ヴィラン・シンドローム~特撮怪人になってしまったが、ヒーローやってるクラスメートの娘と一緒に世界のために頑張ります!~
村田のりひで@魔法少女戦隊コミカライズ決
症例一:感染
第0話 治療開始
真夜中の街。時刻は日付が変わって直ぐくらいだろう。街は星空と逆転したように電灯の灯りに満たされ、人の文明が夜の闇に打ち勝っている。
自然を淘汰し、己の自由としようとする人の力。それが本来の自然の掟に背く事なのは理解出来る。しかし人類はそうしてきた。人類がこうなったのも自然の選択だったのかもしれない。
星空は地に落ち、緑は消え、海は濁る。
そんな人間の繁栄を称える街の一角。アパートの屋上に一つの人影があった。
背丈は百五十後半くらで、腰まで届く長い髪が特徴的だろう。赤い装甲を着けた白いコートに顔を隠すバイザー、機械の手甲を着けた左手、腰には棒状の物がぶら下げられている。まるで救急車を擬人化させたような、普通の出で立ちから逸脱した風貌の少女がそこにいた。
少女は直立不動の姿勢で街を見渡す。何かを探すように、隠された視線が街を射ぬいている。
「…………はい」
少女は耳に手を当て呟き始める。他に誰もいない彼女一人の空間で。
「わかりました。至急向かいます」
違う、独り言ではない。彼女は誰かと通話していたのだ。
少女は手を離し右に振り向く。彼女の視線の先には大きな川と、それを繋げる橋がある。
「アサルト・キュア、システムオールグリーン。よし……行きます!」
自身の装備をチェックし、駆け出すと床を蹴り跳躍する。速い、高い。少女の身からは考えられない脚力で、次々と建物の屋上に飛び移って移動する。
ギネス記録保持者でも困難だろう。圧倒的な速度で街を駆け抜ける。
誰も彼女に気付かない。道路を走る車も、夜の街を散歩する男性も、自分の頭上を通り過ぎた存在を認知していなかった。
川に近づく程民家は減り、どぶのような悪臭が強くなってきた。
「ひぃぃぃ!」
続けて聞こえたのは男の悲鳴。少女が駆けつけたそこには、三匹のネズミに襲われる浮浪者の男がいた。
ネズミ程度に大袈裟な、と普通ならば思うだろう。しかしそのネズミは普通ではなかった。
二足歩行し、猫背だが大きさは少女より一回り大きい成人男性位はある。口元は人間の髑髏のような歯を食い縛ったような形状をしており、骸骨にネズミの皮を被せたような風貌をしている。
何も知らない人が遭遇すれば、特撮番組の撮影と思うかもしれない。
だがこれは現実だ。男は腰が抜けているらしく、立ち上がる所か、その場から全く動けずにいた。
「ギ……」
先頭の一体が手を伸ばす。鋭く長い爪が突き付けられ、男の眼前に迫り来る。
その瞬間。
「ハッ!」
駆けつけた勢いを乗せ跳躍、そのまま飛び蹴りをネズミ怪人の側頭部にぶちかます。ゴキッ、と首から鈍い音が鳴り、頭を回転させながら蹴り飛ばされた。
川原に叩き付けられ、残りの怪人達も驚きを隠せない。
「大丈夫ですか?」
少女は男に駆け寄り、立ち上がらせようと手を差し伸べる。先ずは人命救助。それは当然の事だろう。
しかしそれを黙って見てはいない。蹴り飛ばしたネズミ怪人は立ち上がり、口から血を流しながら頭を掴み、曲がった首を強引に戻す。
普通なら首をへし折られ即死、最低でも動く事すら出来ないはずだ。
そんなでたらめな生命力に驚きもせず、少女は冷静に身構えた。
「近くに救急車が来ています。あれは私が引き付けますから、貴方は早く…………」
そう言いかけた所で男の様子がおかしい事に気付く。
「あ……ああ…………」
目は血走り身体は震え、酷く怯えている。そして彼の視線の先には…………少女がいた。
「…………まさかっ! このっ!」
男の肩にある引っ掻き傷、そして彼の雰囲気。それに気付いた少女は男を蹴り飛ばし距離を開ける。
「ぐ……ギ…………来る……な……」
地面を転がる男はゆっくりと立ち上がった。
男は少女を拒絶している、少女を恐れている。まるで化け物を見たかのようにだ。
その理由を少女は知っている。
「感染していた……か」
「おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
咆哮と同時に男の身体が黒い毛に包まれてゆき、球体を形成しかと思えば毛が四散する。そこには同じ風貌をしたネズミ怪人が立っていた。
「……仕方ないな。治療対象、ベクターを四体確認」
腰にぶら下げた物を握り引き抜く。機械を組み合わせたような物々しい刀だった。
握る手に力が籠ると刀身が赤い光を帯び、夜闇の中少女の姿を照らす。
「治療……」
そう呟くと背後の一体が襲い掛かる。鋭いナイフのような爪を伸ばし、音も無く忍び寄るそのスピードならば少女の命を奪うのは容易い。
そう、普通の少女だったらの話だが。
「……開始!」
少女はしゃがみ爪を回避。更にしゃがみつつ足払いで転倒させる。
そして刀を逆手に持ち怪人の背中の中心、心臓を一刺しした。刺した場所からは血ではなく緑色の粘液が滲み出し広がってゆく。
「ギ……」
呻き声を上げるも力無く倒れ、その身体は変色し溶け、緑色の粘液に変貌してしまった。
死体は残らない。あるのは奇妙な色合いの水溜まりだけ。
「シャッ!」
仲間をやられた、そんな想いがあるのか残り三体が同時に襲い掛かる。正面は先程まで浮浪者だった者、背後には最初にいた二体。それらが挟み撃ちにしようとどす黒い殺意を抱き少女に迫る。
しかし少女は慌てる素振りも見せず、正面の一体に左手を向けた。機械の手甲からアンカーの付いたワイヤーが発射され首に巻き付く。
「そらっ!」
そのまま引き寄せ、背後の一体に向けて投げ飛ばし、巻き込まれた者は一緒に地面に転がる。
「次!」
だが敵はもう一体いる。そいつは止まってはいない。
接近してきた所を狙い、突き刺さった刀を杖に跳躍。ドロップキックで顔面を蹴り砕く。
鼻が潰れ、大量の鼻血を流しながらひっくり返った。痛みはあるらしく、苦しそうな唸り声を上げながら鼻を押さえている。
「悪いけど遊ぶつもりは無いから……」
刀を引き抜き刃先に付いた緑の液体を振り払う。
勿論怪人達も黙ってはいない。その隙を狙おうと立ち上がり再び突撃してきた。
「……ね!」
しかし少女には触れる事すら叶わなかった。
凪払われた爪は空を切り、気付いた時には跳躍した少女に頭を踏み台にされ、彼女は彼らの数メートル先に着地した。
「この後、現国の宿題やらなきゃいけないんだから。速攻で終わらせる」
コートから金属性のペン……違う、注射器を取り出した。それはエピペンに酷似しているもののラベルも無く、医療従事者からすれば怪しい代物だろう。
しかし彼女は一切の躊躇もせず、左手甲の手首部分にあるスロットに差し込むと中身の液体が自動的に注入される。
『オーバードーズ』
手甲から男性のような音声が流れたと同時に空の注射器が排出され地に落ちた。
「ハァぁぁぁぁぁぁ……!」
少女の頬が紅潮し、刀を握る手に力が込められる。刀身もより強く光を放ち、刃そのものがふた回りも大きくなったように見え、装甲の隙間から蒸気が吹き出す。
そんな光景に怪人達は慌て、怯えていた。
そう、彼らはまさしく、ヒーローに必殺技を放たれる直前の敵だったのだ。
刀身を回転するように振り回し、少女の周りに赤い光の軌跡が踊る。
「行っけぇ!!!」
そして片手で三度斬り付けるように振るうと、刀身から赤い光の斬撃が発射された。
人一人分はあろう大きな光の刃は三体に直撃、身体に大きな斬り傷を残して彼らはその場に硬直する。
「あぁ……」
小さな呻き声を漏らし膝を着く。そしてそれが断末魔となり、身体が溶け緑の粘液となり崩れる。
構えを解き、後に残された緑の粘液を睨む。そこに動く存在はいない。死体と呼ぶのも躊躇うようなナニかを一瞥すると刀身の光が消える。
「…………ごめんなさい。私達に出来る治療法はこれしか無いの」
彼女の声は救急車のサイレンに消され、誰の耳にも届いていない。
「さてと。後は消毒に処理か……。宿題やる時間あるかな?」
肩を落とし少女は項垂れる。その声は先程までのとは違い年相応の少女のものだった。
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