Daybreak

「どこにいるんだ……ロディ」


 小走りでモルドール跡地を探索していた。道中で凍ったスタークとマーキュリーを見かけたが、僕の中での優先順位は低い。すぐに他の方角へと足を運んだ。

 モルドール跡地には見当たらず、少し離れた住宅街へと向かった。『人類保護派』の人間と『リベリオンズ』の人造人間が戦闘を繰り広げている中を駆け抜け、聴覚を研ぎ澄ませ電撃の音を探る。


「この音……もしかして」


 連絡通路近くまで寄った所で、バチバチと痺れる電撃の音が僅かだが確かに聞き取れた。近くの路地裏から聞こえてきており、周りに気づかれないようそっと建物と建物の間に入り込んで行った。しかしその瞬間、電撃の音は消え去った。何かが倒壊したような激しい衝撃と共に。


「っ……ロディ!」


 嫌な予感がした。一瞬だけれど、衝撃は味わった事がある。きっと『茶色』のサターンのものだ。モルドールを簡単に崩壊させた力だ、ロディが一人で太刀打ちできる相手ではないはず。僕が助けに入ったからといってどうにかなるとも思えないが、何もしないよりかは遥かにマシなんだ。

 路地裏の角を曲がり、砂煙の要因となったであろう倒壊した建物へと向かう。小規模な雑居ビルが倒れており、煙が薄くなっていくに連れて一人分の人影が見えた。



「え……?」



 まず僕は人影よりもビルの下敷きになった人物の方に視線が向いた。下半身が潰された様子のロディが、うつぶせでびくともせず寝転んでいる。

 そして僕に背後を向けながら、お姫様抱っこでスキンクァを介抱する女性がロディのそばに立っていた。

 茶色のコートを羽織っていて、フードも深く被っている。彼女には一度助けてもらった事もあるが、この状況を見るに敵でしかない。


「サターン……まさかロディを!」

「……一週間ぶり、だね」


 振り向いたサターンは整えられたまつ毛にぱっちりとした瞳。小さい口や腰まで伸びる茶色の頭髪も相まって、やや儚げな印象も変わってはいない。しかし瞳の下には大きな隈が出来ており、ストレスや寝不足での影響が伺える。

 すると彼女はスキンクァを降ろした後、肩を貸して支えながらなんとか立たせた。


「ドボラックも今ならまだ治療が間に合うかもしれない。あなたの大切な人、なんでしょ」

「わ、わかった……」


 ふらつきながらもスキンクァは一人で歩き出し、視界の奥へと小さくなっていく。一瞬追おうとはしたものの、サターンの鋭い視線が僕の足を固定させてしまう。


「このロディって子も、あなたの大切な人なんだよね? 大丈夫、気を失っただけでまだ生きてるから。この子も元は被害者……殺すなんてできないよ」


 ロディが一命を取り留めた事に安堵したが、下半身は完全に潰れ機能を失っている。生身の箇所が首から上の部分だけとなってしまった。


「でもあなたは……元が加害者って聞いた。過去にギャラクから聞いた話だけど、実際の事件記録はあったから信用できる。それに私がギャラクを倒しに行かなかったからこうなった。私があなたをモルドールに侵入させたからこうなった。私がコスモの足を傷つける原因だったからこうなった。全部、私のせいだから……私がリベリオンズを仕留めなきゃいけない」


