アボカドの種

翔鵜

第1話 拡散する種

 モームは隣の家のチムが嫌いだった。だから、バカンスに行くと自慢する彼女に嘘を教えてやった。即ち、アボカドの種をおへそに貼ると、乗り物酔いが無くなると――。

「本当に?」

「うん。ふんわりした服を着れば、目立たないよ」

 もちろん、本当のまじないは梅干しの種だったけれど、モームはそれも試したことはなかった。どうせ信じないと思って、からかうつもりで適当に言ったのだ。



 ところが二週間後、チムがケーキを持ってやってきた。

「ありがとう、お陰で船酔いしなかったの! シュノーケリング楽しかったぁ」

 チムは過去に酔い止めの薬を色々試したが、どれも効果がなかった。今回、生まれて初めて乗り物に酔わなかったのだと言う。

 あのピンポン玉のように大きな種をへそに貼り付けた? 

 たぶんチムは、水着かウェットスーツを着たはずだ。へその部分が盛り上がった彼女の姿を想像して、モームは吹き出しそうになるのをグッとこらえた。スカッとしたのと同時に少しだけ罪悪感を感じる。

 

 だが、お礼にくれたケーキはモームの大好物の桜屋のチーズケーキだったので、彼女はまたしても嘘をついた。

「そうでしょう?秘密にしておいてね」

「わかった、誰にも言わないわ」

 ところが秘密を持つとなるとチムはうずうずした。家族や友人には秘密にしたが、こっそりと恋人のブラビィにだけ教えた。


 ****


 それから科学が進み、人類は頻繁に宇宙旅行に行けるようになった。

 モームはもう随分と年老いたけれど、町内の福引きで当たったので、イースという星に旅行に行くことにした。そこは第2の地球と呼ばれていて、自然豊かで食べ物が美味しいことから、注目を浴びている。

 近年開発された宇宙船は驚くほど快適で、ワープゾーンに入っても殆ど揺れを感じなかった。一瞬の高熱に包まれるがボディは頑丈で、丸い窓の外を見るとそこは塵ひとつない漆黒の空間のように見えた。



「素敵……」

 その星に降り立つと、そこはまさに楽園という名に相応しく、緑豊かで空気が美味しく、イース人は友好的な人種であった。

 イース星は、地球からは気が遠くなるほど離れていたが、偶然ブラックホールに吸い込まれた宇宙船の乗組員が数年前に発見したそうだ。以来イース人と地球人は交流を深め、旅行できるまでになったとガイドブックに記されている。

 無論ブラックホールを経由する航路の危険性は低くないが、それを逆手に取った旅行会社の『今際いまわの際にしてみたい旅行』というキャッチフレーズが当たり、にわかにブームがきていた。



 イースには幾つもの大きな湖があり、物珍しい魚が生息している。例えば、イース人の言葉を理解する魚や、カメレオンのように体の色を変える魚、鳥のように嘴のある魚もいる。

 観光の目玉は、瓢箪型の深緑の湖でのシュノーケリング及びダイビングである。

「みなさん、これを着てください」

 現地のガイドが説明すると、特殊なイヤホンから地球の言葉が聞こえる。モームは上下で色の違う、ウェットスーツに着替えた。上半身は緑、下半身は赤色である。この色だと危険な魚から身を守る事が出来るようだ。



「注意事項です! これを必ずへそに貼り付けてください」

 ガイドが茶色の丸い物体を人差し指と親指でつまんで見せる。へそ、と聞こえた気がした。肌に直接貼るのだろうか……。目を凝らして見るが、よくわからない。モームは敏感肌なので、素材を確かめる必要がある。人混みを掻き分け、近寄って尋ねる。

「それは、何ですか?」

 訝しげに尋ねるとイース人のガイドは、頭から高くピンとのびた耳を片方だけ曲げて微笑む。

「酔い止めの種です。ビューポイントへ向かう途中で激しく揺れますので、必ず貼ってください」

「何の種ですか?」

 モームは急に悪寒のようなものを感じだ。嫌な予感がする。

「アボカドという果物です。皆さんの星、アースから譲り受けたと聞いています」

「えっ……」

 モームは驚いて咄嗟に自分のへその辺りに手を当てた。

「知りませんか? 大丈夫、安全な果物です。クリーミーで美味しい果実です。種を水につけると発芽して、観葉植物にもなりますよ」

 ガイドは籠いっぱいの種をひとつ、モームに手渡した。













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アボカドの種 翔鵜 @honyawan

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