⑹ ラーメン



「…大丈夫?」



テヨンの屋敷、

いつもの広くて使い易いキッチン。


契約してから2週間くらい。

起きてる時間はほぼ、僕はここに居た。

そしてその時はテヨンも。



「…全然大丈夫!

味は…今回は食べれればいいよね?

まずくてもいいよね?」


「…えーー…僕手伝おうか…?」


「ノン!

それじゃ、毎日働かせてた俺が…

ほんとハミンの休日考えなくてごめん!

毎日働かせてたら労働法に違反しちゃう!」


「…そう…かな…

もう法律なんて…

まぁテヨンがやる気ならいいけどさ…」



ラーメンを作ると言い出した。

今日の朝ごはんも

パンをテヨンが焼いてくれた。

飲み物も出してくれた。

その後1人でインスタントの物を買ってきた。


…今日、僕は

テヨンの家で過ごす休日らしい。






「どうぞ!ボナペティ!!」


僕のアドバイス通り、

レタスやモヤシ、卵、ハムなどが入ってる。

モヤシは洗うだけ、

レタスもハムもちぎるだけ。

卵は黄身が割れてても、入っていれば…

味もインスタントだからそのままで

問題無いはず。



「…ボナ…ペティ?」


「美味しく召し上がれー!フランス語!」


「ああ、聞いたことある。

じゃあ、頂きます。」


「俺も!いただきまーす。」



野菜が沢山のインスタントラーメン。

…そう言われれば、

人が作った物を食べるのなんて久しぶり。

一口食べてテヨンが話しだす。


「…まずいね!

このインスタント麺がまずいのかな。」


「そう?確かに麺は…

ちょっと伸びちゃってるけど…

時間を短くすればいいんだよ。」


「味も薄い…」


「野菜沢山だからね。こんなもんだよ。

もう少し濃い味にしたかったら

後から塩胡椒かけるとか。」



薄いとか、まずいとかも言うんだな…

僕の料理に何にも文句言わず、

美味しいと言って食べてくれるのに。


大きなテーブルに2人向かい合って、

独創的な器によそられたラーメンをすする。




「ご馳走さま。美味しかった。」


すでに食べ終わっていたテヨンは

満面の笑み…口も四角、

しっかり歯を見せて、いつもの笑顔。


「またハミンの休日には俺が料理するね!」


「うん、またラーメンでもいいし、

よろしく。」



あと残り2週間くらいの契約期間。

もう一度くらいは作って貰えるかな。

…その後は、テヨンはどうしたいんだろ。

自由な彼は…仕事もあるだろうし、

ここで生活したいみたいだけど…

どうなるんだろう…



まだ言えてない。

僕自身を面倒から守ろうとした、

彼女がいるっていう嘘。


言ったらどうなるかな…

もしかしたら、

よくある男のハンターの血が

冷静に…落ち着きを取り戻したりして…





「後片付けは、僕がやるから。」


「ノン!俺!」


流しに2人並んで譲らないテヨン。


「…これは、僕がやった方が早いし、

ホントに。

朝もやって貰ったから、今度は僕。」


「だから、ハミンは休日なんだってば。」


「休日でもこれくらい毎日してた。

テヨン、今日まだ

サックス吹いてないだろ?

ここはいいから、毎日の日課をしないと。」


「…結構頑固だね。

俺、食事の後…すぐに吹けない。

このお腹、触ってみる?苦しい。」


そう言って、自分のシャツを捲って

ポッコリしたお腹を見せてきた。


「何そのカワイイお腹…」


「へへ…ハミンの料理が

いつも美味しくて。」


「ふふふ…ぁっはっはっはっ!」


「ちょ!お腹見て笑いすぎじゃない?!」


「…だって…カワイくて……」


笑って涙まで出てきた。

両手で目の下を拭う。


その瞬間、両手を掴まれた、と思ったら

顔が近づいてきて、

ソフトなキスをされた。

それでも少し、まだ笑いが出てしまう。


テヨンは困ったように笑って…

両手は捕らえられたまま、

2人の笑いはゆっくり消え…

繰り返すキス。



…僕の唇が味われてる…

…このまま僕はいつもの様に、

快楽に襲われるんだろうか…


ちょっと期待して、背筋と

下半身が意識したのが自分でも分かった。




プルルルル!プルルルル!……



僕のケータイが鳴る。



両手を掴んだまま、

テヨンが目で問いかけてくる。


でるの?でないよね?