 サターンも責任を背負おうと躍起になっているように見える。元々プルートが始まりだった事も話そうとはしたが、記憶共有できない彼女には到底信用されないと考えた。


「僕も、人類保護派は倒さなきゃいけないから。……コスモが叶えたかった、理想のためにも」


 ロッドを握りしめ、左に持つサーベルをサターンへと挑発を兼ねて向けた。すると彼女の逆鱗に触れたのか、地面が揺れ始め不安定に。


「違う……コスモが望んでたのはこんなのじゃない!!」


 歯を見せ唸り、まるで犬の威嚇の様な表情になっている。サターンの頭部付近にも四つの岩石が虚空から創り出され、今にも向かってきそうな雰囲気だ。


「確かに違うね……でも、こうでもしないと無理なんだ。例え歪んだ結果でも、叶えられないよりかは幾分かマシ。僕はそう考えたから」


 彼女が操る岩石も、ギャラクのものと同じで生命は無いはず。頭と胸以外の生身部分であの四つを対処し、近づいて攻撃するしかない。

 僕が駆け出すと同時に岩石も動き出し、身体を貫かんとする勢いで吹き飛んできた。ロッドで一つを叩き落とし僕の足元に、サーベルでもう一つを右に切り飛ばす。続いて二つの岩石は手の甲で受け止め、【ワイルド・ファング】を発動させた。


「岩石は僕には効かな──」

「【ダイアモンド・ヴァージン】……!」


 食い気味にサターンは能力名を口にした。僕にその場から離れる隙も与えず、ロッドで叩き落とし足元にあった岩石が変形する。鋭利な棘へと姿を変えたそれは、僕の腹部を貫き鮮血に染まった。サーベルとロッドも僕の手からずり落ちる。


「がっ……あぁ」


 完全に判断に失敗した。最初の二つの岩石の時間を止めた場合、その後に襲来するもう二つの対処が難しいと考えた結果がこれだ。

 咄嗟に引き抜こうと棘を右手で掴んだが、目の前には既にサターンが。この一瞬で近づいていたなんて。


「【ダイアモンド・ヴァージン】は“身体に岩石の鎧を纏わせる”能力……!」


 呆然としている僕の右手を、サターンは鎧を纏った両手で強く握りしめた。これだけでも激痛が走ったというのに、サターンは左方向へと全体重を委ね力を入れる。岩石の鎧は防御だけでなく、単にパワーの増加効果もあるようだ。

 メキメキと骨と肉が崩壊する音が右腕から身体中に響き渡る。今までに経験した事もない痛みに気を失いそうになってしまう。


「うっ…………あぁっ! 痛いぃ!!」


 思わず両眼から涙が零れ、身体全体が痙攣を起こし吐き気すらしてきた。僕の頭と胸は機械で出来ているのに。

 そして、僕の右腕は限界を迎えた。ブチブチと引き裂かれる音と、誰かの悲鳴が耳に入る。その悲鳴は僕のものだと気づくのに三秒ほどの時間がかかった。


「あぁぁぁぁ!! う、腕が……っ! う、うぐぅ……!」


 肩から下が無くなっていた。骨と胸部からの黒色の配線が見えており息がますます荒くなり、正常な思考も保てない。


「あぁっ!! ううううっ痛っぁぁぁ」


 口をパクパクとさせながら叫ぶ。そんな僕とは対照的にサターンは何も発さずに、追撃を加えようとしていたのか右腕を振りかぶった。

 しかし、その瞬間。サターンの背中へと電撃が飛び着弾。彼女の身体を麻痺させ動きが止められた。放った主の姿はここからでも見える。ビルの下敷きになったロディが、両手から電撃を放っていた。


「今のうちに逃げて……ユニ!」


 額から出血しているというのに、ロディは右目を閉じながらサターンの気を引いてくれた。今度は左腕で棘を掴み、思い切って後ろへと退いた。痛みによって視界は歪み、まともに歩けなかったが離れる事はできる。


