Ⅱ ⑺ ハクマイ



『彼はあんな感じだと……ツラくない?』



僕がテヨンと暮らし、恋愛関係だと知っている

ホンミ先輩の言葉。



ホンミ先輩がテヨンからの依頼を

僕に繋いでくれたから契約が始まった。

先輩が初めに言っていた、

『彼は誰とでも恋愛関係に…』って言葉…

嘘では無いと思うけど、

気にならないくらいに僕達なりの関係を

築いてきたつもりだったのに。



テヨンが楽屋から男の人を連れて

出て行ってしまったから……


仕事中、沢山ミスをしてしまったから……


落ち込んでいた僕は、

自分の楽屋にテヨンが当たり前のように

待っていてくれたのに

"お待たせ"…も言えない。


「お疲れー。

もう帰れる?ハミンお腹空いてる?

…たまには外に食べ行く?」


少し寝てた?

…本番のヘアセットなんかを洗い流す為に

シャワーに入った?

…ただそれだけのシャワー?

ノーメイクで髪の毛も洗い晒し。

家にいる普段のテヨンなのに

凄く胸がモヤモヤする。


「……さっきの…ミュージシャンの彼は?」


「…帰ったよ。会いたいの?」


「…別に。……何してたの?」


「ふぇ?…別に?」


長い指はケータイ電話を弄り、

視線も手元に向いたまま…

適当な返事が返ってくる。


「………あのさ、なんで僕だったの?

料理得意な人なら沢山いるし

日本に知り合いだっているだろうし…」


「……?何の話?

初めに会った時の話??

ハミン…だったから?

会いたくて会いたくて…」


…やっとこっちを向いた…


「……テヨンだったら

別の誰かに頼んでも上手くいっただろうし…

僕みたいに…簡単に落ちると思うよ。」


「……落ちる?」


「毎日料理作ったり朝起こしたり…

テヨンと一緒に住みたい人はいるだろうし

僕じゃなくても…

また契約とか、始めれば…」


「……何言ってんの?」


僕達の出会い…

テヨンが食べたいご飯を僕が作れそうで…

会ったら会ったで…

身近に都合のいい僕がいたから……


テヨンからの視線が強くなった。

目も大きく見開いてる。


「………早く言ってね。

次の人と契約したい時は…」


「ハミン。

本気で言ってんの?」



本気……?

軽い気持ちで言ってない。

いつも未来を不安に思うのは

出会い方とか…契約とか…

考えれば考える程、自分の自信がなくなる。


どうしようもない程の本気。



「………だから…僕じゃなくても契約して、

一緒に住んで、テヨンが迫ったら…

僕みたいに……」


「…それ以上言ったらキレるけど?」


低い声。

ドスが利いてる。

僕の脚に力が入らなくなって来た。

怖い。テヨンが怖いんじゃ無い。


……未来を…自分を信じられない、

テヨンを信じられない自分が怖い。



「……食欲無いし、作れないから…

何処かで適当に食べてくれる?」





特に行く場所なんて無いけど、

テヨンと顔を合わせていたら

もっと酷い事が口から出そうで…

楽屋を出てテレビ局の通路を駆け抜けた。


凄く…怒ってた…

…怒られて僕は…少しホッとしてるのかな。

けど…こんなに面倒な男…

一緒にいても楽しくない恋人なんて

愛想尽かされたかもな。



わざわざ現実を

自分の不安に近づける事ないのに…








「それで?こんな所まで1人で来たの?

……来てくれたから

決まりそうな仕事の確認するけど…」


仕事でミスを沢山した事、

あれからテヨンと言い合いになった事、

ホンミ先輩に聞いて貰った。


「…いつもはこんなに悩む前に

嫌な事があっても気持ちが冷めるから…

恋愛でムキになって、

自分もテヨンも傷つけてバカみたい…」


「…ムキにねぇ…

まぁ、僕が余計な事言ってるのかな…

ただハミンが心配でさ…」


「……普通に…

あのミュージシャンの人の事

聞けば良かったんだ…

随分仲良さそうだったね?って

ヤキモチ焼けば可愛い喧嘩で済んだはず…」


「うん。何で聞かなかったの?」


「……なんだっけ……

あ、彼は?って聞いたんだ…

で、逆に『会いたいの?』って聞かれて

それで…何してたの?って聞いても

『別に』って。」


「……ごめん。

僕が連れてったミュージシャン、遊び人。」


「へー…じゃあ…テヨンと進展するのは

心配した通り…」


「…けどさ『会いたいの?』って聞かれて

何て答えたの?」


「……覚えてない…

別に…って言ったかな…」


「もしかして-…

ミュージシャンとハミンが

仲良くならないようにしたとか!

