[ʌntáitəld]
N.river
虚盗の魚 1
無用となればいずれもただ消え失せる。
忘却もここに含めば法則はなお明らかだった。
つまり世の中、無用だらけというわけか。かくも捨て、忘れ去られたものは多く、その片隅で今日もまたまぶたを開いてゆく。 のぞき込む、呆れた目玉に見下ろされていた。
「そういうのは性に合わない、って言っていたんじゃなかったっけ。預けたメタゴリがひっかかってマークでもされたら一体、どうするのよ」
だがそれが現実というやつだ。証拠にこの星もやがては無用と記憶もろとも捨てられる。今、人々は、こぞって新天地への移住を進めていた。
「大丈夫だろ」
体を起こす。このやりとりこそ筒抜けにしたくないならフォンジャックを耳から抜き去った。アラームと連動してサービスのアカウントからログオフしていることもまた、確かめる。
「衛生局も預かった個人データはケアサービス以外には利用しない、って標榜してる」
「ばっかね。この間、移住予定だった人がそいつのおかげではずされたって書き込み、あったんだから。それ、思想の選別装置よ」
その通り、サービスの目的は移住に伴う心理負担のケアだ。いわゆる不安の除去と士気高揚が効能と書かれていた。なにしろ世界中の人間が一度に移住できるはずもないなら、その順序は移住先で必要とされる能力順と割り振られている。だが率先して向かった者がうまく機能しなければ新天地だろうとただの荒野だ。ゆえに先行く者へは高揚感を与え、奮わないなら不適合者と振り分ける。サービスが選別していたとしても何ら不思議なことではなかった。
「こちとらどうせ辿り着けないんだ。そんなヤツまで相手にしないさ」
などと反論は卑屈が過ぎたか。呆れついでと大きく手は投げ出される。くるり、返された背へ知る限りの名で「おれんじ」、と呼び止めていた。
「今日は豪遊しようぜ」
それこそ今しがた見せられた夢に高ぶる心が弾き出した「会心の衝動」というやつか。なら応えておれんじも、襟足の高さに切りそろえられた髪の向こうから白い鼻柱をのぞかせる。
「クラブでみんなにドンペリを御馳走ね」
浮かべる笑みに屈託なんてものはない。
これまた無用と「現金」が消え去ったのは大昔のことだ。進むキャッシュレスの波にのまれて「店」から「現金」を扱う「レジ」は消え、ほどなく「レジ」を扱っていた「店員」が姿を消した。なら無人となった店から活気が失せるに時間はかからず、代用されるネットショッピングに押されて今度は「店」から「客」が消えた。そうしてもぬけのからとなった「店」の役目はついえると、街から「店」そのものは消え失せて、あった個性的なサインもあっという間に剥ぎ取られている。今ではもう全面にネットショップの広告を塗りたくった自動運転の宅配車ばかりが、戸口へ連なり走るのみだった。
おかげで押し入る場所に奪う金を失った強盗が激減したことは歓迎すべき成り行きだろう。だが代わりに宅配車を襲う輩は現れている。そもそも無人の宅配車にとれる対策などたかが知れたもので、その荷台から旨味のある荷を奪うことはあまりに容易く、様子はガゼルの群れを襲うライオンにたとえられると、強奪はやがて「陸の狩り」と呼ばれた。
ゲームと興ずるのはもっぱら時間と体力を持て余した若い奴らだ。
ならここ、海にも、真似ておっつけ「刈り」に耽る者は現われていた。
「寝起きで大丈夫? あ、におうから歯だけは先に磨いておいてね」
排熱がまにあわない。窓一杯にはめ込まれたメインマシンは本棚付きの学習机さながら、立てかけられたヨシズが囲うベランダへせり出す格好で取り付けられている。アイドリング開始とおれんじはその冷却ファンを唸らせ、終えた手で部屋中の電気を切って回った。おっつけこちらも冷蔵庫のプラグを抜くと、咥えハブラシで振り返る。
「言われずともやって、ま」
目覚ましついでに顔も濡らして、絡み合わせた指を振り上げ伸び上がった。ままに右、左、と頭を振って骨を鳴らす。すっかり部屋は暗がりだ。ただ中でメインマシンのスクリーンを立ち上げ臨戦態勢に入ったおれんじに並び、腰かけた。
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