第28話 シラスのアヒージョ

「...Eel? For "al ajillo"?」


9月も下旬の金曜日終業時間間際、男は国外の営業マンと電話で雑談をしていた。

電話の先はスペインである。基本的に国外支社の社員と話す時は英語だ。男は英語が苦手だが、相手も英語が母国語では無いので気楽に話せる。今回は仕事の用があって連絡し、それも済ませて雑談に興じていたところだ。

話題は電話先のスペイン人がその奥さんの誕生日に食べたものらしい。


「Yes, but we don't use big one. We used to eat young eels. They're called "angulas" in Spanish.」

スペインではアングラスと呼ばれるウナギの稚魚を食べるようだ。どうやらそれをアヒージョにして食べたらしい。


「I see, so you ate "angulas al ajillo". I didn't know such dish. In Japan, "gambas al ajillo" is famous.」

男はあまり馴染みの無いウナギの稚魚のアヒージョに興味を持った。エビなどが有名になっている日本のアヒージョとはかなりの違いである。


「Yeah, "gambas al ajillo" is so good for everyday tapas. But we cannot put "angulas" at the same level to "gambas". It's very fine dish.」

スペイン人曰く、ウナギの稚魚のアヒージョはかなりの高級料理に当たるらしい。


「Wow, how much is it?」

男は興味を持って金額を聞いてみた。


「Well... It was about EUR 100.」

スペイン人が答える。


「100!?」

男はかなり驚いた。何せ100ユーロである。

しかしそれに対してスペイン人は、


「It's just EUR 100. Piece of cake for my wife birthday.」

と答える。妻の誕生日祝いには安いものだ、というわけだ。

男は、驚きつつも雑談を終えて、職場を出た。



男は歩きながら、先程のスペイン人が話していたウナギの稚魚のアヒージョに思いを馳せていた。

ウナギの稚魚、言ってみればシラスウナギだ。それをふんだんに使ったアヒージョはどんな味がするのだろうか、と。

そう考える内にいつものスーパーに辿りつく。


スーパーに入り、男はシラスウナギが売っていないか見てみる。が、キワモノを置いたりするこのスーパーでも流石に無いらしい。が、代わりに釜揚げシラスを見つけた。

「コイツのアヒージョはどんなだろうな?」

そう思った時には男は既にカゴの中にシラスを入れていた。

ここまで来たら後の材料は決まったようなものだ。

スーパーの中を歩き回り、バゲットと呼ばれるフランスパン、ニンニク、鷹の爪、そしてオリーブオイルをカゴに入れていく。


後は酒だ。男は酒類の棚に手頃で合いそうなものが無いか探しに行く。

ワインがフランス産、イタリア産と並び、その隣にスペイン産がある。男はその中に「海の近くで作られたミネラルたっぷりのワインです!通称"海のワイン"!」とポップに書かれた白ワインを見つけた。

これだ、と男は感じ、そのワインもカゴに入れてレジに向かう。


レジではいつもの女性が、今週はワタワタと客の列を捌いていた。珍しく今日は忙しいようだ。

男は邪魔しては悪いと考え、終始無言で列に並び、会計を済ませる。

ただ、最後に、

「いつもありがとうございます」と女性が言うので、

「どうも」とだけ返し、家路についた。



家に着き、早速ワインを冷蔵庫に仕舞う。

その際に冷凍ブロッコリーがあるのを思い出し、それも含めて食材を台所に並べる。

・釜揚げシラス

・冷凍ブロッコリー

・オリーブオイル

・鷹の爪

・ニンニク

・バゲット


アヒージョとは、先程スペイン人と話していたことからも分かるように、スペイン料理だ。

スペインでは一般的な1日の食事の回数が5回となっており、アヒージョは夕方、仕事上がりにタパス(軽食)の1つとして食べられている。正に仕事上がりに飲みたい男の希望に適った料理と言える。


軽食故に作り方も簡単だ。

鷹の爪とニンニクを弱火で多めのオリーブオイルに馴染ませたら、塩を振った食材を投入し、揚げ煮するだけだ。


まずは、諸々下拵えだ。

冷凍ブロッコリーをレンジで解凍する。

ブロッコリーと共に釜揚げシラスに塩を振り、全体に馴染ませる。量はいくらでも問題ないのだが、今回男は1パック全ての40g使うようだ。

また、鷹の爪2本とニンニク4個も刻む。

バゲットも7~8枚スライスしておき、先に軽めに焼き目をつけておく。


次に鷹の爪とニンニクを馴染ませる。

男は手頃な鍋はないか、と台所の引出しをガサゴソ探し、小さめの両手鍋を見つけた。

鍋を軽く洗って水気を十分に拭き取り、オリーブオイルを鍋底から2cm程の深さまで入れる。

弱火で日をつけると同時に、先程刻んだ鷹の爪とニンニクを入れて、香りが立つまで火を通す。


ニンニクの香りが立ったら、シラスとブロッコリーを放り込む。

ジュワッと音がなる。オイルを全体に絡ませて火を止め、完成だ。


食卓にワインとグラス、アヒージョ、そしてバゲットを並べ、席につく。

まずはグラスに注いでワインを一口。


「んぐ……塩気?いや、塩っぽくはないな。あ、でも辛口で旨い…」

男は一瞬塩気のような感じをワインから受けた。ミネラルが豊富なためだろう。

そこに加えてハッキリとした酸味がキレの良さを演出し、海の幸との相性の良さを漂わせる。

男はアヒージョにも手を伸ばした。

シラスとブロッコリー、そしてオリーブオイルをたっぷりと取ってバゲット1枚に乗せ、口に運ぶ。


「はぐっガリッザクザク…むぐ…むぐ…ザクッむぐむぐ…」

その旨さに1枚分を一気に食べてしまった。

フワフワとしたシラスが鷹の爪とニンニクが効いたオリーブオイルを十分にまとう。これがバゲットスライスに染み込み食を進めさせる。

更にブロッコリーが食感としてちょうど良いアクセントとなり、飽きさせない。

男は更にワインを追いかけた。


「んぐ…んぐ…っくはぁ〜…」

ワインのミネラル感がアヒージョの塩気と合って相性が良い。

その後に果実感とキレの良い酸味が口内を駆け抜け、ワインでありながらも軽快な飲み口となっている。油っぽいアヒージョという料理と合わせてもクドく感じさせず、むしろ爽やかだ。


飲みながら、男は先程のスペイン人との会話を思い出していた。

彼は妻の誕生日を祝うためなら100ユーロなんて安いものだ、と言っていた。なんとも幸せな奥さんだ、いや、それともそれがスペインの気質か?と、男は考えつつ、目の前のアヒージョを食べ進めた。

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