【KAC20204】百地さんと僕

@dekai3

百地さんシリーズ① 拡散する種を投げる百地さん

「2月の行事って言ったら何があると思うー?」


 もう3月の前半も終わるというのに、隣の席の百地さんがこんな事を聞いてきた。

 彼女は三つ編みで眼鏡をかけた大人しそうな外見とは裏腹にかなりのやんちゃガールの百地さん。

 この間も卒業式の練習が詰まらないからって、体育館の放送機材を使って『これが私の卒業ソングだー!!』って叫びながら水戸黄門の主題歌をカラオケしてたアグレッシブすぎる女の子だ。

 「ああ人生に涙あり」はかなり現実的で厳しい歌詞だから教訓として有りなのかもしれないけれど、「休んだら後から来た奴に置いて行かれるから歩き続けろ」なんて歌は卒業する人には酷だろう。


「ねえ、聞いてるー? 目玉をほじり返して洗うー?」

「耳をかっぽじるんじゃないのか…」

「聞いてるじゃーん。何があると思うー?」


 百地さんはそう言いながら小首をかしげて僕の顔を覗き込んでくる。やばい、百地さんめっちゃ美人。百地さんはクラスどころか学校一の美人だ。

 一方僕はと言うと、いっつも百地さんに振り回されている一般ピーポーであり、百地さんのおかげでちょっとだけツッコミ力が他の人よりあるのが特徴のただの男子中学生だ。ついでに達観する力も高いと思う。

 で、この百地さんだけど、余り話を聞いてあげないでいるとテンションどんどん下がっていって泣き出してしまう困り者だ。普段はテンションが高いのに無視されたら泣き出すとか病院に行ったらどうかと思う情緒不安定さだけど、スクールカウンセラーの先生が言うには特に問題ないらしい。オブラートに包んで言うと頭の中にニコニコマークが付いた太陽が浮かんだ花畑が存在しているタイプ。頭あったか~い人。


「2月って言ったらバレンタイン? そろそろホワイトデーだし、お返しを期待しているとか?」


 こっちを見つめる百地さんの目から段々と輝きが失われていく様子を見て、流石に目の前で女の子に泣かれるのは心苦しいからと反応してあげる。

 無視していると泣き出すけど、話に乗ってあげると大騒動になる事が多い、結局は話しかけられた時点で詰みだ。やれやれ、今日はどんな事件の幕開けだ?


「2月って言ったら節分でしょ! 節分!!」


 百地さんはそう言いながら、机の引き出しから桝いっぱいの大豆と鬼のお面を取り出した。

 ちょっと待て。なんで桝? なんで大豆? なんで節分セット? というか嫌な予感しかしないぞおい。


「そっかー、節分かー。でも今はもう3月だし、節分じゃないよねー」


 僕はそう言いながら百地さんの腕を抑えて桝と鬼のお面を引き出しに戻そうとするけど、百地さんはこう見えて力がめっちゃ強くてびくともしない。見た目はスラっとしているのに結構筋肉質。流石陸上部って感じだ。

 僕?僕は同じ陸上部だけどマネージャー。スポーツドリンクの濃さを目分量でちょうどよくするのには自信があるんだぜ?だいたい百地さんに飲まれちゃうけど。


「うん! じゃあクーちゃんが鬼ね、はい!」

「ちゃん付けは止めてっていつも言ってるでしょうがおばあさんや」

「うわー、クーちゃん鬼似合うー」

「それは修飾語なの? 名詞なの? どっち?」


 百地さんは僕に腕を掴まれたままぐぐぐっと鬼のお面を僕の顔に押し付け、ケタケタと笑う。

 百地さんの笑った顔は物凄く可愛いんだけど、お面を押し付けられているから全然見えない。換わりに周りが ゴトゴト と机やイスを動かしている音が聞こえてくる。

 百地さんの奇行と僕がその被害者になるのはいつもの事なので、クラスのみんなも百地さんが事を始めるタイミングを見計らってこうして僕と百地さんだけの空間を作ってくれるのだ。泣けるね、その気遣い。センキューみんな。


「仕方ないなー、一回だけだよ?」

「うんっ!」


 いつまでも顔にお面を押し付けられるのは痛いので、仕方なくお面を受け取って鬼の耳んとこについている輪ゴムを伸ばして自分の耳に括り付ける。

 お面と言っても厚紙で作られているだけの簡素な物で、装備しても防御力の数値は全く上がってくれない。これから遠距離攻撃を喰らうというのにこんな装備で大丈夫か?


「いくよー!」


 ちょっと離れた場所から百地さんの声が聞こえ、続いて ムンズ という効果音が聞こえる。大豆を握った時って本当に ムンズって聞こえるんだな。 ムンズって。


「福はーうちー!」


ドババババババババ!!!


「痛っ! 痛っ!? え、福? 鬼じゃなくて???」


 鬼は外じゃないんかい!ってツッコミを入れたいけど、豆が痛い。百地さん全力投球してんじゃん。なにこの拡散弾。いや、拡散豆?拡散種?


「福はーうちー!」


ドババババババババ!!!


「いった!? 一回って言ったじゃん!? 一回って言ったじゃん!!」

「福はーうちー!」


ドババババババババ!!!


「何回やるんだよ! っておい、後ろからも当たったぞ! 誰だよ! 僕は百地さん専用だぞ???」


 百地さんが投げる拡散大豆を受けながら、他の奴は投げるんじゃねえと叫ぶ。

 僕を振り回してもいいのは百地さんだけである。

 クラスメイトには『僕が百地さんに付き合うから、みんなは温かく見守ってくれればいい』とお願いしてある。なので、クラスメイトからの投擲は契約違反。痛い。痛ぇっての!ちょっと男子ー、いくら学校一の美少女の百地さんとお付き合いしている僕が羨ましいからって止めてくれるー?


「福はーうちー!」


ドババババババババ!!!


「いっだぁ!! どんだけ豆あるんだよ!! もう終わり終わり!! 節分は終了です!! 終わり!!!」


 僕はそう言って鬼のお面を外し、百地さんの方を見る。

 そこには空になった桝を持ってケタケタを笑う学校一の美少女で、三つ編みで眼鏡をかけた大人しそうな外見とは裏腹にかなりのやんちゃガールで、頭の中にニコニコマークが付いた太陽が浮かんだ花畑が存在しているタイプで、なんだかんだでクラスのみんなからも人気者で、陸上部のエースで、めっちゃ美人な僕の彼女の百地さんが居た。よし、ちゃんと可愛い。ナイス笑顔。


 百地さんと付き合うのは大変だけど、この笑顔を見たら許せちゃう。だって百地さんだもん。仕方ないよね。ね、百地さん?


「もう一回投げてもいーい?」

「ダメ! 節分はもう終わ痛ぁ!!!?」

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