第71話 ちょっとくらい我儘言っても
「はぁー……抹茶フラッペ最高……」
「ぐへぇ……人使い荒いぜタツヤ……」
優雅に足を組んで抹茶フラッペを味わう御門と、その横でベンチにぶっ倒れているクラレンス。空は茜色から群青色に染まりだし、公園で遊ぶ子供たちも徐々に帰り始めている。幼い声がさようならを響かせる中、クラレンスは膝を震わせながら立ち上がった。
「……そろそろ帰ろうぜ。暗くなってきてるし、車待たせてるじゃん」
「えー……まだ抹茶フラッペ飲み終わってないんだけど」
「もうちょいで飲み終わるじゃん!」
「そうだけどさ。っていうか誕生日なんだからさ、ちょっとくらい
「……いや、タツヤ、普段から割と傍若無人じゃね?」
「うるさいよ」
抹茶フラッペを飲み干し、御門は満足げに息を吐いた。かすかに赤く染まっている横顔を見つめ、クラレンスは問う。
「なー、それ、抹茶とはいえフラッペだろ? 普通に甘くない?」
「そりゃそうだよ。フラッペなんだからちゃんと甘く加工されてるって。でも僕コーヒー飲めないし、こんくらいが丁度いいの」
「……タツヤ、意外と子供なとこあるよな」
「そういうクレアは変なとこで純血日本人くさいよね。さ、帰ろ」
抹茶フラッペのカップをゴミ箱に投げ捨て、立ち上がる。公園の出口に向かって歩き出すと、クラレンスは何の違和感もなく隣に並んだ。小さく息を吐き、御門は歩きながら群青色の空を見上げる。
「……ま、こういう誕生日も悪くないよね」
「そうそう。今日くらい悩みとか忘れて、楽しんでいんじゃね?」
公園をあとにして、通りに出る。雲一つない空のように能天気な声に、御門はじっとりと彼を見つめた。意地悪そうな笑みを口元に浮かべ、頭の後ろで手を組む。
「ふふ。じゃあ何して遊ぶ? 世界史しりとり? 物理しりとり?」
「どっちにしろ
「ワードチェーンね。5秒ルールでクレアから。はい」
「やんのかよッ!」
派手にツッコむが、御門はじっとりとした視線のまま笑顔を崩さない。クラレンスは慌てて周囲に視線を走らせ……特に何もなかったが、やけくそで答えた。
「……
「
「やれって言ったのタツヤじゃん!! Um……
徐々に暗くなってゆく新宿の街の中、赤毛と黒髪は
◇
「……さて、と」
机の片隅に置かれた時計が午後10時を指す。シャーペンを置き、一つ伸びをすると、不意にスマートフォンに通知音。神風はサブバッグに手を入れ、赤いカバーのiPhoneを引っ張り出す。ロックを解除してLINEを開くと、よくわからない文面が淡く輝いていた。
『1/10』
「……?」
山田からのLINEはいつも唐突で、一週間来ないこともあれば一日に二回来ることもあって。そのくせ神風から連絡したらすぐに返信がくるあたり、謎だ。それはともかく、今回のLINEは何が言いたいのかさっぱりわからない。『1/10』とは一体、何なのか。わからないまま、返信を打つ。
『……暗号?』
『ではない』
『じゃあ、なんだい10分の1って?』
『1月10日』
「……あ」
思わず呟くと同時、頬に熱が上がっていく。何故、何の根拠もなく10分の1だと思っていたのか。多分さっきまで数学やってたからだ。無理矢理そう理由づけ、神風は呼吸を整える。いや、部屋には自分以外いないから別に構わないのだが。
(い、いや、そうじゃないだろうッ! なんだい1月10日って……あ)
ふっと脳裏に浮かんだのは、今日が誕生日の御門。いつもと変わらないようで、どこか辛そうな笑顔。彼の表情に薄く影が落ちると同時、バチリと脳裏に電流が走る。多分、いやきっと。
『……もしかして、その日が誕生日だとか?』
『ああ』
一瞬で表示された返信に、思わず絶句する神風。はぁー……と熱い溜め息を吐き、淡く発光する画面を見つめる。
(たまにこうやって甘えてくるの……反則じゃないか……)
なんか納得いかない心情とは別に、勝手に高鳴ってしまう心臓を押さえる。スマートフォンを机に置き、次の返信を打ちはじめた。
『……わかった。その日になったら、なんかしよう』
『泊めて』
『え』
思わず送信してしまう。一度スマートフォンから目を逸らし、再び目を向け、数度瞬きして、それが見間違いでないことを確かめ……無言で受話器のアイコンをタップした。スマートフォンを耳にあてると一瞬の待機音ののち、即座に耳に馴染む声。
『なんだ』
「ねえ、スターライト、ちょっと何言ってるのかよくわからないんだけど」
『いや、このくらい普通じゃないか?』
「……え、そうなの?」
思わず気の抜けた声を上げ、神風は転がり落ちかけた受話器を持ち直した。よく考えれば山田は中学までは普通の学校に通っていたわけで、幼稚舎から鶴天に通っていた神風とは、“普通”のボーダーラインは当然違うのだろう。
『俺たち1月には付き合って半年になるわけだし、いいだろ』
「そういう問題なの? っていうか、その……何て言えばいいのかな」
『大丈夫だ。何もしない』
「……」
山田の声は淡々としていて、不思議とレモンの香りがして。今更熱をもってくる全身に耐えるように何度か息を吸い、吐き、神風は口を開く。
「……わかったよ。でももしかしたら当日に講習あるかもしれないし、日程は予定表渡ってから決めよう。泊まりに来るくらいなら、父様も何も言わないだろうし」
心配性さえどうにかなれば、それ以外は完璧な父親なのだが……と、神風は希望的観測を口にする。電波の向こうで山田が頷く気配。それを受け、神風は改めて口を開いた。
「それじゃあ、また明日。おやすみ、スターライト」
『ああ……良い夢を』
秋の夜に溶けていくような言葉を残し、そっと通話が切れる。神風は風の余韻を味わうように、スマートフォンを握って目を閉じた。窓から差し込む月は、もう少しで満月。
◇
(……)
妙に冴えた瞳で、御門は暗い天井を見上げていた。淡く発光するデジタル時計は午前0時半を示していて、布団にくるまってみたはいいものの、眠れる気配はなくて。脳裏でぐるぐると回るのは神風の笑顔と、その視線の先にいる山田の髪色。二人だけの世界には御門は入っていける気がしなくて、それでも神風の笑顔はどんな希望よりも尊くて。彼を幸せにしたいという願いと、彼に幸せになってほしいという祈り。天秤にかけようとしても、手が震えて。
(……ねえ、爽馬。僕、どうすればいいのさ)
息を吐き、首を横に倒すと、能天気に寝息を立てているクラレンスが目に入った。願い、祈り、彼にとってはどちらも大切なもので。ずっと抱えていた想いを捨てることはしたくないけれど、それでも。
(全く、罪作りな男だよね……爽馬って)
心の中ででも、毒づかないとやっていられなくて……薄く笑い、眠りに落ちようと目を閉じた。
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