第15話 再出発

 翌朝、まだ薄暗い中目を覚ました。

 テントから外に出て町を見まわすがモノノケの気配はしなかった。少し安心した僕はテントの傍を離れて南西の方角に向かって手を合わ目を閉じた。


「故郷に祈りかな?」


 突然の声に驚いて後ろを振り向くとキムツジさんが立っていた。


「ああ、おはようございますキムツジさん」


「おはよう。……ここから南西と言えば大分とか熊本の方か。最近瘴気の霧に飲まれたと聞いたよ」


「はい。故郷が熊本で……。そこに母の墓があるんです。毎朝忘れずにこうして拝んでいます。そうしな悲しむと思うから……」


「そうであったか。野暮なことを聞いたな」


「いえ、お構いなく」


「……さて、巫女殿は我らの同行を許してくれるかなぁ?」


「僕は本人ではないからわからないですが、きっと許してくれますよ」


「うむ、そうであってほしいな」


 ビルの合間から朝日がのぞき街を照らした。空は雲一つない快晴。今日も移動するにはいい気象条件になった。


「よし、そろそろ全員起きただろう。テントまで戻るとしようではないか」


「そうですね。そうしましょう」



 テントに戻ってくるとレイナとナギサさんが焚火を焚いて朝食を作っているようであった。


「おはよう皆の衆!」


「もう、朝っぱらから声が大きいわね。どこ行っていたのよ?」


「なあに。男と男の秘密話をしていたまでだ」


「はあ?まあいいや興味ないし。とりあえずご飯食べましょ」


 焚火の前に座ると雑に棒が突き刺さったパンがあった。少しばかり焦げているがまあ食べられるだろう。

 僕はレイナの隣に座った。


「また焦げパンか……。もう少しうまく焼けないのか?ナギサくんよ?」


「食べられればいいのよ。贅沢言わない」


 どうやらナギサさんは料理がかなり苦手らしい。そして料理の腕を改善する気は毛頭ないようである。普段はキムツジさんが作っているのだろうか?この人はこの人で料理ができそうにないのだけれど。

 パンを手に取ってかぶりつく。カリカリとしているが焦げが苦くておいしくはない。これなら乾パンの方が幾分マシだと思う。


「レイナ、気分はどう?」


「大丈夫です。昨日はよく寝れましたから」


「それならよかった。……答えは出てる?」


「はい」


「そうか。わかった」


 パンを口いっぱいに詰め込んで無理やり飲み込んだ僕はテントを片付けて出発の準備を始めた。


「うーん不味い!」


「いいからだまって食いなよおっさん!」


「だって不味い……」


「どっか行ってるのが悪いのよ」


 二人は未だにパンのことで言い合っているようだ。仲がいいのだか悪いのだか……。


「さて、まあパンが不味いのは仕方がないとしてだ」


「まだ言うか!」


 キムツジさんは声のトーンを落として真剣な表情に変わった。それを見て僕は作業を中断した。


「レイナ、我々を同行させてもらえるのか、それについて聞きたい。次の目的地は防府だろう?暗くなる前にたどり着いておかねばならないからもうすぐ出発だ。その前に聞かないとな」


「……はい。考えさせてもらいました。私はできる限り同行人数は少なくしたいと考えています。それにあなた方は私の、いえ、正教のことを一般の方以上に知っているようですね」


「そりゃあ仕事柄ね」


「正直あなた方への疑念は消えはしません。ですが、一刻も早く広島を目指すためにはあなた方とともに行動したほうが良いのも事実でしょう」


「では、同行させてもらえるということだね?」


「そうです」


「ふぅぅ……それは良かった」


 キムツジさんは安堵したかのように息を吐いて笑顔を見せた。仕事とも言っていたし同行できなかった場合少々まずいことになっていたのだろう。そういう所を考慮したかどうかはわからないがレイナに出した決断なので僕がどうこう言うことではないだろう。


「決まりね。それじゃあこれから短い間だとは思うけれど、よろしくねレイナさん」


「はい。よろしくお願いします」


「それじゃあ準備をして地図を確認するとしようではないか。と言っても海に沿って行けばよいのだから道を間違えようがないのだがな。万が一ということもある」


「そうね。じゃあ早くそのパン食べなきゃね?」


「……。またこれで口論するか?」


「喋らず食べればいいだけよ」


「くどいなぁ」


「あんたがで、しょ!!」


 ナギサさんが無理やり黒焦げパンを口に突っ込ませて黙らせてしまった。……下手すると窒息で死にそうなものだけど大丈夫だろうか?


「はは、楽しくはなりそうだね……」


「私はあまり賑やかすぎるのは好みません」


「静かすぎるよりはいいよ」


「そうかもしれません。ですがアスカ。覚えておいてください。私は今信用しているのは貴方だけです。だから……もしもの時はお願いしますね」


「わかった。任せておいてくれ」


 レイナに信用されているというのはうれしいことだが、二人にも頼る場面は多々ある。つまり、僕から彼らに協力要請をすることになるのだろう。

 話しながらテントを片付けて荷物をまとめておいた僕は地図を取りだした。海沿いを通るだけとはいえ、通ったことの無い道である以上よく見ておかなければいけない。


「……ぐっふぐふっ!あーー死ぬかと思たぞ!」


「さて、アスカ君!いつでも出発できるよ~」


「君はこっちのこと気にしないのだな……」


「はい。こっちも準備できています」


「ううん!よし、では出発するぞ!!」


 さっきまで苦しそうにしていたというのに大声で声を上げた。本当に元気な人だ。

 僕たちは防府市に向かってキャンプ地を後にした。

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