柿の木が待っている

@ns_ky_20151225

柿の木が待っている

「夕ご飯まだ?」

「父ちゃんと母ちゃんが帰ってきてから」

「いつ?」

「すぐさ、さっきお米研いだし、お肉もお野菜も下ごしらえ出来た。もうちょっと」


「ばあちゃん顔真っ赤」

「夕日だね。坊やも真っ赤、お部屋も真っ赤。この時間が一番いいね」


 老婆は窓を開け放って海に沈む日を見ている。東北出身の自分が息子夫婦に誘われてこんな南国で暮らしている。そうなるにはそれなりの物語があるが、その最終章にこんなお楽しみがあったなんて。こんなに赤い夕日を孫と眺められるなんて。


「あれ、あの人も真っ赤だよ」

 指差す方に海に向かって歩く後ろ姿が見えた。年齢は定かではないが、簡素な服から出ている手足が真っ赤だった。老婆は何かを思い出しかけたがはっきりとはたぐり寄せられなかった。


「なんか怖いね」

「怖いことなんて無いさ。夕日だよ」


 いや、違う。本当に赤い。そうか、分かった。でも孫を怖がらせてはいけない。


「よろけてる。酔ってるのかな」

「かも知れないね。さ、海を見よう」

「なんかぽろぽろ落としてる。やっぱり怖いよ。窓閉めよう。鍵も」


 だめだ。泣きそうだ。坊やの泣き顔は見たくない。教えてなだめよう。


「よしよし。あれは何も怖くない。知ってるんだ。あれは『たんたんころりん』だよ」

「たんたんころりん?」

「そう。坊やくらいの頃、婆さんと見て教えてもらった。ああやって柿の実を落としながら歩き回る。何も悪さはしないから安心だよ」

「何で柿落とすの?」

「柿の木にな、いっぱい実がなったのに誰も取って食べないとあいつが出てくる。種をばらまきたいのに出来ない。それが悔しくてああやってまき散らすのさ」

「もったいない」

「そういう坊やだって柿は食べないじゃないか。イチゴやバナナがいいって言うし、干し柿だって」

「だってさ、あんまり甘くないし、種ばっかりだし」

「皆がそう言って食べないからたんたんころりんが実を落としていくんだよ」


 それにしてもどこへ行くんだろう。あっちは海しか無いが。


「ロケットに乗りたいのかな。僕も乗りたい」


 はっとした。たんたんころりんの向かう方向をまっすぐ伸ばしていくと海上打ち上げ施設があった。この妖怪を教えてくれた婆さんなら石油掘削施設と思うかも知れないが、そこにはニュースで見たロケットが打ち上げを待っていた。


 たんたんころりんはよろけながら歩き、何かの拍子にふいっと柿を転がしていく。


 ニュースの解説を思い返した。あのロケットは新式のエンジンを積んでいる。太陽の重力圏を抜けるまでは従来のロケットエンジン。それからそれに点火するとほぼ光速に達し、長期間その加速を維持できる。最終的には途方もない速度になるという。


 目的は居住可能な惑星の発見。地球からの観測である程度絞り込まれた候補を回ってどのような環境か詳細に探査する。

 もちろん無人だ。通信による制御は不可能なので人工知能が操船から観測まで一切を行う。


 そんなロケットに乗り込むつもりか。妖怪ならなんの危険もないだろうが、何をするつもりなのだろうか。


 そりゃ種まきに決まってる。あいつ、恒星間旅行して、いい星があったら柿を植えるつもりなんだ。あのたんたんころりん、柿の木の中でも大胆で冒険好きなんだろう。


「あっ、海の上歩いてる」


 もう間違いない。行き先は打ち上げ施設、いや、ロケットだ。


「消えちゃった」


 たんたんころりんは薄く引き伸ばされるようになったかと思うと消えた。しかし、消える瞬間、ロケットに吸い込まれるように飛んで行くのを見た。


「ばあちゃん、なんで笑ってるの?」


 そりゃそうさ。おかしくておかしくてならない。あの探査機が人の住める惑星を見つけたとする。そしていずれ恒星間移民が到達するだろう。


 そしたら、そこに柿の木が待ってるんだ。


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