校庭のタンポポ

ユラカモマ

校庭のタンポポ

 小学校の運動場の隅に黄色いタンポポが咲いていた。錆のついたピンクの滑り台の下、緑の長い葉をドレスのように広げている。お嬢さんのように堂々とした姿に真知まちは引き抜こうとした手を止めそばにしゃがみこむ。真知はもうすぐ卒業する小学6年生で最後の掃除当番の場所は校庭だった。北風の吹く中、手袋もつけず校庭の端にちょこちょこと生えてくる雑草を毎日10分かがんで抜いていた。けれど冬場は雑草が少なく大して仕事もなかったので殊更寒さが身に沁みた。そんな黄土色だらけの寒い場所でもタンポポは緑のドレスを挑発的に広げていた。タンポポは尋常でなく根をはる。そのため表面だけ取ってもどうせまた生えてくるのでもはや誰も相手にしないのだ。一度あまりにも暇を持て余して大きなスコップを持ってきて掘ってみたこともあったけれど10分丸々掘っても終わりが見えず、タイムアップになってしまった。かわいい見た目とは裏腹にタンポポというやつは中々強かなのだ。

 それから真知とタンポポには他にも因縁があった。真知はちょいと花を傾けて裏側を見る。すると予想通り緑色の縁が反り返っていた。外来種と言うやつだ。真知は授業で外来種について習ったとき、在来種である日本のタンポポと外来種である西洋タンポポのスケッチを課題に出された。真知は校庭でそれらを探したが探しても探しても西洋タンポポしか発見できなかった。こんなに外来種が身近にはびこっていることに驚いたしなんだか騙されたような気持ちになった。結局校庭で在来種のタンポポが見つけられなかったため真知は帰りの畦道あぜみちでなんとか見つけたタンポポのスケッチを描いた。あれから真知はタンポポの綿毛を見つけても不用意に吹かないことにしている。侵略者外来種の種をばらまくのはなんだかしゃくだからだ。

 けれども校庭には変わらず我が物顔のタンポポがはびこっている。花壇に植えられた花でもない雑草の癖に派手派手しく黄色の花、白の綿毛と姿を変え存在を主張している。この今は黄色いタンポポももう少ししたら白い綿になる。そうしたら誰かが千切って吹いて種を翔ばすのだ。そうして翔ばされた先で地中深く根をはりまた花を咲かせ種をつける。しぶとく、しぶとく。きっと日本からブラックバスが消えても西洋タンポポは生き残り続けるだろう。

 真知はそこまで考えるとアホらしくなってタンポポの横から立ち上がった。足が疲れてしまっている。それに今日はこれから図書館の本を返しに行かなくてはならない。借りていた本は草花の図鑑。なんとなく気になって借りてそのまま期限ギリギリまで留め置いてしまった。この図鑑にもやはりタンポポは猫を被って載っている。特にそれを感じるのはタンポポの花言葉である。この図鑑によるとタンポポの花言葉は「愛の信託」と「別離」。どこまでも図太く生きていそうな花であるわりにロマンチストを気取っている。

 ただ、まあ校庭の桜はきっと卒業式までには咲かない。それなら春の彩りとしてこの花の存在を認めてやってもいいかも知れない。年がら年中土色の運動場だけれど見送ってくれる花は少しでも多い方が見映えがする。それに真知はもうこの先運動場を掃除することも使うこともないのだ。タンポポがこの先咲き続けようが関係ない。

 タンポポは憎らしい花だ。けれど強くかわいらしい花だ。真知はタンポポに旧敵に向けるような笑みを浮かべて立ち去った。タンポポの種はこれからも拡散されていく。

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校庭のタンポポ ユラカモマ @yura8812

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