Volcano


「やはり無いね……キリが」


 屋敷の裏庭にて、僕はマーズを護りながら戦っている。倒しても倒しても増殖するスキンクァに苦戦を強いられていた。


 珍しく、頬に汗が滴る。こんな感覚、長い間生きている僕にもなかなか無い。人造人間に関する研究に没頭して、四徹してしまった時以来だ。

 しかし、だからこそ。


「心が滾るというもの……だよ」


 微笑む。僕の命を賭けて研究してきた人造人間。彼らを救うために今の行動をしているが、こうした事態に巻き込まれているのは想定外。

 だがこれを乗り越える事で、人造人間は食物連鎖のランクを一つ上げ……人間を超える。その存在を世界、いや宇宙に証明できるだろう。

 これはそのための所謂程度のもの。僕に与えられた、突破するべきもの。は乗り越えられない人に、襲いかかりはしないもの。

 マーズを見捨てる、という選択肢をとれば楽に片付けられるだろうけれど……


「それでは、大した点数は取れない」


 自身を鼓舞するような独り言。同時に、背後でぐったりしているマーズに目を向ける。戦いやすい場所に移動した事で、屋敷の壁に背を委ねていた。彼は意識を保つ事だけで精一杯のようで、僕の援護などできるような状況には見えない。


「これらを操っているを倒さないといけないけど……さて、どうしようか」


 僕を襲ってきている今のスキンクァの人数は七人。しかし三人の時よりも、動きは鈍く読みやすい。恐らく一人一人制御しているせいで、操作が単調になりやすいのだろう。

 このまま人数をわざと増やしてやれば対処は楽になるが……問題はやはりマーズ。そうすると彼は死ぬ。だが死なせてしまってはウラヌスの約束を破ってしまう事となる。そしてマーズ自身は攻撃など、ろくにできない状態。


「これはなかなか、難しい……」


 戦闘ではないが、以前にもこのようにどうしようもなさそうなケースに陥った事がある。とある研究をしていた時……だがその時も、僕は切り抜けた。そう、仲間の力を借りて。つまり僕が今取るべき行動は……


「マーズ」

「なんだ?」

「本体は近くに居る。そう、この屋敷のすぐ近く。いやとっくに中に入っているかもしれない。

「それがどうした?」



「炎は、少しくらいは出せるかい?」



 僕の質問を聞いた途端、彼も察してくれたようだった。もちろん、驚愕の表情で。そりゃあそうだろう。いくら敵を撃退するからといって、こんな作戦を提案するなんて。


「……わかった。このまま死んでも後悔するだけだ。やってやる」


 諦めも混じった声模様だったが、信用はしてくれたらしい。今はしないつもりだが、僕は場合によればマーズを切り捨てるつもりだけれど。


「さて……スキンクァ、終わるよ。君と僕達の戦いは、もうすぐでね」


 歯を見せるような笑顔。僕のこんな顔は希少価値が高い。

 すると素直に挑発に乗ってくれたようで、七人のスキンクァは怒りの表情を浮かべ突っ込んできた。しかし一斉攻撃だ。一発や二発は受ける覚悟を決めなくては。


「死ねぇぇっ!」


 単調なセリフしか発する事ができない彼女らの突撃を、僕は補助パーツの力を使い反撃を試みる。今度は四肢のパーツを全て、真っ直ぐなつるぎに変形させた。

 右腕の剣で二人、左腕の剣でも二人、右足と左足はそれぞれ一人の足止めに成功する。しかしこれでは、あともう一人の対処ができていない。迫ってきた最後のスキンクァは、僕の腹部目掛けて“トカゲ”の突きを繰り出した。


「グッ……!」


 不覚だった。体を左に傾けたものの、右の脇腹に“トカゲ”の一撃は命中した。赤い血が飛び散るが、それとほぼ同タイミングで補助パーツ四つを全て小銃へと切り替える。


「喰らえ」


 感情の起伏など感じさせないような声と共に、七人のスキンクァへと銃弾が大量に撃ち込まれる。頭部のすぐそばで乱射したからか、熱が顔面に行き渡る。

 銃撃の衝撃で、僕達から無理やり遠ざけた。これなら【愛しのサイコ・ブレイカー】で増殖されても秒単位だが、時間を稼げる。


 再びマーズの方へ振り向くと、僅かだがこちらに笑みを向けてきた。彼の両手は屋敷の壁にぴったりと張り付けられている。僕の作戦は、無事に齟齬もなく伝わったようだ。


「まだ、まだぁ……」


 彼女らが発するのもはやカタコトの言葉となった。増殖しようとしている個体もまともな形をしておらず、ぐちゃぐちゃだ。

 そして三秒ほど経った頃、彼女たちの動きは突如止まった。


「……これは、やったか?」

「多分ね」


 マーズの疑惑に対し、少し優しい口調で返す。そしてもう一人、彼の疑惑に答えを出してくれる人物が現れた。



「あぁぁぁぁ!! 嫌っ! 熱いいいぃぃ!」



 二階にあった屋敷の窓から、ガラスを体当たりで破り落ちてきた女性。緑色のパーカーを見に纏い、肌を見せないほど長いズボンは髪色と同じくベージュ。


「まんまとハマってくれたね、罠に。僕達の様子を伺える、監視カメラのモニタールーム。そこにいると思ってたよ」


 勝利を確信したような余裕の声で、女性へと煽りを加える。彼女の前髪はやはり長く、どこを見つめているのかすらわからない。


「こいつがスキンクァのか……?」

「まぁ、それ以外無いだろうね」


 スキンクァは増殖した彼女らとは違い、かなり怯えた様子で後ずさっている。だが立つ事すら困難な様で、足はガクガクと震えていた。


「これでようやく終わりだ。殺しはしないよ……君たちみたいな恋人の仲を引き裂くなんて、僕はするつもりはない」


 チェーンを取り出し、スキンクァへと投げつける。見事チェーンは彼女にぶち当たる直前で一気に広がり、勢いよく体を締め付けるように巻きついた。


「うっうぁ……」


 完全に戦意を喪失していた彼女を後目に、マーズの方へ体を向き直す。


「まさか、こんな作戦を思いつくとはな……」


 僕の視線、マーズの背後では……屋敷が炎に包まれていた。轟轟と燃え盛る炎には見とれてしまいそうだ。


「曲者だよ、それを実行する君もね」


 マーズの赤色の力で屋敷全体を燃やす事で、中に侵入していたスキンクァをこうやって逃走させ、おびき出した。ここに飛び込んでくるとは思わなかったが、きっとモニタールームの近くにある避難経路があの窓しか無かったのだろう。僕達にとっては幸運だ。




「……ウラヌスから連絡があった。『緑色』のドボラックが襲ってきたらしいけど、無事撃退したらしい。それじゃあ早くを目覚めさせた後に合流しないとね……」


 右耳の通信機に人差し指を押し当て、信頼できる彼との連絡をとった。予定よりもかなり遅れているから、“アレ”を使わざるをえないかもしれない。……とっくに覚悟はできていたはずなのに、想像すると心が震えてしまう。歓喜の震えだ。

 僕は足早に連絡通路へと向かった。襲いかかってきたを突破した僕に、ここに長居する用事は無い。

 人造人間を解放し、ギャラクの理想を打ち砕く……そのためには、ユニバースが必要不可欠だ。




「クソ……俺は、追うべきなのか?」


 目の前から去っていくプルートの姿を見て、またしても壁に阻まれる。重症を負っているが、完全に動けないというわけでは無い。だが追っても返り討ちに遭うと、先程結論を出したはず。


 なのに……体は自然と足掻き、動き始めていた。

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