第15話 「存在の耐えられない軽さ」

「リディア、そろそろまずい」


セレスの協力をしてから3ヶ月、ついにというかそろそろというか。

リディアに強い死が視えはじめた。

しかもコレは……かなり厄介な相手だな。


「色付きですか?」

「ああ、コイツは紫……シャーズのヤツだ」


僕は2体の同胞から力を回収しており、黒衣カラーレスならむしろ呼び込んで始末できないかなと考えていた。

それが黒衣のクセに僕からチカラを奪ったヤツならなおさら。

けど、カミサマは見ているんだね。


破片シャーズ? 現能チカラなどは……」

「持ってる。しかも一級にヤバイやつだね。僕が月を喰らったときのチカラだ」

「はい?」

「……ああ、リディアに言うのは始めてか。

 かつては空にふたつ、月が浮いていたのは知ってるだろ?」

「ええ。たしか2000年ほど前には、そういう記録が」

「あれ、ひとつにしたの僕なんだ」


リディアは意味がわからない、といった顔をした。

「?」とか「うん?」って顔だ。

彼女がそういう表情をするのはなかなかないので僕はうれしくなった。


「えっと……飛行魔法ですか、だいぶ珍しいですね」

「うんうん」

「それに……月はかなり大きいという学者も……」

「そうだねー」

「……ちょっとデス太、フザケているでしょう」

「どーだろね」

「まったく」


ひとしきり彼女の反応を楽しんだあと、シャーズに奪われた現能チカラを教えた。

彼女は唖然あぜんとした。

そんなチカラは在り得ない。物理法則も魔法法則も無視していると。


「フザケているわけでは……ない、と」

「そうだね。だから逃げるのが一番かな」


ううん……と悩むリディア。

まあセレスからもオサラバできるし、僕としては三十六計はい逃げように賛成だ。


「しかし取り戻せばこの先の戦いに圧倒的に有利です」

「まあ、ね」

「デス太の取り返した『縮地』も相性はいいですよね」

「うん、あまりやりたい綱渡りじゃないけど」


しばらく考え込んだリディアは決断をした。


「ここで仕留めましょう。計画プランがあります」


------------


「いいよいいよ親友の頼みだもんね! 私はリディアに協力するよ、友情イベントみたいでわくわくしてきたよぉ!」

「はい、セレスなら賛成してくれると信じていました」

「えへえ! もっ、もっと信じてくれていいよ!」


リディアの計画にセレスはふたつ返事で了解した。

すこしは反対するかなと思ったけど……まあいいか。

このふたりはふつうの倫理観など持ち合わせていないのだ。

べつにどうでもいい。

リディアが守れるならそれでいい。


そうして湾口都市はシャーズを、僕の同胞を待ち構える罠の街と化した。


------------


深海のごとくくらい夜。

潮の匂いがむせ返るほど街を満たし、すべての鉄が錆びつきだす。

そんな名状しがたき不快な世界に、ポツンと染みのように第三者があらわれた。


「…………臭いな」


簡潔かんけつに彼は言った。

その言葉には嗅覚が極めて不快だという意味と、この街の命のバランスがおかしいという意味と。

なにか異常なモノが蔓延っているという意味。

すべてがこめられていた。


「自由都市、交易都市、そしてココ、湾口都市か」


彼の同胞たちはみな、大陸に散っている。

そのうち手が空いた者、自信のある者、あわよくばチカラを得んとする者。

そうした者たちはいま西方諸国をさまよっている。

特に最初に神殺しのあった自由都市に根をはり待ち構える者が多い。

下手人もわかっている。


強い死の確定したレーベンホルムの長女、そしてソレの傀儡かいらいと化したかつての同胞。

紫衣の死神、シャーズはかつての同胞が好きであった。

だからこそ200年前の、手前勝手な行動には心底がっかりした。

そのうえ今回の同胞殺し……すでに乱心の域にある。

すっぱりと、死ぬべき少女とともに葬ってやろう。


「――!」


その、強い死の少女が街路の先に見えた。

彼はすぐさま現能チカラを発現し、存在を移し替えた。

すぐそばの木箱と、少女の存在を。

そうして、鎌を木箱へ振るう。

木箱が断ち切られる代わりに、少女が輪切りになる……はずだった。

代わりに響いたのがガラスが割れ、砕かれる音。


