EPISODE 6『陥れた結末』

Pluto Belief

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 ──記憶共有、開始。


 え……?

 心の中でそう呟く。この記憶の状況が、いまいち理解できなかったから。何故か救急車に乗せられ、体はベッドに寝転んでいるが動く様子はない。間違いなくヴィーナスさんの記憶なのだが、音質は悪く映像も少し途切れ途切れ。

 これは恐らく、半人造人間になる前の記憶……?

 すると救急車はブレーキをかけ、その反動で体が少し揺れる。足元の方向にあったドアも開き、二人の人影が見えた。


「生まれつき悪いらしい、両足が。おかげで階段から転げ落ちてこの通りだってさ」

「肩も負傷してるな……大丈夫ですか?」


 現れた彼らは僕も知っている人物。右に見えるのは黒いコートに黒いズボンのプルート。四肢の補助パーツに変わりはないが、後ろ髪は紫色をしておらず灰色。『紫色』の力を手に入れる以前の記憶なのか?

 しかし左に見えた彼は、僕を驚かすには充分な人物だった。黒髪だったが、白い部分のあるメッシュヘアのため僕の知っている彼の雰囲気は感じられた。表情は柔らかく、目も大きいように見える。

 ……そう、彼はギャラク。なぜここにこの男が? しかもプルートと一緒に? さらに妙に若い。現在と全く変わらないプルートの方がおかしいというのか?


「連れていこうか、早速」


 車輪が付いたベッドのため、ヴィーナスさんの体はガタガタと揺れながら車の外へと解放された。その瞬間、僕の目に飛び込んできた建物は……

 ウラヌスがプルートと初めて遭遇した、あの病院。しかし数十年前の記憶だからか、建物の外見は整えられており美しい。


 ヴィーナスさんの体は手術室らしき無機質な部屋まで運ばれ、その中央のテーブルに乗せられる。彼女の視界から見て右にギャラク、左にプルートが立った。


「さ、“半”人造人間へと改造を始めよう」

「本当に……するんだな」


 気楽な口調のプルートとは対照的に、ギャラクは緊張した様子で独り言を呟く。どうして彼ら二人がこうして対立する事なく話しているのか、どうしてプルートは若いままの外見なのか。疑問はあるがこちらからは質問する事なんてできない。


「そっか、見るのは初めてかギャラクは」


 まるで友達感覚で喋るプルート。


「そりゃ気になるからな、お前みたいな人間のする事は特に」


 ますます訳が分からなくなる。まるで二人は旧知の中のようだが、今までそんな話聞いた事もない。……プルートが話していなかっただけかもしれないけど。


「お前みたいなって、どういう事?」

「そりゃ、“自分の体を改造して半人造人間にした挙句、人造人間という新たな一つの種族も生み出した”んだろ? どんな奴か、気になるに決まっているだろ」


 驚きの事実。彼が人造人間の生みの親だったなんて。しかも自分自身を改造している。

 ギャラクの様子から見てヴィーナスさんと会うのはこれが初めてで、まだコスモも生まれていないはず。きっと今この瞬間が、彼と彼女の出会いだったのだろう。

 とすると、ヴィーナスさんがプルートの事をで呼んでいた事も納得がいく。自分を救ってくれた張本人で、更に年上という可能性もあるからだ。


「ギャラクは人造人間の事、あまり好きじゃないらしいけど……」

「……まぁ、そうだな。半人造人間ならまだ良いが、完全な人造人間には人工知能が搭載されているだろう。俺はどうもそれが……いまいち信用できないんだ」


 僕の中に位置を知らせるGPSや盗聴器等を仕込んだというのに、なんだこの言い草は。この時から今の間に、価値観が変わる出来事があったと勝手に思う事にするけれど。


「そっか……嫌悪感を示すのは、僕にも分かるよ。僕だって、来るかも分からないチャンスのために、こんな補助パーツを着けているんだから」

「チャンス……? なんの事かは知らないが、お前の人造人間へ向けている、一途な想い。それはとても素晴らしい事だって俺は思う。……応援はするつもりだ」


 そんなギャラクの激励を聞いた途端、プルートに少しの笑みが見えた。僕が見たことのない優しい笑みが。嬉しく、感じているのか。


「ありがとう、ギャラク。君が人造人間と分かり合える日……それが叶うように、僕は努力しよう」


 僕の知っている胡散臭いプルートではない。しっかりと目標を持ち、それに向かって突き進む心意気。

 ……でも何故か、ようにも見えてしまった。


「待たせちゃったね、今度こそ改造を始めよう」


 その声と同時に、視界が霞む。プルートの補助パーツが触手のように動き、彼女の体をいじくり回す。

 ヴィーナスさんが何故、この記憶を今になって僕に見せてきたのかは分からない。いや、僕がチップを取り込んだ事で、彼女がチップを埋め込まれた時の記憶を勝手に見てしまったのかもしれない。


 ──記憶共有、終了。

 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈







「──ユニ! ユニ……!」


 背後からのロディの声により共有状態から抜け出す。景色は変わらず白い廊下。時間もあまり経ってはいないようだ。


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「こんな時に?」

「僕は今日起きてから色々とやりすぎたからさ……疲れちゃったんだ」


 半分嘘で半分本当。実際今日に入ってからドボラックにモルドールの警備員、ギャラクに続いてヴィーナスさんと、かなりの戦闘続きだ。疲れは感じている。


「母さん……」


 ヴィーナスさんの遺体からコスモが離れる。その時の彼の両目には、僅かながら液体が溜まっていた。僕には母を失った悲しみなんて理解できないが、理解はしたいという気持ちくらいはある。


「行こう……コスモ」


 催促するような発言をしてしまう。だって目の前で涙を流しそうになっているんだ。僕の中にあるヴィーナスさんの意識が目覚めるまで残り数分。それまでにギャラクを倒し、ゆっくりと親子の最後の時間を確保してあげたかった。


「……わかった。いつまでもクヨクヨしてちゃいけないもんな。気に食わないが、ポセイドも助けに行く……!」


 どうやら完全に立ち直ってくれたようだ。コスモとポセイドの関係は良いとは言えないが、事が終わった後どうするかは、後回しにしよう。


「これが『黄色』の力……うん、使い方分かってきたかも」


 ロディが視界に入り、僕達二人を急かすように撮影スタジオの方へと体を向けた。

 雷を操る黄色の力の使い方なんて、そう簡単には理解できそうにないが、彼の言葉を信じよう。


「色の力を持っていない僕は足でまといになるかもしれないけど……そうならないように、必死に足掻くよ」


 二人に向けた声。これは無事に伝わったようで、コスモとロディは深く頷いてくれた。比較的付き合いは長いから、茶化すウラヌスとは違って本気で信用できる。

 ……できれば、マーズとも一緒にいたかったんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る