがらがりそうな気持ちを抑え、卓也達はデパートの一角にあるファーストフード店に訪れた。昼の時間から外れているせいか、並んでいる人は少なかった。


「意外と空いてるな。俺達で買ってくるから、二葉は席取っといてくれないか?」


「おっけー、荷物持ってくよ。あ、私はいつものでいいから」


「頼む」


 一馬は二葉にバッグを預け、彼女を見送ると卓也と二人でレジに並ぶ。


「一馬」


「ん? どうした?」


 何か話そうとしたが言葉が浮かばない。二三秒沈黙した後口を開く。


「二葉の言ってたいつものって……何だっけ?」


「ああ、チーズバーガーセットだ。あいつ、カロリー高いの好きなのに太らないんだよな」


 言葉一つ交わすのも億劫だ。正確には怖い。自分の中にあるモノが見えないかとびくびくしていた。

 しかしそんな事を考えても仕方ない。余計な事をして不信感を抱かれる方が問題だ。急いで会話に戻る。


「それは一馬もだろ」


「言えてる。家系とかかな、太り難いのって」


「だろうな」


 やがて卓也達の番になる。先に一馬が注文し、続けて卓也も注文する。

 数分のちに商品が用意される。二人分ある一馬のトレーは詰まっていたが、卓也のトレーは飲み物が二つあるだけ。ティータイムのようだが、飲み物だけで食べ物は一つも置かれていなかった。


「あれ? 卓也さ、それで良いのか? 食い物無いじゃん」


「来る前に食べててさ。飲み物だけで充分だ」


「そっか。とりあえず急ごう。二葉がぐずるからね」


「ああ……」


 一馬の後を歩く。

 嘘だ。今朝から……正確には二日前から何も食べていない。水を中心とした飲み物だけで生活していたのだ。何も食べられない訳ではないが、この身体になってから食欲が大きく減衰している。水分のみを欲している身体は、食べる行為その物に意味を見出だせないのだ。

 ここまで空腹感を感じないのも不思議だ。もしかしたら光合成でもしているのだろうか。日の光は心地好い。今まで以上にそう感じている自分がいる。


(……ああ、クソっ。何考えているんだ俺は)


 いっそ人気の無い山の中で一本の木となれば楽かもしれない。しかしそれは治療法を探している博幸達を邪魔するだけだ。

 彼らへの協力は自分の為、元の身体に戻る為なのだから。


「二人とも、こっちー!」


 二葉の声に現実に引き戻される。余計な事を考えぬように、彼女の声の方へと向かう。

 そこに居た人物は一人ではなかった。


「っと」


「え?」


 予想外の人物に卓也達は一瞬足を止める。二葉と向かい合うように座る少女に見覚えがあった。

 顔を隠すような前髪に眼鏡が特徴の少女。高岩美咲がそこにいたのだ。

 彼女達と共にテーブルにはノートや教科書が広げられている。


「………こんにちは」


 驚く卓也と違い美咲の様子は冷静その物。二人の方を向き、美咲は小さな声で挨拶をする。

 何故彼女がここにいたのか卓也は疑問を隠せなかったが、美咲との関係を二人に悟られぬよう急いで表情を真顔に戻す。


「高岩さんが何でここに?」


 一馬が二葉の隣に座り、トレーをテーブルに置く。それに続くように卓也は美咲の隣に座り四人でテーブルを囲む。


「気分転換に外で勉強しようと思って。そしたら井上さんが来て、一緒にどうかって」


「そうそう。私達も一応勉強目的じゃん。なら皆でどうかなって思ってさ」


「そうか……」


 卓也と一馬はバッグから自分の勉強道具を取り出す。その間、卓也は手を動かしながら小さな声て美咲に話し掛ける。


「なんでここに? 俺を監視してたとか?」


「さっき言った通りよ。本当に偶然なの」


「まじか……」


 偶然とは恐ろしいものだ。先日の事が無ければ、クラスメートに会っただけと受け流せたが今は違う。

 落ち着こうと深呼吸をし、自分のノートと筆記用具を並べる。


「あれ? 卓也飲み物だけ? 珍しいね」


「…………来る前に食べてた」


 二葉の言葉に自分の行いを後悔した。いつもセットメニューを頼んでいたのだから、同じように注文すれば疑問を感じさせなかった。食べれない訳ではないのだから、少しでも普通の行動をすべきだと反省する。


(くっそ。何やってんだ俺は)


 普通ではないと認めたくない。しかし自分が異常であり、それを隠そうとしている。そんな矛盾した考えに苛立ちを感じ、ため息が漏れる。


「…………」


 美咲もそれを察してはいるものの、彼女は何も言わず視線を反らす。

 卓也の葛藤も理解している、不安も憤りも。しかし彼女は口出ししない、出来ない。美咲だけで判断し解決できる問題ではないからだ。


「とりあえずノート見せてよ。英語から先で頼む」


「ん。了解」


 忘れようと一馬からノートを受け取る。少しでも日常にいようと、勉強に意識を集中させる。


「あっ」


 その時、ページを捲ろうとしたら偶然指を切ってしまった。痛みも小さく、指先をほんの少し切っただけで大した事ではない。

 よくある事だ。紙は以外と鋭く、何かの拍子に指を切ってしまうのは珍しくはない。

 血が滲み出し、ピリピリとした感覚が走る。


「大丈夫? ほら、これで……」


 二葉がそれに気付き、止血しようと紙ナプキンを持ち卓也の指に手を伸ばす。

 その瞬間……


「っ!」


 卓也は二葉の手を勢いよく払い除けた。顔を青ざめさせ、彼女を拒絶するように。

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