⑼ サムゲタン
🦋・・・・・
『テテ、まず、
俺はお前に謝らないといけない。
…急いでパリに来れるか?』
電話越し、ソンギのこれ程苦しげな声を
今まで聞いた事は無い。何か…只事では無い。
「…なに…何があった?」
『来たら、説明して…謝るから…』
「ソンギ、急いで向かうけど…
ソンギが謝るような事、想像出来ないし、
最悪な事を想像しながら
飛行機に13時間も乗ったら、
そっちに着く前に俺が倒れる。」
『…けど、…言っても倒れるかも…』
「言えよ!!何があったんだよ!」
結局、ソンギの絞り出した声で
父の死を聞いた。
実感が湧かない。
冷静に1人で空港に向かい、
飛行機に乗り、着々とソンギの所へ向かう。
…ただ涙が出てくるのは止められなかった。
ソンギに会えた頃には、
俺もソンギも涙は底を尽きてそうだったのに
また2人で抱き合って泣いた。
パリの遺体安置所。
母親も父の側から離れないで
泣きっぱなしのようだった。
「母さん…母さんごめんね…俺…
こんな事なら日本に行かなかったのに…」
心配はされたけど、
快く日本に行かせてくれた。
「ううん、お父さんは…自由だったでしょ?
最後まで自由だったし…
テテが…自由で…素直に育ってくれて…
お父さん、凄く嬉しそうだった。
自分の病気の事は絶対言うなって。
病気だからとかの労りより、
テテからの普通の愛情で十分だって。
…テテが、お父さんの絵と…ソンギのサックスと…
ホント、自慢の息子で…
お父さんは…自分の事は気にせず、絵と
サックスを自由に楽しんで貰いたかったのよ。
お父さんと一緒にいたから分かる。
お父さんの願い…」
今日も昨日も一昨日も…
サックスを吹けてない。絵も描いてない。
父の願い…?
俺は、普通に愛情を伝えていた?
過保護が少し邪魔に感じていたし、
ソンギが間に入って
直接話さない事も多かったのに。
「もっと、愛情とか、感謝とか…
伝えたかった…」
「…そういう事はキリが無くて…
満足する程伝えられるもんじゃないのよ。
病気を知ってて側にいた私だって…
伝えきれたかどうか…」
「…そうかな……
結局俺の為に秘密にしたんでしょ…?
俺…息子なのに…
逆に…父さんは俺に言いたい事とか……
もう…会えないのに……
……もう…………会えないの…?…」
愛しい人がこの世界にいなくなった恐怖。
絶対的に愛してくれる味方がいなくなった。
葬儀は3日後。
母の所で過ごして、ソンギの所に行く往復。
前から俺は色を無くしかけてたけど、
今は更にパリの街並みは無色。
「ソンギ、母は死の準備も、覚悟もしてた。
ソンギは?父と沢山話した?
…俺の日本での生活、報告とかした?」
「いい報告が出来たよ。
俺もそれが最後の会話だった。
…親父さん、凄く安心してた。嘘はついてない。
お前、日本で幸せそうに暮らしてたから。
…それはお前自身がした親孝行だな…」
「ソンギと一緒にパリに戻れば良かった。」
「……ホントにすまない…
こんなに早く…急だとは…思わなくて…」
「ソンギは悪くない。父の近くで、
父の言う事を守ってくれてありがとう。
俺は何で父の事、気づけなかったんだろ…」
「…言われなきゃ気付かないほど元気だったよ…
…『テテの幸せが、わたしの幸せ』って
最近ずっと言ってた。」
「…ソンギ、サックスある?
最近吹いてなくて…ヤバイ。」
「…リード(口にあてる所のパーツ)ある?」
「うん。本体はどうにかするつもりで、
リードだけは持ってきた。」
吹かなきゃ。
手と口が鈍る前に吹き続けなきゃ。
あとは自由に絵を描いて、
楽しんで…父のように。
父の自慢の息子でいられるように。
「…俺、…日本で…ハミンと
過ごしていいのかな…なんか…少し罪悪感……」
「……『テテの幸せが私の幸せ』!
お前は幸せにならないと、
音にも絵にも影響するから特に…
親父さんの願いなんだって…」
教会での葬儀は日本と比べて華やかで、
埋葬もあっという間だった。
母親は火葬して父を手元に置くか迷っていたけど、
将来的にここで一緒になるらしい。
埋葬場所は人々がよく散歩するような
景色の良い小高い丘。
…そうだな、父はここで休みながら、
気が向いたら絵を描くといい。
日本に帰る、今の今まで…
ハミンには連絡出来なかった。
声を聞いて会いたくなっても会えないし。
弱い自分をわざわざ見せたくないし。
…罪悪感もあって…
ケータイの中の写真を見る。
仕事で撮影してたハミンを撮った。
真剣に料理してる所、
俺を見て笑っちゃってる所、
拗ねて口を尖らせて訴える所。
可愛いな。本当に愛しい。
何日か声を聞かないでいたら、
会いたくてしょうがない。
…あんな嘘どうってこと無いな。
…それより、契約あとどれくらい残ってるだろ。
契約終了したら、ハミンと話し合わないと。
契約関係無しに俺の為にご飯作ってくれたら
嬉しいけど…
お返しに俺は何しよう…
ハミンにコールしながら、
日本は今…ヤバイ、思い切り朝だ…
『もしもし』
「あ、ごめん、
時差…考えないでかけちゃった…」
『…こっちは朝だけど、そっちは?』
「…まだ夕方。」
『……いろいろ、大丈夫だった?』
「……うん。…無事に見送った。」
『……僕も行けば良かったな…
……会いたいよ。
…テヨンに会いたいよ。
テヨンが落ち込んでないか凄く心配で…
何日も心配で仕事なんて手につかないし…
…テヨンの声聞きたくても、
電話したら迷惑だと思って我慢したし…
テヨン?
