Moving
そう叫んだと同時に、彼の弓からは鋭い一矢が放たれた。オレンジ色の残像を纏う矢はドボラックの顔面目掛けて飛んでいく。
「……っ!」
しかし倒れ込む事で射撃は避けられてしまう。声も出さない事で【ラヴ・イズ・ヒア】への対策もしっかり行っていた。
だが今の行動でドボラックの膝裏の傷はますます酷くなったようで、苦悶の表情を浮かべながらこちらを睨んできていた。
「あっまずい……! ガイオスさん!」
急いで叫ぶ。それもそのはず避けられた矢は、ドボラックの5メートルほど後ろで拳銃を握っているガイオスへと向かっているからだ。
「うおっ……!?」
突然の事態に驚いたガイオスは、声を上げる事しかできなかった。しかしそれはウラヌスの作戦の内でもあった。
ガイオスの狼狽による声。これを確認できた瞬間、ウラヌスは勝利を確信した薄ら笑いを現した。
「残念……でした!」
もはやお決まりとなった決め台詞。『残念』は僕の左からだったが『でした!』が聞こえた時には、彼は既にガイオスの背後に移動していた。
瞬間移動したウラヌスは、背を向けたままガイオスを右の壁の方へ蹴り飛ばす。同時に、飛んでくる矢を右手で見事キャッチした。
「もう一回! 『
弓矢を再び構えたウラヌスはくるりと一回転を加え、秒も経たずして跳ね返すように矢を放つ。
「……!」
しかしドボラックは強化ガラスの窓の方へ転がり、またしても回避されてしまった。
でも……三回目にはきっと対応できないだろう。
二度避けられた事によって、今度は僕へと直進する矢。もちろん、僕が取った行動は──
「……ウラヌス!」
ただ名前を、叫ぶだけ。それだけで、僕達の勝利は確定した。
「……今度こそ!」
「残念でしたっ!」
僕に続いてウラヌス。二人で放ったその言葉と同時。僕の背中とウラヌスの背中が密着する。直後にその感覚は離れたが、代わりに僕の視界の右端に彼の姿が入ってきた。
向かってきた矢をまたしても回収したウラヌスに続いて、僕もカプセルを首に押し当て巨大化させる。
そしてそのロッドの先端からエネルギー弾を生み出し、ウラヌスの射撃と全く同じタイミングで発射した。
「ハァァァッ!」
僕とウラヌスの掛け声に乗せられたように、矢とエネルギー弾は勢いが先程よりも増していた。その二つは徐々に近づき、ついには一つに合体し光弾となる。オレンジと灰、2色のグラデーションの光で船内を彩った。
「そ、そんな……」
諦めと絶望の表情を浮かべたドボラックの胸に、光弾は容赦なく直撃した。強化ガラスに背中が押し付けられたかと思うと、光弾は消失しドボラックはうつ伏せに倒れ込む。
「ふぅ……終わったね」
優しい微笑みを僕に向けてきたウラヌス。彼の表情を見ると、自然と僕も唇の両端が上がる。
「……自分は結構驚いたんだけどまぁ、良かったよ二人とも無事で」
ガイオスも近づいてきていた。確かに、彼はウラヌスの能力について何も知らなかった。
ドボラックに銃を向けた時も、“話は聞いた”だけでウラヌスの行動を見たわけじゃなかったし。
「ごめんなさいガイオスさん」
ウラヌスが雀の涙ほどの謝罪を加えたが、直後にとんでもない事実を告げられる。
「いやいや、この前あの部屋でプルートくんといやらしい事をおっ始めた時よりかは、全然だから」
「え……バ、バレてました?」
ガイオスの告白に、ウラヌスは驚愕した表情をさらけ出していた。心なしか汗もかいているように見えた、人造人間だというのに。
「プルートくんの喘ぎが一番すごかったよ……いつもは物静かで知的な雰囲気なのに、ギャップっていうのはあるものなんだね~。あ、でもウラヌスくんの言葉責めもなかなか声大きかったよ」
「そ、それ以上言わないでくださいっ……お願いします……! あれは一時期の気の迷いというかぁ! 誘ってきたプルくんのせいで……」
自分のしていた事を思い出して恥ずかしくなったのか、頬を染めて両手で顔を隠し始めた。
それにしても、プルートが受けだったとは……ガイオスの話を聞くに、普段との違いは大きいみたいだし、少し気になってしまう。
そんなくだらない事を考えていると、視線の奥でうずくまっていたドボラックの体が動くのに気づいた。右のトンファーの先端をこちらに向けている事も。
「っ! ユニくん!」
ウラヌスも気づいていたようで、彼は思い切り僕を突き飛ばしてくれた。しかしそのせいで、ウラヌスの右肩が風の弾丸により抉り飛ばされた瞬間も、見えてしまった。
すると、次の瞬間またしても。
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──記憶共有、開始。
ここは……?
