華と月と、斬れぬ縁。

mammy

第1話 「出逢い」


もう他人になんか期待しない。

「大丈夫。期待なんてしなくていいから、私を信じて。」



「きゃー!葵せんぱーい!」

「葵先輩おはようございます!!!」

中高一貫のこの学園で、

既に名前が知れ渡っている。

葵まあさ。今日から高校2年生になる。


春休みを過ごしていた自宅はこの学園から遠い。始発に乗って2時間かけて登校し、着いた途端に歓声をあげられ、げんなりする。

長いウェーブの髪の間から

けだるげに空を見上げると

桜の花が寂しく散っている。



諦めちゃだめだよ、あなたの人生なんてまだまだ始まったばかりですから…。

まあ、私もあなたと同じ歳くらいのときはなにもかもどうでもいいと思っていましたけどね。

それを変えてくれたひとが、女性がいたから。



「きゃっ」

声がしてはっと我にかえる。

足元で女の子がうずくまっていた。

どうやらぶつかってしまったようだ。

「大丈夫?」

一応きいてみた。

「あ、はい!」

明るく答えたその女の子は、すくっと立ち上がって、まあさをみてにっこりした。

「あの、わたし霜月亜衣っていいます。よろしくお願いします!」

「自己紹介してなんて言ってないけど、、、」

「あ、ごめんなさい!」

「はやく行かないと間に合わないんじゃない?」

「え?」

「それ。」

まあさが霜月亜衣の胸にある新入生の花を指さす。

「新入生でしょ?入学式、遅刻じゃない?」

「えっとー、講堂どこかわからなくて迷っちゃって!」

「一緒にいく?」

つい言ってしまった。

「え!?いいんですか!お願いします!」

霜月亜衣はぺこりとお辞儀をした。

先をいくまあさを、嬉しそうに霜月亜衣はついてくる。

新年度早々、面倒なことばかりだ。



まあさは中学3年の秋にこの学園に転入してきた。

街で身も心も迷子になっていた時

学園長に拾ってもらったのだ。

それから約1年半。誰とも深く関わらず、この学園での時を過ごしてきた。

関わりかたもわからないし、関わりたくもなかった。

学園長に拾ってもらった恩はある。

でも、なんのために学校に通っているのか、なんのために同世代の人間と過ごしているのか、自分に未来なんてあるのか

全く答えは出ず、答えを出す気力もなく

漫然と時を過ごしていた。



学校が終わり、女子寮にいく。

休み明けで久々の寮だ。もう部屋割りは出ているだろうか。

新年度には新しい部屋割りが発表される。まあさは昨年度まで、卒業した先輩と同室だったので、今日から新しい同室のパートナーが決まるはずだ。

ラウンジに張り出された部屋割りを見にいく。

女子たちがまあさをみて、そそくさと道をあける。

小声で「葵せんぱいだ~」という声が聞こえてくる。やかましい。

部屋割りを確認する。まあさは2階の部屋のようで

同室は……。

「亜衣、葵せんぱいと同室なんだ!いいなあ!」

声がしてふりかえると

今朝の「霜月亜衣」が友達と話していた。

「あ!」

まあさに気がついて、彼女がかけよる

「今朝の!!お名前、葵先輩っていうんですね!」

「同室なんだね。きみ」

「うれしいです!よろしくお願いします!!」

満面の笑みで霜月亜衣は言う。


霜月亜衣と二人で部屋に入る。

自宅から送った荷物はすでに部屋に入れられていた。

部屋はビジネスホテルのような感じで、ベッドが二つと勉強机が二つ配置されている。

「素敵なへや~!」

彼女は入室早々そう言った。

「?もしかして高校からの編入?」

この学園は中高一貫の全寮制なので、中学時代に寮生活は体験しているはずだ。

「はい!そうなんです!寮生活は初めてで!」

「ふーーん」

まあさは荷解きを始める。

「あの!なんて呼べばいいですか?」

「?」

「せっかく同室なんだから仲良くしたいです!」

どうして初めて会った人にこんなこと言えちゃうんだろう。

「なんでもいいよ」

そう答えると

「えー、じゃあー、「まあさちゃん」!」

”ちゃん”!?