おっ!あり得る!

しかもそんな事、彼言わなそう!

ごめん!無責任な僕!

僕のアドバイスより本人に聞いて!」


「………はぁ…

僕とミュージシャン…?そんな心配…」


「わからないよ?

本人に聞かないと!ってか、

どうせ仲直りするんでしょ?

言い過ぎたと思ってるんでしょ?

早く家帰りな!

スケジュールと台本渡しとくから

確認したら連絡して?

仲直り済んだ時もね?!気になるから!」






昼過ぎに終わった僕の仕事。

寄り道…ホンミ先輩の事務所に寄ったから

夕暮れに染まる空の下、

帰り道を1人で歩く羽目になった。


テヨンはもう家にいるかな。

何処かでご飯食べてる…?

誰かと会ってる…?


1人では家でも外でも食事しないだろうし…


テヨンからはLINEも着信も無い。



……怒ってるかな…

…電話出るかな………凄く緊張しながら…

1人で寂しい気持ちが勝って

テヨンへの通話ボタンを押した。



『…ん。』


「…ごめん。今帰ってる…」


『……うん。わかった。』


普段の優しい声が聞けただけで

安堵して泣きそうになる。


「…今…家?

ご飯食べた?食材買っていくけど…」


『家。食べて無い。

ハミンのご飯が食べ…んー何でもない。』


「……何?作るから…何食べたい?」


『んー……肉…とか…?

お米は炊けたら炊いとく…』


「え?出来る?」


『見てた時もあるから…

3合?で、水も3の所まで入れて

スイッチ押せばいいんでしょ?』


「そう…」


『……ハミン。

俺は、ハミンとじゃなかったら

契約しなかったよ。

ご飯なんて適当に買ったりすれば

食べていけるし。

朝だって…大事な日に起きれなかったら

ナグとかソンギが起こしてくれるし…

………だから…

他の誰かと契約すればとか言われると……』


「……ごめん。もう言わない……」


『わかった?…わかって無いよなホント…

俺がどれだけハミンを好きで

ハミンだけかって…』


溜息混じり、

独り言のように何処かへ吐き出した言葉は

ちゃんと僕の耳に届いて…

自信が少しだけ大きくなる。


「そう…かな…直接言ってくれたら

もっとわかる…」


『ん。早く帰って来て。

わからせてあげる…』






急いで買い物を済ませ、

駆け足でキッチンに進むと

ご飯の匂いの中でテヨンが待っていた。


「お待たせっ…」


真っ先に心配だったお米の炊け具合を見る。

しゃもじで軽く混ぜた感じは丁度良い。


「テヨン…完璧…」


隣で様子を覗きに来たテヨンへ、

少しよそって何も味付けずに口へ運ぶ。

僕の口にも。


「…1人で出来たね…」


「そりゃ…簡単だよ…」


…まぁこういう繰り返しで…

作れる物が増えていくんだろうけど…


「おかず、急ぐからチョット待ってて…」


食材を入れようと冷蔵庫の前に立つと

後ろから抱きつかれ…

顔を振り向かせられ…

…僕の唇はそんなに甘くないのに

貪られ、甘噛みされ、吸い付かれ…

口の奥…舌の奥まで味わわれる。


「……っ…ご飯はっ?」


「後だよ。言ったじゃん、

わからせてあげるって……ん…」


「…んんっ……」


テヨンの方を向くと

冷蔵庫に背中と後頭部が勢いよく当たり、

そのまま唇で押さえ付けられる。


「…ちょっ…直接…言ってくれたらって…」


唇を唇で閉ざされながらも

どうにか話すと…


「…どれだけハミンを好きで

どれだけハミンだけか。

……そのどれだけってのを

わかってもらわないと…」


近すぎて視点が合わないくらいだけど、

瞳の強さは伝わる。


この目で見つめられたら

わかるどころか…頭が働かなくなる……


「……テヨンが…そんな目で、

ミュージシャンの彼を見てたからッ」


「そんな目?俺?」


「そうだよ…しかもッ…肩を触ったり

腰に手を回したり…」


「……あぁ…まぁね。

ハミンにちょっかい出されるくらいなら、

俺が相手した方がいいし。

まぁ実際相手にしないけど…」


「…イヤ…楽しそうだったけど…」


僕にちょっかい?

