Venus

「おい、もう行くぞ? 時間ないっつってただろ」


 心を落ち着かせる暇もなく、ポセイドが急かす。彼は部屋から頭だけを出し廊下の様子を伺っていた。


「うん、このままじゃコスモが問い詰められて社会的制裁を……」


 ウラヌスも立ち上がり、ポセイドの元へ向かう。僕も二人に続こうと立つが、ロディは躊躇っているようだった。

 確かにロディは僕達の作戦を知らない。番組で僕達の存在を全コロニーに証明し、人造人間を弄ぶ汚い人間共から解放する。そんな作戦を。


「……行こう、ロディ。これは汚い人間への復讐でもあるんだ」


 確固たる信念を持った瞳で彼の顔を見つめる。怯えた様子は変わらなかったが、体は動く。少しづつだが立ち上がって歩き始め、僕のそばまで来ると、倒れ込むように抱きついてきた。


「怖い……だけど、コスモはもっと怖いんだよね? だったらコスモを助けるよ。そうしたら、僕の怖いって気持ちも、薄れる気がする」


 僕の胸に顔を押し当てながらロディは語る。あくまで薄れる可能性があるというだけだが、ロディも僕達に協力してくれるようで安心した。


「ありがとロディ。……怖くなったら、逃げていいからね?」


 諭すように優しく声をかける。しかしこれは逆効果にもなり得る。僕達に迷惑をかけまいと我慢をするかもしれない。でも僕には、こういう言葉しか思いつかなかったんだ。


 ポセイドを先頭に続いてウラヌス、そして僕とロディが横に並んで小走りで駆け抜ける。階段を登る時に思いついたが、隣で歩く事で、という感覚をロディから薄れさせる事ができないかと思い、このような状況だ。


「この先にあるんだよな? ギャラクが妙な演説をしている部屋は!」


 ついこの間は敵同士だったというのに、今は頼もしさすらポセイドには感じられる。分身を生み出す能力は単純に便利だし、戦力的に見ても百人力だ。

 それにウラヌス。彼の強みは目の前で見届けた。背後に移動する奇襲能力に、プルートによって改造された強固な肉体。

 正直、この二人だけでもギャラクを倒す事に関しては充分だと感じた。僕とロディは援護に回るとしよう。

 しかしその時、マーズが話していたギャラクの事について思い出してしまった。


『仮に俺の赤色とコスモのピンク色、それから「人類保護派」に強力してくれているあと二人……その全員を集めてギャラクに武力行使をしたとしても俺達の負け、だろうな』


 マーズとコスモ、それにプルートとウラヌス。その四人全員でも敗北を喫してしまう。だとしたらポセイドとウラヌスの二人だけでは瞬殺されてしまうのでは? 加えて不安が胸を這いずってくる。

 そんな考え事をしていると、いつの間にかポセイドとウラヌスの足は止まっていた。僕とロディも立ち止まり、前にいた二人の行動を待つ。


「ここがスタジオだろうね……声も聞こえる。コスモを罵倒する声が」


 ウラヌスは珍しく歯を食いしばっていた。すぐそばに『人類保護派』のリーダーがいる、という事実もあるからなのだろう。


「……ボクも決めたから。怖いけど、ボク達を襲う人間共からコスモを助けるんだ……!」


 ロディも覚悟を決めた様子を見せたが、僕には上辺だけのように見えた。気のせいだと良いのだが、もう後戻りなんてできない。


「お前らの事情は知らねーけど……金と宝に囲まれる宇宙海賊生活。それを取り戻すために俺はギャラクを倒す!」


 ポセイドの極めて自己中心的な価値観に振り回されそうだが、僕達を裏切るという事は無いだろう。……最も、全て終わった後には何事も無かったかのように敵対しそうだが。


「行こう、僕が開ける……!」


 スタジオのドアは押して開くタイプとなっており、僕は両手をぴたりとカエルのように張り付ける。そして徐々に力を加え、押しのける。


 僕の目に真っ先に飛び込んできたのは……ギャラクがコスモをまくし立てる姿だった。白いテーブルに右腕を乗せ、高圧的な態度だ。カメラやマイク、様々な撮影環境に囲まれていても、それはわかった。


「ちょっと、なんだよ君達! 今生放送ちゅ──」

「はいはい残念でした残念でした」


 ドアの近くで立っていたスタッフに気づかれたが、彼が言葉を発したと同時にウラヌスが背後へと回り、警備員を気絶させた時と同じく柄で殴って気絶させた。


「ちょっなに……?」

「だ、誰!?」

「ハーイ纏めて残念でした!」


 ウラヌスは男女問わず、その場にいた殆どのスタッフを気絶させていく。残ったのは僅かなカメラマンや、マイクを持つ音声のスタッフのみだった。その間、僅か四秒。


「え……お前らなんで!? ってポセイド!?」


 コスモも気づいてくれたようだったが、自分が捕まえたポセイドがここに来た事に一番動揺している。


「ほう……まさかここにまで襲撃を行うとは。更にはユニバース、お前も生きてはいたとは……。本当に久しぶりだ。テロリストと言っても過言では無い、『人造人間保護派』の愚かな奴らめ」


 その声の主は僕から見て、スタジオの左に立っていた。彼はギャラク。僕を作り出しスパイとして扱い、人造人間に対して迫害を繰り返していた張本人……!


「……放送は止めないでください。いいですね?」


 彼は綺麗に整えられた白い髪と顔をしており、実年齢よりも若く見える印象。黒いスーツなど服装は、コスモの母親の記憶で見た時と変わらなかった。


「まあ、止めたくても止められないだろうね」


 ウラヌスはカメラマンの背後を取っており、双剣を首の近くまで持っていく。人質として強調し、ギャラクに対しても威嚇の視線を向けていた。


「全く……これだから人造人間は。お前達は人間にただ扱われていれば良いんだ……! 無駄な思考や知能、能力など身につけずに……ただ命令に従う。……こいつの様にな!」


 するとギャラクは急に激昴し叫ぶ。僕達だけでなくコスモも驚いたようで、誰一人としてその場から動けずにいた。

 続いてギャラクは右に腕を伸ばし、その先へと僕達の視線を誘導させた。セットの陰に隠れていて気が付かなかったが、そこには人影が薄らと見える。そして人影はコスモの言葉に従うように、表舞台へと姿を現した。

 照明によってやっと姿が確認できた。その正体は女性。黄色く、そして長い髪をしており……白い無機質な服を着ている。目は死んだように色はなく、言葉を自ら発する気配も無かった。更に額には謎の穴がぽっかりと空いており、銃弾でも撃ち込まれたようだ。


「な……なんでここに?」


 コスモは絶望と驚愕の表情を浮かべる。僕もあの女性に、何となく見覚えがある。まさか、“彼女”は……!


「こいつはヴィーナス。半人造人間であり……私の、妻。先程黄色の力を埋め込んだ」

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