「!?」

「だめですか?」

「……いいけど。」

「私のことは”亜衣”って呼んでください!」

勝手に呼び名が決まり、満足気な亜衣は荷解きに入った。

この子のペースに、これから振り回されそうだ。

まあ、べつにいいけど。


しばらくは2人で無言で荷解きをしていた。

お手洗いに行こうと立ち上がると、

ベッドの上で亜衣が1枚の写真をじっとみているのに気が付いた。

まあさの視線に気が付いたのか、振り返る。

「わたしの家族っ」

覗き込むと、写真の中で

亜衣と思われる3歳くらいの女の子と

やさしそうな顔をした父親と思しき男性、

そして芯の強そうな、母親と思しき女性がほほえんでいた。

「幸せそう…」

思わずつぶやく。

私にはなかったもの、

私とは違う世界の人。

「どうしてこの寮にきたの?家に帰りたいんじゃない?」

ついそう聞いてみた。

「…追われてるの。」

「え?」

まあさが問い返すと何事もなかったように笑って

「さ、荷物片しちゃお!」

と写真を手帳にしまい、亜衣は言った。



どうしてそんななっちゃったの?

知らない、そんなの私が私に聞きたいよ。




「本当にいくの~?」

呼び鈴の前で弱気になっていうのは如月千冬。

この春で中1。

「だって挨拶しないと!隣の部屋なんだもん!」

そう答えるのは千冬の双子の姉、千春。

「でも~葵先輩でしょ~近づきがたいって噂だし…」

「もう!わたし押すよ!」

千春がブザーを押した。

ピンポーン。

ばたばたと足音がして扉が開いた。

ショートカットの似合うかわいらしい女子が顔をだした。

「だれ~?」

後ろから、何事?といった表情で葵先輩が顔をだした。

小声で「噂通り美人っ」

と千冬がつぶやく。

「あの!私たち隣の部屋なので!挨拶にきました!

さきほど入学式を終えてこの学園に入学しました

如月千春といいます!」

千春がそう口火をきった

「同じく、千冬です。千春は私の双子の姉です。」

控えめに、でもしっかりと千冬は言った。

「そっかあ、双子なんだね。どうりでよく似てると思った~」

扉を開けた女子がそう言う。

「私は霜月亜衣です!高1でこの学園に編入しました~」

「しもつきせんぱい?」

「亜衣でいいよ~」

亜衣先輩はそう言ってにこにこ笑う。

「さっ「まあさちゃん」も!」

「”ちゃん”!????」

千春と千冬が思わず叫ぶ。

ちゃん付けされた、葵先輩はゆっくり前に出てきた。

「葵まあさ。高2。」

ぼそっとそういった。

「ずいぶんとシンプルな自己紹介ですねえ」

千春がずばりそう言う。

「千春!!!!」

慌てて千冬が制する。

「ねえねえ、こんなところで長話してないで

場所かえない?」

亜衣先輩がにっこり笑ってそう言った。


亜衣の提案で4人は夕方の散歩に出かけた。

正門から続く桜並木。この両端に中等部と高等部が向かい合っていて

奥に女子寮と男子寮がある。

奇妙だな、とまあさは思う。

今日会ったばかりの3人と桜をみながら散歩しているなんて。

さっきから亜衣、千春、千冬はなにやらいろんなことをしゃべっていた。

よくそんなに話すことがあるなと思う。

「で?まあさちゃんは?」

亜衣がまあさの顔を覗き込んでくる。

「…?なに。聞いてなかった。」

「も~!だから!」

亜衣がそう言って、急にまあさの前に立ちはだかった。

まあさは急に歩くスピードを緩められず、亜衣の足につまずいた。

「!」

気がついたらこけていた。

たぶん正面からばったりと。

体の前面全体に痛みが走る。

「葵先輩!大丈夫ですか!???」

千冬が声をかけてくれた。

すると、

「あははははははは!!!!」

けらけらと高い笑い声がして声の方を見ると

千春が腹をかかえて笑っていた。

「千春!!!」

千冬が焦ったようにいうと

「だって!!コントみたいに転んだんだもん!葵先輩!!!亜衣先輩もそんなに急に前にでちゃダメだよーーーあははははははは!」

あまりにも爆笑する千春に、亜衣はぽかんとしている。千冬は慌てて千春を制している。

「ち…千春、笑いすぎ…」

つい恥ずかしくて言い返してしまう。

視線にはっと気が付くと

通りかかったと思しき学園長が

こちらをみて、ふふっと笑っていた。

「わ…笑わないで…」

そう言ってうつむくまあさに、

学園長はにっこりとほほ笑んだ。


物語はまだ始まったばかり。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る