花が咲く理由

@mugimugimugianemone

花が咲くのにはきっと理由がある

戦争はいまだ終わる気配がしない

街には死体が焼けたにおいやら火薬のにおいやら乾いた風のにおいやらが漂っている。

生まれつき運動神経が良かった私は、わずか十四歳で前線部隊の訓練に参加していた。

このにおいに違和感を覚えられないほど、平和のにおいはとうに忘れてしまっていた。

入隊したのは二年後の十六歳。もう正式入隊から三年がたつ。

第二前線部隊隊長。これが私の肩書である。


本当は平和な地で本を読んだりピアノを弾いたりしたい。

ただそんな幸せな日々はどれだけねがっても手に入らない。

願う暇があるなら訓練の内容を考えていたほうがよっぽどいい。

明日も早い。もう寝てしまおう。



「兵たち、おはよう。

 今日は昨日連絡していたように前線部隊訓練がある。

 優秀なみなたちがかつて訓練を行った場所であろう。

 今月も候補兵は豊富だ。

 あの時を思い出してぜひ楽しみながら新たな兵を育ててみてほしい。

 話は以上だ。質問は直接来ること。」


この国の戦争部隊では月に一度、前線部隊訓練が行われている。

全体での戦闘力の向上や人員の確保、優秀兵のスカウトなど数えきれないほどの役割を果たしている。

さて、今月はどんな兵士が集められているんだろうな。




「私は第二前線部隊隊長だ。アイビー隊長とでも呼んでくれたらいい。訓練とはいえど、配属部隊が決まる重要な訓練だ。

 気を引き締めて取り組むように。」

ざっと450人というところか。なぜこの国の国民は命をすすんで捨てたがるのだろうな?

まあでも人員は多いほうがいい。それぞれの活躍を期待しよう。


各部隊隊長はこの訓練で最大10人、副隊長は5人をスカウトすることができる。

スカウトされなかった兵はそれぞれ能力を吟味したうえで配属先が後に決まる。

とはいえ、無理に人数を増やしたところで足を引っ張られては困る。各部隊15人までスカウトすることは少ない。

私自身も毎月二人ほどしかスカウトしていない。

しかし今月はあまりめぼしい人材はいなさそうだな。


「おい!!!何をしている!!!」

この声は四番隊隊長。


「二番隊隊長アイビーだ。その兵士が何をしたんだ?」

「いやそれがですね」

「見てください!!これアネモネですよお。軍の敷地内なのにたくましいなあ。」

なんなんだこの新人兵は!?訓練中だぞ!

「新人兵、名乗れ」

「はい!僕はグルースから来ました、ミルです!!」グルース?あそこは確か戦争のない地帯だったはずだがなぜだろう」

「ミルか。貴様に話がある、二番棟に向かうからついてこい。ということだから四番隊隊長、もういいぞ」

「はっ!」


さっきから一緒に歩いているがこいつからまったく戦争のにおいを感じない。

「貴様、グルースから来たといったな。グルースは戦争などないはずだがどうしてここへ来た?」

「んー、神様がここへ行けと言った気がするんです。」

「それだけか?」

「はい。それだけです」

「ミルといったか。貴様、おかしな奴だな」

「えへへ」

「ほら、ついたぞ。今からこの部屋で説教してやるから入れ」

なんだかこいつといるといつも引き締めている気が緩むな。


「さて。貴様、さっきなにをしていた?」

「走っていたら紫のアネモネと赤いアネモネが寄り添うように咲いていたんです。こんな場所でたくましいなあと勇気づけられまして。つい誰かに教えたくなってそしたら四番隊隊長?

がいたので声をかけてしまいました。」

「訓練中だぞ。危ないだろう。貴様には危機感がないのか?」

「今思えばとても危ないですね!!!なんだか膝が震えてきました・・・」

「まったく貴様は。故郷の平和が忘れられないのか?」

「それはまあそうですね。風が柔らかくて、優しいにおいがして。」

「いいところだな」いかん、つい本音が漏れてしまった

「隊長、意外と素直なんですね」

「やかましい。私は貴様に説教をしているんだぞ。ま、まぁ貴様の故郷の話は少し気になるところだが。

 貴様には特別に訓練をプレゼントしてやる。それをクリア出来たらまた故郷の話を聞くことにしよう」

「精一杯やりますね!」健気な奴だな本当。


「よしじゃあ今から貴様がする訓練の説明をする。

 方法は単純だ。あそこに背の高い男の兵がいるだろう。あれはうちの隊の副隊長だ。あいつの銃を奪ってこい。

 10分以内に奪えたら合格だ。わかったな?」

「あの人ですね、わかりました!」

実はこの訓練、尋常じゃないほど難易度が高い。

うちの副隊長はかつて一番隊に属していた。こちらへ降格になった理由はそれなりにあるが、やはり優秀である。

この訓練に合格した兵はまだいない。


「アイビたいちょー!!とったとった!!!」

「は?」

「おいまて新人兵!!!銃を返せ!!!」

おいおいおいまだ4分もたってないぞ!