日本に戻ってくる?
この屋敷にこれからも住む?
ここで1人で待つのはキツイよ…
……助けて…』
「……ハミン?」
『…助けてよ。
早く来てよ。こんなに好きになったら…
テヨンを好きで……怖いよ。
こんな事言ってる自分も嫌だ…
寝てないからかな…
もうわけわからない…助けて…』
「ハミン……?
俺も早く会いたい。今から帰る所だよ。
ハミンが好き。
…怖くなる気持ちも分かったけど、
2人でバカになろうよ。
好きって言われると嬉しい。
愛して欲しいし、愛してる。」
『…僕も…愛してる。』
長いフライトの時間も、
さっきハミンと話せたから
穏やかな気持ちだった。
ハミンもそうだといいな。
凄く心配させてたみたいだったから。
…寝ぼけたり睡眠足りてなかったりすると
不安な事とかペラペラ話すのかな。
どんどん素を出せばいい。
いつもニコニコしてなくたっていい。
そばにいてくれるなら
俺の嫌な所を並べたり、
本音でケンカしてもいい。
お互い気持ちをもっと近くに。
離れる気はないから、離れられないように。
夜に飛行機に乗った俺は
ハミンの事を考えながら睡眠がとれて、
日本に着いたら夜はこれから。
家に帰るとハミンはいつも通り
キッチンにいた。
「おかえり。」
「ただいま。何作ってるの?」
ハミンを後ろから抱きしめて、
この質問は何度目だろう。
「手、洗って来て。」
この返しは初めてだ。
「…キスしてくれたら洗ってくる。」
少しためらうかと思ったら
すぐ唇にキスがきた。
「ほら。洗って来て。」
…確かに
バイ菌いっぱいの手かもしれないけど…
もっとキスをしたくても、
洗面所へ向かう。
「ああああーーー!!!」
1週間ぶりのハミン…我慢が声になって出た。
「どーしたのーー?!」
「ハミンーーー!!!」
「何ーー?!」
「ダイスキーーー!!!」
……返事が無い。
さっさと手洗いをすませてキッチンに戻る。
「何作ってるの?!」
同じ質問をしたけど返事はいらない。
料理中でも気にせず、
飛びつくようにハミンにキスして
息もつかせない。
「……っ!サム…ゲタン……っ!
テヨンも、僕もっ…
栄養足りて無いと思って!!」
確かに1週間、きちんと食事していないけど…
まずは思い切りキスを繰り返して、
俺の我慢を消化させて…
クチュクチュと舌で舌を押しながら絡めて、
時々吸い付く。
ハミンの身体、力が抜けていくのが分かる。
深いキスから首元へキス。
舐めるような這わせるキス。
…ハミンの声にならない吐息がヤバイ。
俺の手は、愛しいハミンの身体を
隈なく触れて…久しぶりの感触を味わっていた。
ハミンの腕が、俺の首に回される。
…もうこのままここで最後までだな…
キッチンの引き出しに、
ゴムもオイルも隠してある。
棚に後ろ向きになって手をついて貰い、
後ろから抱きしめる。
片方の手で、胸や脇を撫でるけど
くすぐったいのか感じるのか…
跳ねるように動いて
立っているのがやっとのよう…
「…ねぇ、電話で…
助けてって言ってたよ?」
耳元で聞いてみる。
「…助けに…帰ってきたよ…
後は…?どうして欲しい?」
答えずらくても、
手の動きはやめてあげない。
ハミンの奥の奥まで指先で確かめる。
「は…やく……ふたりで……」
あー、ホント愛しい。
けど、この後はベッドで…次はどうしようかな…
暫く立ったまま、後ろから抱きしめ続けた。
「サムゲタンって美味しいね。」
「え?食べた事無かったの?」
「分かんない…
名前覚えて無かっただけかもだけど。」
「栄養満点だから、沢山食べて。」
久しぶりに2人の食事。
ハミンはまだ口を付けずに
封筒を机に置いて…
「あとコレ。契約おしまい。解約ね。
お金、これ全部返す。」
「ノン。解約はしない。」
「…契約終了だよ。
中途半端でハッキリしてないの嫌なんだ。
契約じゃなくて、僕は作りたい時に
テヨンのご飯を作るし…
このままここに住んでもいいかな?
…ていうか、テヨンはここに住むの??」
「ここにこれからも住む。
ここからツアーとか仕事に行ったり、
アトリエで絵を描いたり、
ハミンの料理の邪魔したり、
ハミンの周りでサックス吹いたり、歌ったり…、
…時々ハミンの代わりにご飯も作る。
あと何して欲しい?ご希望があれば…」
「あと…?何だろ。まだ分かんないけど…
一緒にいれるんだね。」
「それは……
これからも一緒にいてくれる…?」
「………ぜひ、一緒にいさせて下さい。」
出会ってまだ30日も経ってない。
契約、予定通りではなかったけど…
友達契約から普通の恋人へ。
俺の恋人、ハミン。
これからもずっと一緒にいて。
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