第2話 鶏もも肉の生姜焼き

「寒い…」


3月も中頃の週末。未だ冬の寒さが長引いている。

男は未だにコートを手放せないでいた。寒がりなのである。


「早く帰って飲みたいが…」

今、男を悩ませているのは寒さだけではない。


生酛きもとは何にでも合うからなぁ…」

男は先日、大学時代の友人から生酛きもと造りの日本酒を貰っていた。それも純米吟醸だ。

この友人、酒類に精通しており、旨い酒を見つけてはこの男に振る舞ったりしていた。この男が酒好きになった理由だ。

そんな友人が先日旅行した際の土産として、その土地の有名な日本酒を送ってきたのだ。


生酛きもとは濃い味の料理とも合うと言うが、日本酒に合うそんな料理なんて見当もつかない。取り敢えず酒造のホームページを見るか」


しかし、出てくるのは男には手の出ない料理達。

「仔牛とか真鯛と言われてもな…。ん、これならできるか?」

ふと目に止まったのは"チキンのソテー"。しかし、

「ソテーなんて何年も作ってないなぁ」

というか小学校の家庭科の授業で作っただけだ。


「まあ、ソテーじゃなくても近いものなら上手く合うだろう。取り敢えず材料買って帰るか」

そう考えて近くのスーパーに寄る。


取り敢えず鶏もも肉をカゴに入れ、何を作るか考える。

「…最近寒いからな。生姜とか使っておくか」

そうなると必然的に料理は決まっていく。生姜焼きだ。


帰宅後、生姜ダレの仕込みにかかる。

・生姜

・玉ねぎ

・蜂蜜

・醤油

・みりん

これらを台所に並べ、まず生姜と玉ねぎを処理する。この男は作り置きの癖があるので材料が多い。

まず、生姜は1個、玉ねぎは2個、皮を剥き、すりおろす。


鍋にすりおろした生姜と玉ねぎを入れ、水分が飛ぶまで火にかける。

そこに蜂蜜、醤油、みりんを入れる。

この男は適当なので、量も大雑把だ。大体お玉で蜂蜜とみりんは1杯、醤油は2杯だ。


軽く沸騰するまで火にかけて味見。少し濃いようなので水で薄めて再度火にかける。

これで生姜ダレの完成だ。


鶏もも肉は片栗粉をまぶして皮目から焼く。

皮目に焼き色がついたらひっくり返す。

裏側も白っぽくなったら生姜ダレを投入し、鶏肉に絡ませるように軽く炒める。

その後、蓋をしてとろ火で少々放置。

これで鶏もも肉の生姜焼きの完成だ。


皿に鶏を盛り付け、切子に日本酒を注ぎ、まずは一杯。


「…ふぅ〜…」


口腔内に広がる確かな旨味。そこから鼻腔へと伝わっていく芳醇な香り。さりとて強いだけの雑な味ではなく、それらが見事なバランスを保っている。


「旨い。これなら生姜焼きも行けるな」


生姜と醤油の香りに誘われ生姜焼きに箸を伸ばす。


「んむ…良い仕上がりだ」


男にとって中々の出来になったようだ。

ジュワリと広がる肉汁に生姜の香りと醤油の旨さ、そして蜂蜜の甘さが重なり、良い具合だ。


そこに日本酒を追い掛ける。


「むぐむぐ…グビッ…はぁ〜」


通常の純米吟醸の日本酒では、負けてしまいそうな濃い味付けである。

しかし、芳醇で力強い味わいの生酛きもととなると、この味としっかり共存できる。

男はそれらが口の中で両立しているのが楽しくて仕方ないようだ。

男はそれでも、急いで食べてしまわないように気をつけながら、ゆっくりとこの至福の時を味わった。


食後、少し飲みすぎたようで、うつらうつらと余韻に浸り、そのまま男は眠ってしまった。

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