「アイビー隊長!これはどういうことですか!!」

「あ、あぁすまん。特別な訓練をこいつに科したんだが・・・。まさか合格するとは思わなかった」

「なるほど、にしても久しぶりですねこの訓練。いったい何をしでかしたんですか」

「気になるだろう、こいつおかしな奴なんだ。とりあえず迷惑をかけてすまなかった。持ち場へ戻ってくれ。」


「貴様。故郷では何をして過ごしていたんだ?」

「毎日ご飯食べて、釣りをして、寝て過ごしていました」

「その身体能力はどうした?はっきりいって桁違いだ」

「僕褒められてますか!?うれしいなあ」

「ミル。貴様うちの隊に入らないか」

「入ったらたくさん故郷の話できますか??」

「もちろんだ。貴様が飽きるまで聞いてやろう。」

「では入ります!!いやぁ楽しみだなぁ!!」


こうしてミルはうちの隊へ配属されることとなった。

一つ心配なのは半年後、あいつがちゃんと生きていられるかどうかだ。正直スカウトされた新人兵は初めての戦場で命を落とすことが多い。

優秀な人材だから失いたくはないが。


「アイビー隊長!!故郷の話しましょう!!!」

「あぁ、いいぞ。心置きなく話してくれ」

心配はあったがこんな毎日が続いた。

話は全然尽きなかった。このままこの時が続いていけばいいと心から思った。


あっという間に半年たってしまった。今日はミルにとって初めての戦場だ。

「ミル、訓練は山ほど積んできた。だからきっと大丈夫だ。これからも毎日故郷の話をしてほしいと私は思っている。

 しくじるなよ」

「任せてください!」



けたたましいサイレンももう聞きなれた。

叫ぶ声、目が濁った死体、傷だらけの兵士。

死んだ仲間もいる。しかしいちいち構ってはいられない。

ここで涙を流せば、もっと多くの人々が涙を流すことになってしまう。だから私たちは戦わなければいけない。

たとえ愛する人がいても。その人から毎日楽しい話を聞きたくても。



戦争が始まって三日たった。第二前線部隊は幸いにもみな生き残っている。

うちの軍全体で見ても生き残った兵士のほうが多いようだ。

もう少しだ。あと二日ほど経てばまた元通りの日常になる。生き残れ!


「気を抜くなよ、兵士ども!!!」


叫んだ直後、なんだこの匂いは。何かがおかしい。異臭は異臭なのだがいつもと明らかに違う。

まずい、大型爆弾・・・!?


「ここを離れろ!!撤退だ!!」

突如、希望は絶望へと変わった。第二前線部隊がいるここは正直避けようがない。



大地に響く衝撃、悲鳴をもかき消す爆発音、熱と風、眩む視界。

ああ、戦争などなくなればいいのに。くだらない。


──


自分の死を悟った。もう体は動かない。

意識を保っていることが奇跡である。


「・・・ちょー!隊長!!」柔らかい、どこか暖かい声がする。なんどもなんども聞いた愛しい人の声だ。

「な・・だ。んな顔・・しやがっ・・・」喋れない。喋りたいのに。

「隊長がしくじってどうするんですか!!故郷の話たくさん聞きたいんじゃないんですか、ねえ隊長!!」聞きたいさ。まだまだ聞きたい。

「す・・まん」

「隊長!!」もうだめだ。私の意識は遠のいていく。

愛しい人よ、私は待つから。待つから、また話をしに来てくれ。



「僕は絶対あなたの隣で咲きます!」

遠のく意識の中、最後に聞こえた愛しい人の声、言葉。

あの時話を流してしまったが、しっかり覚えている。軍の敷地に咲いていたアネモネは二輪だった。

・・・気長に待とうじゃないか。

だからいつか、私の隣で咲いてくれ。



戦争が終わった20年後

いつかの戦地はアネモネが咲き乱れる地になった

いつかの軍の敷地はのどかな地になった

レンガが敷き詰められた敷地で力強く咲く二輪のアネモネが風に揺られている。












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