自分が何処のどんな記憶を見せられているのか、今度はちゃんと把握しなくては。幸い、周りの景色には見覚えがあった。
確かコロニー『ブレイズ』の大通り。初めてコスモと会ったあの日、マーズの後を追って歩いたあの大通りだ。
「……ねぇ母さん、聞いてる?」
背後から聞き覚えのある声で話しかけられる。急いで振り向くと、そこにはコスモが立っていた。薄く青い髪と、黒い上着の下に見える白いシャツ。シンプルに真っ黒なズボン。間違いない、正真正銘コスモ本人だ。
「あ……ごめん。ちょっと考え事」
この言葉は“僕”の意思とは無関係に発せられた。さっきギャラクと話していた女性と同じ声……。やっぱり、この人はコスモの母親だったんだ。
「ふーん。ぼーっとしてると、俺が先に行っちまうぜ?」
「あっ、ちょっと待って……」
早歩きで追い抜くコスモを、母親はゆっくりと歩きながら追い始めた。でもその時の彼女の顔が、笑顔になっている事は僕にも感じられた。
元気に、そして嬉しそうに振舞っているコスモを見ると、こちらまで嬉しくなる。できる事ならずっと……楽しい彼と一緒にいたい。
しかし、そう思ったのも束の間。20メートルほど先にあったビルが突然、倒壊を始めた。地盤が崩壊したようだ。
だがこの母親の身体は動こうとはしなかった。下手に行動すると逆に被害に合ってしまうと考えたのだろう。しかし、コスモは……
「……っ! あの人が危ない!」
走り出した。彼は本当に正義感の強い人間で、こんな行動を取るのは当たり前と言える。
コスモの視線の先には、こちらに背を向け茶色い綺麗な長髪を揺らす女性。突然の倒壊に驚いたのか、倒れてくるビルの目の前で動いていない。このままでは巻き込まれてしまう。それをコスモは止めたかったのだろう。
「間に合えぇぇぇ!」
コスモが命を賭けて走り出しているというのに、この彼女は相も変わらず動きはしない。でも気持ちはわかる。多分僕だってそうするから。でも──
不思議と、彼女も走り出していた。
人造人間である母親と、人間であるコスモ。彼ら親子の関係はとても複雑だろうけれど、僕は残念ながら深くは知りえない。
「なんですか貴方!? 邪魔をしないで……きゃっ!」
コスモの体当たりで突き飛ばされた茶髪の女性。ウラヌスに突き飛ばされた僕と被っている。やはり同じようなシチュエーションに遭遇すると、彼女の記憶が呼び起こされるのだろうか。
「うわぁぁぁっ!」
すると瞬く間にビルは倒壊のスピードを早め、コスモの右足に瓦礫が覆いかぶさり、何かが突き刺さったのか血液が吹き出る。
真っ赤なそれは駆け寄った彼女の顔面に、暖かく降りかかった。
──記憶共有、終了。
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