そんな事、全く無かった。

……けど、ホンミ先輩が言っていた事…


「あぁ…?楽しそ…?

……ハミンから離したくて…

いいじゃん。念には念をで…」


「だからって

自分がちょっかいかけられたら

どうするんだよ?!」


「相手の好意に気づいたら、

逃げるから大丈夫…」


「……僕だって…

相手から好意を持たれないように、

距離作れるから大丈夫だよ!」


「……俺におされて

大丈夫じゃなかったけど?」


「…それは……テヨンだったから…」


「え?何?もう一回…」


僕が寄りかかっている冷蔵庫、

僕の頭の上くらいにテヨンは手を付き

笑った吐息が顔にかかる。

強い目力でも笑うと下がる目尻…

可愛く開く大きな口…


「…なんでもう一回…」


「ふっ…俺も繰り返し言ってるじゃん…

もう一回教えてよ…俺の好意におされて、

大丈夫じゃなかったのはー、

俺だから?って事だよね?

他の奴がー

こうやってハミンにキスしようとしたり…」


チュッ…


音を鳴らしてゆっくり唇を重ねては

また目がギリギリ合うか合わないかの位置に

顔を動かす。

冷蔵庫に付いていない方の左手が

僕のシャツを捲りながら脇腹…胸…と

這って来る。


「こうやって触って来たら、どうするの?」


「……蹴り飛ばす…」


…満足気に微笑むテヨンの顔を両手で包み、

引き寄せて深くキスを味わう。


少し背中が冷蔵庫から離れたけど、

僕のお尻に手が伸びて来て

その手とテヨンの腰で押さえ付けられた。



…そういえば…今朝もしたのに

もっとしたくて堪らない。

体が疼きだす。


…今朝、眠ったように意識が飛んだ。

そして暫く

寝起きのようにフワフワしたままだった。


テヨンのモノは

容易く僕を気持ち良く出来る上に

手加減をしなくなった。

僕が感じれば感じる程、

おかしくなれば おかしくなる程…



いつの間にかオイルを手にしていて

チュクッ……と…

音を立て2本くらいテヨンの指が…

出し入れしてはまた奥へ。

もっと…もっと強い刺激が欲しくて

身体が悶えて熱くなる。


「……っ…なかっ……変っ……」


「……すっごいヒクヒクしてる……

何だろ…朝もしたからかな…?」


しがみついている僕を支えながら

上から囁いてくる。


「……テヨン……」


テヨンを見上げると少し緩んだ瞳と目が合い

それが一瞬で野生的になった。

抜かれるテヨンの指。

身体を抱き上げられたから

反射的にまたしがみ付く。


そのままキッチンから数歩進み、

リビングのソファーに辿り着くと

ゆっくり降ろされ、

僕の服を次々に脱がしていく…


こうしてる時間も

僕はテヨンで満たされたくて

ウズウズしてるけど

身を任せて裸になり…

テヨンの服も脱ぐ手伝いをする。


ソファーに沈みながら

上から覆い被さってくるテヨンは

僕を満たす以上に硬くなってるのが見えた。



テヨンを受け入れるのに、何の抵抗も無い。

けどその質量はいつもより息を呑む量。

ゆっくり…2人、

ただ…気持ち良い感覚に浸る。

テヨンは気持ち良いのが

楽しくてしょうがないってのが伝わる…

僕が感じて跳ねる度に

強い視線、緩む目元口元…


こんなに感じてる上に、

肩、腕、鎖骨、喉…テヨンの手でなぞられたら

息が漏れる。


「……っ…はぁっ……ぁっ……」


「……んっ…やっぱり……

ハミン……ヒクヒクしててヤバイ…」


「……ぁっ…テヨンこそっ……

キツっ……んっ……ああっ……

イッ…っていうかっ……意識…飛びそっ……」



テヨンは分かってるんだろうか……

自分は気持ち良い事を楽しんでるだけでも、

どんどん僕をテヨン無しでは

生きられなくしてる事……



星がチカチカ光るような…

目の前に強い光が押し寄せてきた。


止まらない夢の中のようなキラキラな世界。



意識が薄れる僕に気付いて

テヨンは更に強く動き出す……




身体の奥…


テヨンを感じ過ぎて…



チカチカ キラキラ……止まらない……



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