「…でないと…」


身体を離すと両手も離してくれた。





「はい」


『ハミン、今平気?

今日の仕事の事なんだけど…』


コール表示されてたのは、

テレビ関係でお世話になってるホンミ先輩。


『間違えて東京のスタジオって

伝えてたんだけど、今日だけ

ゲストの関係で大阪だったんだよね!

収録は夜だから…すぐ新幹線乗れる?

間に合うなら行って欲しいんだ…』


まだ早いお昼で今12時を過ぎたくらい。

急げば間に合うはず。


「…多分大丈夫なはず…

何か持って行く物とか…」


『いつものアシスタントの子…

アミちゃんには

もう話したから…その子が荷物持って、

同行してくれるって。

新幹線もその子と乗れるなら、

時間もそんなにギリギリじゃないはず』


「じゃあ、急いで向かいますね。

アミちゃんに連絡してみます。」



急がなきゃかな…

アミちゃんに連絡して、時間を確認しないと。


僕が電話をしている間、

結局テヨンが洗い物を始めてくれていた。


「…洗い物、ありがと…

時間わからないけど、

すぐ出かけないといけないかも…夜ご飯は…」


何か用意しようか?と聞く前に、


「自分で適当に食べるから大丈夫!」


と跳ね返された。


「ゴメン、…大阪行かなきゃだから、

帰ってくるのも明日だ…」


「…わかった。」



とりあえず、アシスタントのアミちゃんに

電話をかける。


「アミちゃん?