「――チッ!」


ずいぶん小癪こしゃくな、子供だましな手である。

彼は素早く街路を走り、砕けた鏡のもとへ。

左右に視線を転がすと、右の路地に群青色のスカートの裾が。


「舐められたものよ」


疾駆する彼ら死神の速さはヒトを優に超える。

すぐさま路地の曲がり角にいたり、……その先は、無数のヒトで溢れていた。


------------


「うまくいったみたいだね」

「では私も手はずどおりに」

「いざゆけ、信者たちよー!」


重度の精神汚染にさらされ、すでに自由意志そんげんを失った彼らは、軽度の『魅了チャーム』で傀儡かいらいとなった。

いまは文字通り、人混みならぬ人ゴミとして路地を埋め尽くしている。

さらにシャーズの前後左右、ドアや窓からぞくぞくと。


「じゃあ行ってくる」

「デス太、どうか気をつけて」

「うん」


『縮地』で一足に。

シャーズのすぐ後ろへ現れる。


「やっ」

「貴様出たな、エレーミアスの技か!?」

「もともと僕のだよ」


そのまま引き切りを繰り出す。

本来は長柄でない至近の間合い。

そこから独楽コマのよう大鎌を操り、曲芸じみた攻撃を放つ。


「――ハッ、笑止!」


シャーズは僕ほどではないにしろ、鎌の扱いは病的だ。

初手から僕の得意技に反応し、秒で放った10の攻撃をすべて防ぎきる。


「堕ちに堕ちたなその腕! 名前通り月夜のおぼろとなるがいい!」

「あっ、あぶないよ」


僕やシャーズのまわりにわらわらとヒトが寄ってきた。

とても鎌を振り回すスペースはない。

そう、振れば当たってしまうからだ。


「――チィィッ! 邪魔だ!」


そう。死神は刈り取るべき命だけを刈る。

むやみやたらに刈り取ってはならない。

そう。本来は。


僕は気にせず引き切りを再開する。

たまに誰かが巻き込まれるが気にしない。

だって、誰かよりリディアのほうが大事だからね。


「――莫迦ばかなっ! 狂ったのか!?」

「極めて正常だよ」


明らかに彼の防御が鈍る。

下手に僕の防御に合わせれば、ヒトが死ぬ。

このレベルの攻防では、最適な軌道で得物えものを操らなければならない。

動かしちゃいけない場所だとか、そっちには振れないだとか。

そういうのがあるとガクンと攻防のレベルは落ちる。


いや……シャーズなら堕ちるとかいうのかな。

どうでもいいか。


「貴様! 貴様はヒトの命をなんだと……!?」

「そっちこそ、リディアの命をなんだと思ってるんだよ」

「はっ?」

「それに、まわりのコレ、もう人間いきものじゃないよ」

「――真逆まさか……貴様!」

人間いきものには心がないとね」


会話の間も攻防は続く。

攻防が続くと誰かが巻き込まれる。

そのたびにシャーズの動きが鈍っていく。


リディアが路地の廃屋の2階から、左手を突き出す。

ずるり、とただでさえ落ちた彼の力量がさらに落ちる。


「――ガッ!」


そうなれば、こうなる。

僕は特に危険な彼の視界を奪った。

横一文字に彼の顔が抉られる。

大振りのためふたつ、ヒトガタが巻き込まれた。


「やっぱりキミ、その現能チカラを使いこなしてないね」

「…………ハッ、しかり」


「さっきの鏡への攻撃でわかった。1、2秒かかるんだろ」

「……それで無価値な死を築いたと?」


「キミの間合いに入ったモノは、僕と交換される危険があったからね」

「……そこまで死を恐れるか?」


「そっちはどうでもいいけど」

「――狂っている」


そうして、彼はみずからの体に刃を突き立てた。

だが、即座に僕は彼の首を落とした。

自害ではチカラを回収できないからね。


「……しかし、本当に律儀な方でしたね。職務に忠実というか」

「昔からこうだった」


200年前の事件でも、いちばん怒っていたのは彼だった。

死神の領分だとか、世界の秩序だとか。

そういうののために生きているようなヤツだった。


すでにリディアは僕のとなりにおり、ずるずるとシャーズの残滓のこりものすすっている。

レーベンホルムの左手は貪欲に、料理でいえば皿を舐めるようにチカラを回収する。

そうして、シャーズの存在は完全にこの世から消え去った。

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