異世界を生きる -otherworldy life-

白昼

プロローグ

 大きな買い物をするときはいつも秋葉原だ。目的はなんといっても漫画やライトノベル、アニメグッズを買うためだ。周りを見渡せば会社帰りのサラリーマンやパソコンなどの電気製品を求める者、飲みの集まりやメイド喫茶を目的にやってくる者、そして自分と同じ目的をもってやってくる人。人を見ているだけでも楽しいこの町、街中で交差する度に新たな出会が待っている。そういう楽しい街だ、秋葉原は。


「北海道フェア、やっています。今なら乳製品が20パーセント引きです。」

「今日飲んでいくか? ちょっと食いたい気分だから神田のあの店行くか。」

「『すぱしーば!』 アニメーションの二期が決定しました。 放送は来年の秋から!」


 ここ数十年でこの秋葉原も変わったものだ。子供の頃から庭のように秋葉原を使っているが、お父さんと良く寄っていた時期はパソコン関係が中心でアニメなどはそこまで浸透していなかった。むしろこっそりあるようなものだったはず。それが今では大々的に展開しサブカルチャーと呼ぶには大きすぎるほどに広がっていった。自分が生まれる前はどうだったのだろうか。


 父親から借りた大きすぎるリュックの中に漫画やライトノベルなどのグッズがあるために重く感じる。おそらく急遽借りたからそれ以外の物も入っているに違いないが、半分は自分のだろう。そして片手にはフィギュアが入った袋、自分が欲しいと思っていたものが手に入ったときの帰路、それはもう格別だ。


「そういえば。」


 思い出したかのように携帯を取り出す。ツベッターを開くと自身のつぶやきに返信が来ている。SNSも自分にとって日課と化している。多くの人たちに情報を共有できる、便利な世の中になったものだ。とりあえず今日手に入れた戦利品の速報を呟こう。帰宅したら写真を載せて再度呟き、後はブログに乗せるだけだ。


「すぱしーば! 二期だってよ。俺一期見直そうかな。」

「じゃあ俺のブルーレイ貸すわ。」


 後ろの会話がまさに今呟こうとしている内容と同じ、タイムリーな話題だ。自分も待ち望んでいた事でもあるし、本日最新刊発売と聞いて速攻で買った。また難民が生まれるであろう。

しかしこういう話題が普通に見たり聞いたりするのも当たり前になったものだ。偶然にも右を見ても左を見てもアニメグッズなどを購入している人達が多い。若い世代だけではなくて、中年ぐらいのサラリーマンも同じようなものを持っている。時代を感じる、いや年を感じる。まだ自分はそんなことを考える年でもないのに。

 ぼんやりと考えながら左横を見るととても綺麗な女性を見かけた。まるでアニメから出てきたかのような素敵な目、髪は風によって美しくなびいている。アニメのワンシーンみたいな佇まいの彼女はさながら…。


「まもなく、5番線に…。」


 電車のアナウンスを聞いてこの考えは止めた。こんなこと考えているのなんてアニメの主人公みたいだ。もし誰かに頭の中身を見られているのであれば恥ずかしいどころではない。


「おらぁ!」


 突然、左横からざわつきや電車の音でさえも凌駕する男の叫び声が聞こえた。ほとんどの人がその人に視線が行く。こういうおかしい人は電車を使っていればたまに遭遇するものだ。生息地はどこにでも、主な原因はストレスか或いは。



 しかし何故だ。その男は目の前で電車を待っていた女性をホームから線路に向けて蹴り落とした。あの綺麗な女性を線路へ。

ゆっくりとした時の流れのように見える中思う。あの男はただ、あの女性を殺そうとしていた。だから目の前の女性を蹴って落とした。恨みでも何かあるのだろうか、それは私にはわからない。だがあのような事は起こってはいけないはずなのに、それは起こってしまった。一言で言うならば。


「くそったれ。」


 そんな言葉を吐いていながらだ。何故かは分からない。ただ遠くから電車が来ていることは分かっているのにも関わらず自分は地面を蹴り、女性の方へと向かっていった。手に持っていたアニメグッズが宙に舞う。そして女性の顔が見える。おそらく自分と同い年ぐらいだろうか、こんな所で人生が終わるなんて嫌に決まっている。自分だってそうだ。じゃあ何故飛びついたか、それは分からない。ただ、助けに向かう。


「ボタン! 早く!」

「逃げて!」


 少し間があき、後ろからは悲鳴と叫び声が交じり合う。『いまさらかよ』自分は思う。ほとんどの「人々」はただ傍観者であること。そしてそこから野次馬へと変貌していく。ああ、これで自分が轢かれたらカメラとかで事故現場を写真に収めてSNSなどに上げるのだろう。自分の勘違いかもしれないが、少なからずそういう考えも持った人が必ずいるだろう。


 なんて捻くれた人間なんだ自分は。


 それでも自分は助けに向かう、考える余裕があるならば。線路に降り地面に落ちた女性をただ、必死に持ち上げる。もうすでに近くには電車が。ああ、これは間に合わない。確実に。


『死ぬ。』


 そう思い浮かんだ瞬間、少しだけ時がゆっくりと進んでいる気がした。死ぬ前に走馬灯を見ると良く言われているが、まさにそのことだろうか。そうして頭の中に出てきた考えが、


『死ねば異世界にでもいけるのかな。』


 いやどれだけ自分の頭はお花畑なのか。そんなこと現実的にありはしない、かもしれない。少しでもその方向性を考えている自分に引く。そんな考えを持った自分と喧嘩しようとしたとき、頭の中にはある言葉が浮かんできた。お母さんから教えてくれた言葉。


『死なんていつやって来るかはわからない、だから精一杯生きなさい』


 ああ、まさにその通りだ。今、ここで死ぬかなんて考えたこともない。どうして死ぬ前にこんな言葉が出てくる。


それはわからない。

 だがまだ生きている。

 だったらどうすればいい。

 答えは簡単だ。


「生きるために足掻いていけ。」


 足は逃げるべき、助けるべき方向へと必死に進んでいく。

 進め、行け、走れ。

 防衛本能が働く。

 生きろ、己のために、誰かのために。


 この絶対的無理な状況においてここまで冷静な考えを持っている自分自身に賞賛を与えたい。いや違う、どこまでナルシストなのだろうか。むしろ悪寒を感じる。

 それよりもだ。この女性を助けるために今ここにいるのに、そんなことを考えている暇はあるか。少しでも生存率を上げるにはどうすればいい。今この場で思い浮かんだことはただ一つ。


「自分がクッション代わりになればいい。」


 女性を電車に当たらないような抱き方にかえ、自分が電車に背を向けるように飛んだ。飛び込む寸前に見たものは電車が目の前へと迫ってきた瞬間。俺は果たして生き延びられるのだろうか。ぶつかることはもう確実だ。


 後は何に任せればいい。

 そんなものは無い。

 生きたい。

 女性を死なせたくない。

 ただその気持ちだけ。

 願わくはもう少し時間が欲しかった。

だから自分は叫ぶ。




「待っ―――――。」

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