「蒼き魔法使い」

新豊鐵/貨物船

第1話 「それぞれの事情」

「おばぁちゃん! ねぇ、おばぁちゃん!」

悲痛な声で呼び掛ける未希の声に微かな笑顔で目を開いた老婆は

「私はもうすぐ貴女とお別れしなければならないですじゃ」


きっと喋るのも苦しいのであろう?

それだけ言って息を吸うと

「貴女に今まで色んなことを教えて来たですじゃが最後に教えて置きますじゃ!」

「どんな魔法使いでも決して人の心に魔法はかけられませぬ・・・もっと心を強く持ちなされ」


息も途絶えそうな咳で一旦、言葉を切ると老婆は細くなった右手で鉛筆かと思うほどの小さな棒を握らせ左手で首に掛かった金色に輝くネックレスを外し彼女に渡す

と更に言葉を続ける・・・

「これは私が学んだ魔法使いから貰った物ですじゃ」

「私のレベルではこれを使うことは遂に出来なかったですじゃ」


琥珀色で先端が細くなった棒と青色と言うより蒼色と言った方がいいかも知れない!? 金色のネックレスに直径3センチほどの石が付いている。


「歴代の魔法使いが引き継いで来たものですじゃ」

「誰もこれを使える者は居なかったですじゃが貴女なら使えるかも知れないですじゃ!?」

「何に使うかも私にはわからないですじゃが・・・」


そう言って照れ笑いをした後、老婆は真剣な表情に戻り

「私が死んだら生き返らせる魔法など使わないで下されよ! 私は貴女に会えて楽しく幸せな日々を送れて満足だったですじゃ」

泣いている未希の頭を優しく撫でながら言った。


「私が死ねばこの館も結界も全て消えますじゃ! 強力な魔法は強き心によりかけられるし破ることが出来ますじゃ」

「私の死を乗り越えて偉大なる魔法使いへとなって下され! さらばですじゃ」

そこまで言った老婆の手は力なくベッドに落ちるとその身体も館も緑に包まれた周囲の風景も全てが虹色の粒子と化し散り散りになりながら次第に消えて行った。


きっと老婆が求めていた幸福とは消えて行くこの風景そのものであったのだろう?

大好きだった老婆を失った未希は大きな声で泣きながら消えてゆくその光景を見送った。


未希が溢れた涙を拭いながら見廻してみるとそこは短い雑草が生えた荒地に過ぎなかった!

そして彼女の足下には黄色い小さな花が1本だけ咲いている・・・

「おばぁちゃんらしいわね!?」

そう言うと老婆から貰った金色のネックレスを首に掛け琥珀色の棒を右手に持つと咲いてる花に向けて軽く振る。


花は一瞬にして黄色く大きな花を枝いっぱいに咲かせた巨木へと変わってしまった!

「お前はそれを使えるのか!? あの人は歴代の魔法使いが誰も使えなかったって確か言ってなかったか?」

彼女の隣りで一部始終を黙って見ていた琢磨は仰天しながら彼女に問い掛けた。


彼女は左手の袖を右手で上げると星形の5つ黒子を彼に見せ

「おじさんも相変わらず頭が回らないのねぇ、私はこれから先に偉大なる魔法使いになるのよ!」

「そのくらいの知能だったら魔法でこの辺に暮らすコオロギにでも変えてあげましょうか?」


琥珀色の棒を琢磨にチラチラと見せながら悪戯っぽく笑うと

「まぁ心細い私の為にここまでわざわざ来てくれたんだから感謝してあげる!」

「それにコオロギに変えたらこの先、役に立たなくなっても困るし許してあげてもいいわ」

見た目は可愛い顔なのだが言ってることは本当の魔女だ!


「わざわざ来てくれたって俺の風呂上がりを魔法でいきなり勝手に呼びやがったのはお前じゃないか!? 」

「俺は花音に何て言い訳すればいいんだ? 呼び出していいかぐらいは確認しろよな」

俺はさっきからパンツ1枚の格好で呼び出されここに付き合わされ続けて居るのだ!


「そうだったよね、どうもありがとう! おじさん」

未希はそう言って指先を動かすと琢磨は消えた!?

もと居た場所に戻されたらしい?

「おばぁちゃん、今までありがとう! また来るね」

彼女は自分が魔法で大きくした木を見上げながら涙声でそう言うとしばし祈りを捧げ指先を振るとどこかへ消えてしまった。


暗闇の中でコオロギが寂しげ鳴いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る