世界を救うのは

@chauchau

言ってしまえばただの趣味


 拾い上げる。

 喜ぶ君の顔が一瞬で苦々しいものへと染まってしまう。その変化を楽しみにしていると言えば君は今度はその色を消し去ろうとするのだろう。


「精が出るね」


「冷やかしなら帰れよ」


 頬に付着した塗料を裾で拭いながら君は別の荷物を拾い始める。私が拾ったこれはもう要らないのか。で、あれば遠慮なく頂こう。


「この街にやって来てもう一週間が経つか? 随分と人気者になったようだ」


「三回目はないぞ」


「少し嫌味が効き過ぎたかね。それは素直に謝罪しよう」


「……ちッ」


 魔王が復活したのが今から三年前のこと。

 それまで徒党を組むことを嫌悪し続けていた魔族が嘘のように一つとなって人間世界へと侵攻を開始したのが二年前のこと。

 抵抗空しく次々人間たちの国が滅ぼされていくなか、聖剣に認められた勇者が誕生したのが一年前のこと。


 そして、希望の光に祈る者たちへ目の前の彼が行動を開始したのが、


「三ヵ月もよく続くものだな」


「……」


「まもなく路銀も尽きる頃合いであろう。諦めるには良い機会ではないか。誰もおぬしを責めはせぬ。むしろ正常になったと喜ぶのではないか?」


「それじゃあ、駄目なんだよ……」


「この三ヵ月でおぬしは何を得た。何を言われ、何をされてきた。行動することに価値があるのではない。結果を求め行動することに価値がある。続けるというのであれば行動を変えるべきではないのか」


「うっせぇな……ッ」


 握る拳が悔しさを示す。

 図星を突かれ言い返すことは出来ず、かといって袋小路に陥った彼には今までのように耳をふさいで去る元気も残されてはいないのか。


「コミュニケーションの初歩を教えてあげよう」


 地面を睨む彼と視線を合わせるにはしゃがみ込むしかない。向けた笑顔の効果はなし。


「大衆に向けた演説で心を動かすにはそれなりのモノが要求される。どれもこれも君がまだ持ち合わせていないものだ」


「……」


「まずは一人の味方をつくってみなさい。一人の声を聞いてあげなさい。その後で、君の声を届けてみなさい」


「……ッ! 偉そうに言うなよ!!」


 立ち去る元気が出たようでなにより。

 拾い集めた荷物を持って走っていく彼の背中を見つめるだけで実に込み上げてくる感情がある。抑えきれないこの感情にずっと酔いしれていたいものなのだが。


「またこんなところに居らっしゃったのですか」


 そうは問屋が卸さないようだ。

 しまったなァ、今日は彼女か。良い子なんだが、お説教が長いのだけは駄目だ。お説教は苦手なんだ。


「……本日分の書類には全部目を通したはずなんだが?」


「席に座っておいていただくこともまた業務のひとつですと皆が何度も説明しているではありませんか。そもそも」


「分かった、分かった。すぐに戻るから許しておくれ」


「はァ……、あの少年に随分と御執着のようですが」


「まぁね」


「好みのタイプとあれば連れて参りますが?」


「綺麗と言われこそすれ、私は男なんだが?」


「性別なんてものは小さなものでしょう」


 言い切る彼女はやはり良い子だ。自分が実に小さく見えてしまって恥ずかしい。恥ずかしいので穴に入ってきますと逃げることも出来ずに捕縛されてしまう。くそう。


「珍しいとは思いますね」


「だろう?」


「いまの情勢のなかで、勇者を否定するなんて命知らずにも程があります」


 彼女が手を叩けばあっという間に執務室。私にとっては退屈で仕方のない牢屋のようなものだ。なんて言えば怒られてしまうので言わないけれど。


「実に怖いとは思わないか」


「ご説明頂けますでしょうか」


「聖剣如きに認められた勇者などよりも、勇者一人にすべてを押し付けた国々などよりも、それらを再びまとめようと動く者こそ真の恐怖と言えようて」


 ひとつになって戦うべきだと彼は説く。

 敵は強大。如何に勇者が強かろうとも一人の人間であることに変わりはない。だからこそ、勇者一人に押し付けることなく一人ひとりが手を取り合って魔族と戦うべきだと小さな身体で叫び続ける。


 説明が下手過ぎて勇者批判に取られてしまう彼へ、どんな非難が飛ぶかは考えるのも馬鹿らしくなるほどで。


 それでも諦めずに世界のためにと戦い続ける彼こそが、


「勇者と言えるのではないだろうか」


 もっとも、


「そんな彼の行動を、貴方様が手助けしている理由を説明して頂きたいのですが?」


 あの小さな勇者と直接私が戦う日が来ることは、ないだろうが。


「魔王様」

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