Re:Ennosigaios
ネプが先頭を走り、向かう先は先程も利用したワープゲートがある連絡通路。全力疾走であるためその場所はすぐに見えた。プルートの話ではそこも人造人間が塞いでいるとの話だったが。連絡通路の出入口から複数の人造人間の残骸が飛び出した。バラバラになった彼らの身体には、水滴が。
「ナイス、オレ!」
「え……ネプくん?」
出入口から姿を現したのは、ネプと瓜二つの子供。いや、間違いなくネプ自身。彼らはお互いに近づくと揃ってミコトを凝視する。
「どう? すごいでしょ〜? これ【冷たい
「これがネプが持つ、『青色』の力ですよ」
ミコト達と一緒に走っていたネプが話す。かつてポセイドが所持し、後にガイオスに渡ったはずの力がネプの手に。“水の分身を生み出し操る”能力。
「とりあえずこっち〜!」
分身のネプが連絡通路の方へ。人造人間はあらかた片付けたようで、辺りは静まりかえってもいた。連絡通路の中に入っていくと、彼女らの視界の奥に映るのは宇宙船。宇宙船用の出入口に停まっているそれは、まるで水の上を渡るような船の形をしている。そして船首に座るショートヘアーの男が1人。
「あぁ、無事だったね3人とも」
髪色は薄い青色。三十代後半に突入していた彼の顔は、少し痩せ細り気力を無くしているようだった。青いジャンパーは使い込まれており色も薄れている。彼が『青色』の前任者であるガイオス。
「君がミコトだね。分身のネプくんから話は聞いたよ。自分の名前はガイオス。短い付き合いにならない事を祈るよ……」
やはり元気のない様子は声色にも現れていた。
「ガイオスさんは『青色』の前任者です。良い人なんですよ……いや、良すぎた気がしますけど」
「ラールくんは何か、あの人との間であったの?」
「えっ……あぁ、それは」
言葉を濁したラールは目を逸らす。ミコトは答えを待ったが、ラールは先送りしてしまう。
「……後で話します。今はひとまず、ガイオスさんの船に乗ってこのコロニーから離れましょう」
*
案内されたのは船の一室。『人類保護派』のアジトより狭いものの、ベッドやテレビ、冷蔵庫も完備しており印象は快適そのものだ。ネプは真っ先に部屋の角にあるベッドに飛び込むと、横になってすぐに寝息を吐いてしまう。そんな彼をガイオスは呆れ笑いと共に心配するが、顔が笑っていない。
「はは、ネプくんは疲れちゃったのかな」
「ずっと分身を出してましたし、でしょうね」
部屋の中央に位置していたオレンジ色のソファへと、ラールは足を運ぶ。ラールに釣られミコトも着いて行くが。背後に立つガイオスに気を取られてもいた。
「それじゃあ、自分は船を操縦しなきゃいけないから。ワープゲートと違って履歴も残らないし、宇宙空間なら襲撃もされないはずだから安心して」
そう言ってガイオスはその場から去っていく。中身のない振る舞いにはミコトも違和感を覚え、ラールの隣に座ると顔を近づける。
「ねぇ、さっきの答え」
「あ……言わなきゃ、いけませんか」
「逃げちゃダメ」
ラールの肩と腰に手を回したミコトは逃げ場を封じた。今度はラールも目を逸らさず、ミコトの顔を見ているがどんどん赤くなっていく。
「さっきは助けれくれてありがとね。かっこよかったよ」
「いきなり何を……」
プルートの凶弾から守った事のお礼がやってくると、ラールは慌て抵抗する力は更に弱くなる。
「……わかりましたよ! 言いますよガイオスさんとの間に何があったか!」
「うん、よしよし」
渋々ラールは了承すると、ミコトは手を離した代わりに彼の頭を撫でる。掌の上で転がり回されている事に不満はあったものの、従う他ない様子。
「まず、リベリオンズのメンバーである“ウラヌス”。彼について知ってもらう必要もあります。さっきプルートが見せてきた中継映像……あの中で弓矢を使っている人物がウラヌスです。彼とガイオスさんは……かつて仲が良い関係だったそうで」
「過去に人造人間と仲良くしてたのが、気に食わなかったの?」
「そんなくらいで嫌ったりはしませんよ! でも実は、その……ガイオスさんがネプに『青色』の力を渡した経緯が個人的に納得できなくて、ちょっと怒っちゃったんですよ」
*
2ヶ月ほど時は遡る。マーズの屋敷の裏庭にて、ガイオスはマーズに語りかけていた。時刻は深夜。マーズは彼を哀れみの瞳で見つめる。
「ごめん……自分は、もう限界だ」
「……分かりました。ですが後任は見つかっているんですか?」
当時から、ガイオスの無気力ぶりはマーズも心配するほどだった。自らのせいでリベリオンズが結成されてしまったと背負い込み、自らの手でウラヌスを何度も殺害していく人生に、彼は疲れてしまった。
「うん、この子だ」
「……!? まだそんな、小さい子を?」
ガイオスが手を挙げ、屋敷の壁からひょっこりと顔を出したのはネプ。この時からラールは既に『水色』の力を手に入れ幹部として動いたものの、マーズには不安があった。ネプは歩くことすらおぼつかない足取りでガイオスに近づくと、笑顔で抱きついた。その拍子に巻いていたバンダナが解け落ちると、少し抉れている後頭部が顕となる。
「カプセルに反応があった。この子なら自分やポセイド以上に『青色』を使いこなせるはずだよ」
「何を、考えているんですか」
マーズにとって、ガイオスは尊敬できる大人の1人でもあった。そんな彼が、ネプのような子供に後を託す事にマーズは違和感を覚えていた。
「この子はね、7年前……爆破で倒壊した病院に置き去りにされているところを自分が見つけて、そのまま保護施設に預けた子なんだ。だけど……」
ガイオスはネプの頭を優しく撫でる。罪悪感も抱いている事にマーズは気づき、彼の次の言葉を黙って待つ。
「この前に再開した時、この子が他の子とは違う光景を見たんだ。部屋の端でひたすら外の様子を見ていたり、みんなの遊びには混ざれずに1人で遊んでいたり。そこまではよくある話だった。そんなこの子を哀れに思って、自分が接してみて分かったんだ。この子は、全てを平等に見ている」
「平等、に……?」
「あぁ。もちろん、人類と人造人間もだ。自分に話してくれたんだよ、この子の夢を」
「みんなと仲良く、したい! どうして戦いあってるのかは分かんないけど!」
無邪気にネプは叫んだ。無垢なる子供の意思はガイオスに突き刺さっており、その傷口から流れ出るものが血液か否かは、ガイオスを見る他人によってそれぞれ違う。
「この子はきっと……どうして双方が争っているのか、その理由も理解できないと思うんだ。これから、歳を重ねていってもずっと。だから……この子が大人になるまでに、この戦いを平和に終わらせてくれないかい?」
「……分かりました。全力を尽くしますよ」
「自分では、この子の願いを叶えられない。この『青色』の力を渡す事に抵抗はあるけれど……ネプくんになら、自分の後悔も預けられる。自分はウラヌスくんやユニバースくんを救えず、こんな事態にまで発展させてしまった張本人でもあるんだ。そんなダメな大人の自分だけど、ネプくんは慕ってくれた。どうかこの子を、幸せにしてやってほしい」
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