第1章 旅立ち
第2話 難民キャンプ
下関市の難民キャンプには九州地方から逃れて来た人達が集まっていた。
というのも、1ヶ月前に鹿児島が紫色をした瘴気の霧に飲み込まれてしまったのをきっかけに凄まじい勢いで九州地方を北上してきたのだ。
車両のない僕たちは徒歩もしくは馬車を使ってなんとか逃げ延びた。
僕は関門海峡の向こう側に見える暗く霧がかった大地を眺めて物思いに浸っていた。
「……やっぱり、此処にいたんだな」
背後からした爽やかな声がして振り向くと、筋骨隆々のおじさんが立っていた。
「ヤスアキさん」
ヤスアキさんは東京出身の元傭兵で20年前に勃発した戦争では停戦になるまで最前線で戦っていた人で、今はその戦闘能力を買われて僕たちのような難民をモノノケから守る民間の自警団に所属している。その上ルックスもいいし声も爽やかと文句のつけようがないイケメンさんである。
「そろそろ食事の配給が始まるぞ?」
「わかった、すぐ行くよ」
僕は故郷に向かって手を合わせて深く礼をして、ヤスアキさんと共にキャンプへと戻った。
難民キャンプの最も大きなテントに大きな馬車荷台が横付けされており、そこから食料が運び出されている。テントの前には既に人々が列を作っていた。
「ちょうどいい時間だったな。アスカは列に並んでおけ。俺は配給を手伝わないといけないからな」
ヤスアキさんは走って馬車に近づくと荷下ろしを手伝い始めた。
僕は大人しく列に並ぶ事にした。
並んでいて聞こえてくるのは昔の便利な時代を知っている人たちの愚痴ばかりだ。
昔ならすぐ避難できたとか、乗り物さえ使えればなんて事はないとか、政府への皮肉とか、昔々とうるさくて仕方がない。
テント内に入ると配給を受け取る人からもこれっぽっちかと小声で愚痴が聞こえてくる。
誰もかれも不満しか持っていないらしい。食事にありつけるだけ幸運だとは思えないのだろうか?
僕は嫌になって配給を受け取ると会釈をしてそそくさとテントから出ようとした。その時、背後からおじさんの怒号が響いた。
恐る恐る振り返ってみると配給を受け取ったおじさん同士で揉め事が起きているようだ。
「おい!お前ワシの飯より多くないか?」
「そぎゃんことなか!」
「何言ってんだ!?おいわかるように言えや!」
「こっの!」
拳を振り上げて殴り合いの喧嘩になりそうな所にヤスアキさんが止めに入った。
「落ち着いてください。食料は皆さんに均等に配っています」
「なんじゃと!」
難癖をつけた方のおじさんがヤスアキさんの服を掴んで詰め寄るが、すぐにそのとんでもない肉体に気がついたのかずっと手を引っ込めたが、今度はじっとヤスアキさんの目を睨みつけている。
「だから落ち着いてください!……そんなに食料が足りないというのなら俺の配給分を差し上げますので、ここはこれで勘弁してください」
そう言ってヤスアキさんは自分の配給分を差し出した。
「…….っち。仕方がない。次はこんなことにゃならんからな!」
おじさんは捨て台詞を吐いてテントから出て行った。
「……ありがとうございます。これ差し上げます」
博多弁を話していたおじさんがヤスアキさんに自身の配給を差し出した。助けてくれたお礼という意味であろう。
「いえ、これは貴方の分ですから」
「いや、でも」
「大丈夫です。1日くらい何も食べなくてもどうって事ないですから」
優しくてそう言って差し出された食料を受け取らずに笑顔を返した。
「お騒がせしました!さて、皆さんお腹いっぱい食べられますから安心してください!配給も全員分ありますから!」
ヤスアキさんの言葉で愚痴は消えていき、次第に笑顔が戻った。
ヤスアキさんはテントの出口に歩き始めた。
僕は出口でおにぎりを一つ取り出してヤスアキさんに差し出した。
「アスカ?」
「流石に何も食べずに肉体労働はキツいと思うけど?」
「ばーか!そんなやわじゃ傭兵なんてできてない」
そんな強がりを言っていてもお腹は嘘をつかない。すぐさま腹の虫が鳴いた。
「ほら、腹減ってるじゃん」
「……」
「強がらないほうがいいよ。もうおじさんなんだからさ」
ヤスアキさんは悩みながらも手を伸ばしておにぎりを手に取った。
「……じゃあ、有り難くもらう事にする」
「それが良いよ」
僕はもう一つのおにぎりを取り出して大口でかじりついた。
「お前、堂々と食うな」
「そりゃあお腹減ってるし。……あ、そうだご飯あげたからさ、また剣術教えてよ」
「それが目的か……」
「どうせ配給終わったら暇なんでしょ?」
「仕方ないな。わかったよ」
「約束だぞ?」
「わかってるって」
僕は約束を取り付けるとおにぎりを食べながら自分のテントに戻った。
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