悪魔の種

@a4b5

悪魔の種


「これで全てか!」

「はい!村中総出で刈り取りました!」

「よし、火をつけよ」

 村はずれ荒れ地に、黒ずんだ作物が積み上げられ、火をつけられた。鎧兜の騎士が偉そうに指図し、兵士や村人が残りの藁束を火に投げ入れたり、火の加減を見守ったりしている。その様子を、遠く丘の上から見守る人影が。

「ニンゲン、タベルクサ、モヤス。ナンデ?」

 彼は首を傾げた。人間の子供くらいの身長で、薄緑色の体色にトガり耳、ドングリ眼に下顎から飛び出る小さなキバ。典型的なゴブリン族の彼に名はあるのか、わからないが、仮にゴブとしよう。

 ゴブは人間たちの奇妙な焚き火を見物し、誰もいなくなったのを確認すると、丘を降りて燃え残りに近づいた。

「クサ、モヤス。チガウ。ナンデ?」

鼻をクンクンし、燃えかすを物色する。

「モエノコリ、タネ、ナイカ?」

しばらく臭いを嗅いだり、かすをほじくったりするうちに

「アッタ!」

何かを見つけて掘り返すと、素早く辺りを見回し、いそいそと丘まで走って戻った。




「タネ、イキテル!ミズノマス!」

 ねぐらに戻ったゴブは、拾い集めた枝で組んだ粗末な柵を飛び越えた。中には何となく整理されたようなされないような、雑多な草木が植えられた、ゴブ自慢の自家製菜園があった。森や草原から採ってきた、山菜の苗が植えてある。中には大変珍しい草もあり、根っこのこぶのように膨らんだところが食べられる草や、真っ赤な丸い実をつける草、茎から直接黄色く長く曲がった実が大量に生る草など、摩訶不思議な菜園となっていた。

「タネ!タネ!コンドコソ!」

 注意深く土を掘ると、拾ってきた種をそっと置いて、優しく土をかぶせた。

「ニンゲン、タネ、ウエル。ミズ、ノマス。タベルクサ、イッパイ、ハエル!」

 期待に目を輝かせ、ゴブは叫んだ。

「ミズノマス!チョットマッテロ」

 一般にゴブリン族は狩猟採集種族であり、農耕をするものはいないが、ゴブは特殊な個体だった。群に入ろうとせず、人を襲わず、一人でねぐらを作って暮らしている。そして見よう見まねで人間の畑のようなものを作り、自給自足の生活を試みては失敗を繰り返している。なぜゴブリンの習性と違うことをするのかというと

「ケモノオソウ、ニンゲンオソウ、マケタラ、シヌ。クサソダテル、シナナイ」

 という理由らしい。このような思考にいたること自体、ゴブリンには有り得ないことであり、見方によっては彼はゴブリン種族の生み出した稀代の天才なのかもしれない。

「ミズダ!ノメ」

 固い木の実で作ったボウルから、濁った水を土にかける。

「コンドコソ、クサ、ハエル」

 天才は自信を持って宣言した。




 翌朝。

「タネ!ハエタ!スゴイ、ノビタ!」

 昨日植えた種がもう芽吹き、ゴブの腰あたりまで生長していた。

「ハヤイ!スグタベラレル?アシタカナ?」

 ゴブは興奮した。種が発芽したのは今回がはじめてだったし、今まで集めて来て植え直した苗は、すぐに枯れてしまったり、育てるのに時間がかかったりで大変だったのだ。しかし最近はツイている。この前森で拾った草はみんな丈夫で枯れないし、昨日拾った種ははじめて発芽した。

「ソレニ、クサ、ウネウネウゴイテル。キットツヨイクサダ」

 農夫は確信を持って頷いた。




 二日目の朝。

「ハナダ!」

 謎の草は巨大な一輪の花を咲かせた。

「キレイ......」

 ウネウネとうごめくそれを見て、ゴブはため息をついた。

 その花は一言で言えば悪魔のヒマワリのようであり、花の真ん中の円形の部分が黄色、群青色、ピンク、深緑でまだらに混ざり合っており、ごく普通の人間が見たら、嫌悪感とか恐怖感とか、そういうものを感じさせる様子だった。これは明らかに毒草だろう。人間ならばそう判断するが、ゴブはゴブリン族なので、そういう人間的な美的感覚は持ち合わせていない。

「タブン、アシタハ、ミガナル。タベゴロ、タノシミ!」

 楽天家は満面の笑みで予想した。



 三日目の朝。

 花はもう果実となっていた。巨大な果実はまだらに黒ずんだ部分と警戒色を連想させる鮮やかな黄色の部分が混ざり、非常に禍々しい毒性を感じさせる。

「スゴイ!タベキレナイ、ミガナッテル!」

 しかしゴブはお構いなしにナイフ(以前人間の村からくすねてきた物)を取り出して、謎の草に無警戒に接近。すると草はまた動き出し、ぐるっと振り返ると真ん中に大きな目玉。

「ウッメダマ?マモノ!?」

 ゴブ、思わず後ずさる。すると目玉は明らかに嘲りの視線をゴブに投げると急に膨れ上がり、ドッパーンと破裂して、邪悪な瘴気とともに無数の種を撒き散らした!種ははるか遠くの山や谷、町や村に向かって勢いよく射出され、瘴気は黙々と垂れ流され、菜園の草やゴブの足元を覆った。

「ナニ?ナニオコッタ?」

 ゴブ、慌てて周囲を見渡すと

「アアッ!クサガ......クサガ......!」

 瘴気に覆われた菜園の山菜たちが、みるみるうちにしなびて枯れて、黒ずんでペシャンコになった。まるで人間たちが燃やしていた黒い作物のように。

「ナンデ......ナンデミンナ......カレタ?」

 膝をついてうなだれるゴブ。そして彼の心の傷以上にこの世界にとって損失だったのは、菜園に植えられた苗の数々だった。これらの苗は、実は地球で品種改良を重ねられたジャガイモ、トマト、バナナなどが混ざっていた。それぞれ獣害にあったり、台風にやられたり、山火事にあったりして命を失った植物どもが、それを哀れんだ善なる神の計らいによって、非常にこの世界に都合の良い生命力の強さや適応力を獲得して、異世界転作してきたものだったのだ。

 ここで全滅しなければ、これらスーパー作物たちが多くの人々を救ったり、連作障害で逆に記録的な飢饉を起こしたりと、この世界に多くのドラマを生み出すはずだったのだ。

 それが、一人の天才ゴブリンの過ちと、悪魔の種子の散布によって妨害されてしまった。

「ソンナ......ナンデ、ナンデ......」

 敗北者はうなだれた。




 また次の朝。

 菜園はすっかりキレイに掃除されていた。禍々しい瘴気もどこかへ流れていったようだ。そしてゴブは

「アノクサハ、ワルイ!ワカッタ。アイツラ、ヤッツケテ、マタ、クササガス!」

 お鍋の兜に鍋蓋の盾、草刈りナイフにずだ袋の装いも勇ましく、旅立ちの時を迎えていた。ゴブはゴブリン族の種族的な限界として、人間よりも頭が悪い。だが、これまたゴブリン族らしく、失敗にクヨクヨする繊細な心性も持ち合わせていなかった。

「マタ、ツクル。コンドハ、ウマクヤル!」

 挫けない者を、善なる神は見ていることだろう。やがて再び彼がスーパー作物たちを手にする日も、あるのかもしれない。


終わり。 

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