ホンミ先輩から聞いたんだけど…

うん、…うん、………

ありがとう、じゃあ品川で。」




荷物は一泊分なのでごく僅か。

着替えて自分の部屋からすぐ、

隣のテヨンの部屋を覗いてもいない。


キッチンに向かってもテヨンがいない。

…行ってきますをして、早く行かないと。


…アトリエへ向かうと………いた。


「テヨン、じゃあ…行ってくるけど…

ちゃんと夜ご飯食べて、ちゃんと寝るんだよ?」


「うん…。わかった。」


…なんだよ…その顔…

寂しいって顔に出しすぎ…


あまり目も合わせてくれず、

大きな描きかけの絵に向かって座り

ペタペタ色を付けている。


もう…ほんと後ろ髪引かれ過ぎる。

テヨンが飼い主に置いてかれる

ペットにしか見れなくて…


テヨンのもとまで駆けて行き、

座ってる後ろから抱きしめた。


「………汚れるよ?」


「…大丈夫。…じゃあ、明日…

早く帰ってくるから。行ってくるね。」


「………うん。」







契約が始まってからずっと一緒に夜ご飯、

寝る時を過ごして来た。


一晩離れるってだけであんなにへこまれて、

こっちまでへこむ。



そう言えば、なんで大阪行くか…

仕事って僕、説明したかな…

大阪へ向かう新幹線の中、

テヨンの事が頭から離れない。


アシスタントのアミちゃんの隣に座って、

会話は特に続かないけど

そんなに気を使う仲でも無いから助かる。


いろんな料理人のテレビ関係での

アシスタントをしていて、

僕も1年くらいお世話になってる。


テヨンの前で電話して…

アミちゃんって名前出して…

もしかして勘違いさせたかな…


まさかな。



テヨンは余裕があるだろうから、

誘えば大阪まで一緒に遊びに来たかも…

いや…さすがに何時間も無駄にしないよな。

さっきだって、油絵描いてたし、

サックスも吹くだろうから…



ケータイを握りしめる。

LINE…テヨンとのトーク画面。



[今、新幹線の中。

…大阪のスタジオでの収録の仕事、

終わったらまた連絡するね。] 送信。


何となく誤解されていても嫌だから、

仕事って事を伝える。



…僕がいない時、用意したご飯を

結局今まで食べた事が無いテヨン。

最初は1人でも食べるって言ってたのに。

用意した物を食べとくって言うくせに、

いつも絵に夢中か、寝てるか…。


今日だって多分どっちかで、

夜も、明日の朝も…食べないんだろうな。



…気になるし、一緒にいたい。


会いたい。




出会った次の日には、キスされた。

性欲処理のような、

sexの手前のような事もされた。


普通だったら嫌いになるような行動。


それから毎日同じ様にされて、

僕も普通の感覚じゃなくなってる。



“愛されたいな” って本気なら…

エッチな関係を無理矢理…が

本気の延長線上なら…って期待してしまう…



僕は既に、愛してると思うけど…


どうしよう…


ぐるぐる回る僕の悩み。

ホント、こういうのが面倒なのに…




それでも会いたいと思っちゃうんだ。

一緒に過ごすのが楽し過ぎて…




[もう、会いたい] 送信。



僕にしては大胆なメッセージ。

テヨンは喜んでくれるかな…

特に返事が無ければ、電話した時にでも

誤魔化せばいい……







収録が終わったのは、21時過ぎ。

少し早めに終わって

最終の新幹線に間に合えば

東京に戻ってしまおうかとも考えたけど、

やっぱり無理な時間だ。


ケータイに

甘い返事があるか期待したけど…

テヨンは既読無視…

それでも律儀に僕は仕事が終わった事を

約束通り送信した。



「ハミンさーん、お疲れ様でしたー。」


「あ、アミちゃん、お疲れ様。」


テレビ局の1階フロワーに降りて帰る途中、

僕は少し立ち止まってLINEを送り

ケータイをしまいながら歩き出した。


「今からホテルですか?」


「うん、ホンミ先輩が予約してくれた。

アミちゃんは?」


「私、友達がこっちにいるんで、

泊まらせて貰うんです。

まぁ、友達っていうか、

彼氏なんですけどね。」


「へー、いいねー。

けど、普段は遠距離だね?

いつもアミちゃんの仕事東京だよね。」


「はい、ここ1、2年頑張ってみて、

その後は私か彼氏が、拠点を移すか…

模索してく感じですね。

あれ?ハミンさんもなかなか会えない彼女…

遠距離でしたっけ?」


「…遠距離じゃなくて…」


彼女はいない、好きな人はいるとか、

わざわざ本当の事、話さなくてもな…

なんて…どうでもいい応えを考えてたら…


見覚えのある、金髪…派手な顔立ち…

彼がロビーの出入り口に立ってる。

いくらテレビ局でも、

彼のような整った顔の人はそうそう居ない。


沢山の人が行き交う場所で…


「ハミン!!」


僕を見つけて、僕を呼ぶ。




「あ…じゃあ、私は…お疲れ様でした!」


丁寧にテヨンにもお辞儀をして

帰って行ったアミちゃんと、

軽くお辞儀をしたテヨン。

そして、こっちにゆっくり歩いてくるテヨン。


呆然と立ち尽くしたまま……眺めていた。



「ハミン??お疲れ様ー。」


「……どうしたの?あ、ごめん!

僕がLINEしたから…!」


「…何で謝るんだよ。」


「え!あ!ごめん!まさか、来てくれるとは…

思ってなかったから…」


「…そうなの?

普通に…もう、会いたいって言われたから…

俺も、だったし…事務所に場所聞いて

来たんだけど…」



…俺も…って言葉を期待してた。

ただLINEのメッセージだけで良かった。


まさか、本物が来て、

その言葉をくれるなんて。



僕より背が高くて、

肩幅もあって、

胸板もあって、

男らしい首に、両手で抱きついた。



「ハミン…?みんな見てるよ…?」


耳元の、

その優しい声に、

もっと嬉しくなって


もっと…強く抱きついた。





「ハミンのホテルの部屋、

グレードアップしといた。

…早く行こ。」



…ホント、食事も睡眠も適当で

1人で生活出来ないくせに…


グレードアップ?


…そういう事は、

手慣れててムカつく……




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