「ごめん、ごめんロディ…………!」


 ロディの方を振り向かずに僕は歩き出した。守ると約束したのに、逆に守られるなんて本当に情けない。


「あなたには危害を加えたくない……!」


 サターンが文字通り痺れを切らしたのか発言、と同時にロディが電撃を放つ音と叫び声も聞こえた。ロディの想いを無駄にしないためにも必死に足掻き、向かった先は。


 連絡通路。とにかくここから離れたかった。僕はワープゲート特有の薄い膜に身体を突っ込ませた。行き先はコロニーNO.6。僕が目覚め、コスモと会ったコロニーだ。




 *




「はぁっ、はあっ」


 幸い通行人の数は少なかった。ひとまず身を隠せる場所と言ったら、心当たりがある。


「ここは……もはや懐かしいや」


 激痛は尚も襲ってきてはいたが、もう慣れる事にも成功していた。しかし痛い事は痛い。

 僕の視線の先には、“今の僕”が目覚めたあの廃墟がある。ふらつきながら足を踏み入れ、隠れながら他の仲間達の救援を待つ。……はずだった。



「あ……」

「お、お前はコスモと一緒にいた!」



 廃墟の奥で待っていたのは、あの日コスモによって払いのけられたチンピラの一人。確か股間を蹴られた方で、もう一人は何故か不在。


「よくも、よくもあいつを……! あいつはリベリオンズに殺されたんだ! 既にボロボロのようだが……敵討ちしてやらぁ!!」


 チンピラは激昴し、防御の体勢すら取ることができなかった僕を押し倒す。硬いコンクリートに押し付けられた痛みよりも、サターンの攻撃による傷の方が痛かったけれど。

 するとチンピラはズボンの右ポケットから拳銃を取り出し、僕の空いた口の中に押し付ける。


「し、死ね……!」


 しかし人を殺す覚悟は足りなかったようで、引き金に指を通す事すら叶っていなかった。対して僕は、ここで死んだ結果どうなるかを考えていた。命の危機だというのにこんな事を考えるなんて非常識。でも銃口を向けられ僕は前例を、デジャヴを感じたんだ。


 そう、ヴィーナスさんがギャラクに発砲されたあの光景。


「例え、僕がここで死んでも……再び『反逆』の狼煙は上げられる……!」


 僕が第二のヴィーナスさんになり、第二のユニバースが生まれる。プルートに死体を見つけてもらう事が前提なものの、こう考えなければ死への恐怖は薄まらない。

 銃口を舌でしゃぶると、チンピラは挑発と受け取ってしまった様で。


「てめぇ! こ、殺してやらぁぁ!!」


 引き金に指が。

 死ぬんだ、ここで。

 やっぱり嫌だ。

 でももう止められない。どうしようもないんだ。


「うぁぁぁ」


 チンピラの宣言通り、銃弾は僕の口の中で放たれ頭の中がぐちゃぐちゃに破壊された。不思議と痛みは無かった。いや、痛みを感じ取る箇所も壊されただけなのか。


 声も、出ない。視界がチラつく。走馬灯も、見える。

 ロデぃとコすモが僕と一緒に笑っテる。たのシソう。ウラぬスが僕をオシ倒したトキの記憶も見えタ。プルートはわらッたとキのもの。


 ああ、終わるんだ。でも、また始まるかもしれない。今度は僕が、ヴィーナスさんのようにデジャヴの度に宿主に記憶を見せるかもしれない。


 体の隙間から入り込む血液と風。目の前にはひび割れたコンクリート。


 冷たい────




 *




 ──記憶共有、終了。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈




「なるほど……これがユニバースの記憶」


 暗い洞窟の中、白いコートとフードに身を包んだ人物が言った。顔は見えず女性のように高い声だが、彼の性別は実際のところ男性だ。


「まさか、それらの『白』の力を組み合わせるなんて……やはり貴方は想像以上の事をしでかしますね」


 洞窟に横たわる“ユニバースの身体”が白い粉となって消失すると同時に、男性へと女性は賞賛の言葉を送った。


「……わざとらしいね、エボルは」


 女性の名前はエボル。彼女も同じ白い服装で身を包み、男性のそばへと足を運んだ。


「でも、あの“アイアンメイデンの男”とその仲間に対抗できそうな能力は見つかったよ」

「なら行きますか? あの星へ」

「いや……エボルも見たでしょ、プルートの記憶。この星もプルートが作り出したものだけど、彼が離れて三万年だよ。向かったって気が遠くなるだけ……」


 男性は女性らしい声で嘆き、洞窟の中心部に移動し独り俯く。


「ならどうするつもりで? “ウソゾー”、さん……」


 男性の名前はウソゾー。エボルの言葉に耳を傾け、彼女の方へと再び身体を向けた。


「……決まってるでしょ。『反逆』だよ。これはただの黎明……『夜明け』に過ぎないんだから」





 白の反逆 黎明編 終

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