Galaxy
「あの……ありがとうございます」
病室のベッドから発せられた声は、確かに俺に向けられていたものだった。長く、そして綺麗な金髪をした彼女の名はヴィーナス。
「……なんで俺に礼を? 体を改造してくれたプルートに言うものなんじゃないんですか?」
他人行儀の敬語。俺と彼女は会ったばかりで、まともな会話はこれが初めてだ。
ヴィーナスは上半身だけ起き上がったかと思うと、今度は優しい目線を向けてきた。
「人造人間の事……お嫌いなんですよね?」
しかし放たれた言葉は、質問に対し質問で返すような形のもの。俺は自他共に認める繊細な人間だ。そういうものを気にしてしまう。
「質問を質問で返すのはあまり好きじゃありません。それと、人造人間の事も。……好きじゃないってだけなんで」
少し強気の口調で返してしまう。俺は昔から短気な性格なんだ。しかし描いていた反応とは真逆の行動を、彼女はとった。
「そうですか……でも、『嫌い』と『好き』の二つだけで判断する人達なんかよりかは……貴方の事は、『好き』ですよ?」
笑顔を見せてきたんだ。影に隠れる俺なんかを照らしてくれる光。救いの手を差し伸べてくれるような光。俺には、そうにしか見えなかった。
「すっ、すす、すすす好きとかそんな……会ったばかりの異性に対して使う言葉じゃ……!?」
「ふふっ、意外とかわいい反応するんですねぇ」
女性との付き合いなんて殆ど無かった俺にはとても耐えられない会話。心と体が過度な緊張で弾け飛んでしまいそうになる。
「話し方からしてお堅い方かと思ってましたけど、結構話しやすいですね?」
「というか、俺が振り回されてるだけな気が……」
「それじゃあ聞きますよ、貴方は私の事『好き』ですか? 『嫌い』ですか?」
「えっそんないきなり……」
頭がパンクしてしまいそうになるが、必死に思考を巡らせる。もちろん、出した答えは……
「す、『好き』なんじゃあないですかね……?」
これだ。『嫌い』なんて答えを返しちゃ、俺は人造人間とは一生分かり合えない気がしたのもある。だが一番の理由は……彼女に少し、好意を抱いてしまったから。
「そっかぁ……半人造人間の私を好きになるんだったら、人造人間の事も好きになる可能性、ありますよね?」
と、驚きの返し。俺に『好き』と言わせるためだけに、こんな会話を始めたのか彼女は。
「人造人間との対話へ一歩、足を踏み出してみませんか?」
まるで宗教の勧誘。でも俺は、その誘いに自ら乗る。俺にとっては神様なんかよりもよっぽど眩しい光……迸る雷みたいなものに見える。
「まぁ、何もしないよりかはマシだからな……その方法さえ教えてくれれば、俺はやりますよ」
正直に答え、ヴィーナスに視線を送る。今までは自分から人造人間に寄り添った事などなく、どういう行動を起こせばいいのかわからなかった。
「簡単な事です! 私と一緒に……色んな職業の人造人間を見て回ればいいんですよ」
「そんな事で、本当に分かり合えるんですか?」
「大丈夫ですよ! こうしたらきっとギャラクさんは着いてきてくれるってプルートさんが……あっ、言っちゃった」
彼女は言ってはいけない事を口にしてしまったのか、両手で口を塞いでしまう。俺は既に聞いていたというのに。
「貴女も……おっちょこちょいでかわいいですね」
隙を逃さず仕返しを繰り出した。俺の反撃を心に受けたヴィーナスは顔を真っ赤にし、あざとい上目遣いでこちらを見つめる。
「……ずるいです」
その表情こそがずるい。でも俺はそんな事口にはしない。この感情は、胸の内にしまっておきたかった。一目惚れしたなんて、言いたくないんだ。
「この会話はプルートが仕込んだもの……って事で合ってるんですよね?」
微笑みを浮かべながらの質問をすると、ヴィーナスは顔の赤みを少し薄れさせ頷いた。
……本当に、プルートは俺の事をよく分かっている。俺だったら彼女に惚れ、誘いに乗るはず。これも全て、あいつが描いたプロットの通りなのだろう。
「分かりました。……着いて行きますよ、貴女と……プルートの策に乗せられてね」
小さなため息と同時に、かつベッドに近づいて答えた。するとヴィーナスはぱあっと笑顔になり、俺の両手を掴んでくる。
「ありがとうございます……! それじゃあ私の身体が最適化されたら、一緒にミルクレープを食べに行きましょう!」
「それって貴女が食べたいだけじゃ……。でも、付き合いますよ」
俺とヴィーナスは見つめ合い、約束を誓い合った。
これが俺達二人の出会いだった。あれからは色んなコロニーを周り、色んな人造人間と邂逅した。勿論良い奴もいたし、悪い奴もいた。でもそんな事より……ヴィーナスと一緒にいる事が、一番に幸せだった。
そして次第に、お互いに惹かれ合い……俺達は結婚し子供を授かった。その子供の名は、コスモと決めた。コスモは仲間想いの優しい子供に育った。
*
かつて、俺はそんな順風満帆な日々を送っていた。でも今、俺は撮影スタジオで人造人間と人間、二人を殺害した。
あの頃の俺が今の俺を見たら、くっさい説教でも始めるんだろうな。でもこの行為は人造人間のためでもある……自らの愚かさを知らないうちに滅ぼす。そうすれば彼らが真実に気づき、絶望する事も無い。……俺が愛した、ヴィーナスは……もういないが。
「……親父!」
スタジオの玄関に三人の人影が現れる。中央がコスモ、右にロディ、左にユニバース。彼らはそれぞれ別の方に注目していた。
「俺は……母さんを倒した。今度は親父の番だ……。親父を倒して、十三神将も廃止して、人造人間と人間の共存を成功させてみせる!」
コスモは右の人差し指で自らの父親に宣戦布告。しかしギャラクは動揺などせず、ただ黙って息子を見つめる。
「……っ!? ポセイド……」
腹部を背後から貫かれ、うつぶせで倒れているポセイドを見つけたロディ。一度は敵対した関係だったが、先程自身の危機を救ってくれた男だ。お礼を忘れていたロディの後悔は増す。
「ウラヌス…………」
全身のパーツが大破し、右足に至っては完全に消えてしまったウラヌス。それをユニは一瞬の間しか直視できなかった。少しイタズラが過ぎていた男だというのに、ウラヌスとの間には奇妙な絆が芽生えていた事を、今やっとユニは理解した。
「ヴィーナスを討ち取ったか。……やはり、私直々に手を下すしかない」
ギャラクはカメラの前から離れ、三人の方へ体を向ける。ウラヌスとポセイドを殺害した脅威の力。実際に確認しなくとも、彼ら三人の覚悟と緊張はメーターを振り切らせるほどの状態だ。
「行くぞ二人とも……! 俺達なら、きっとやれる!」
痩せ我慢のようなコスモの発破。しかしそれでも、二人の足が一歩踏み出す事のきっかけとなるには充分。
死ぬ覚悟と生きる希望の天秤に、足を踏み出す覚悟には。
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