第9話 「交易都市の地下ダンジョン」

翌日の朝、待ち合わせの安宿まえに行くと、すでにジェレマイアは待っていた。

時間通りにキッチリ行動する人は少なく、それだけで彼は優秀なのだとわかる。


「ビンゴ! 君たち、なかなか早起きだね」


また指を指してきた。

ちょっとそのクセは治したほうがいいと思う。

人によっては本気で怒ることもありえる。



こちらだ、彼に連れられた先はスラムの一角。

崩れた遺跡部分にそのまま住みつき、場所によっては地下にまでソレはおよぶ。

地下街が形成された地区は俗にネズミの行路こうろとよばれ、治安はかなり悪い。


その危険エリアをジェレマイアはゆうゆう、気軽な散歩のようにすすんでいく。


「手早く説明する。

 死神クンは万が一のため、その『魔眼』を私にもむけておいてほしい。

 もちろんお嬢さんが優先だろうが、余裕があれば、ぜひ」


「わかりました」


そうしてジェレマイアを見てまた驚く。

リディアも気がついたらしく、ひそひそと僕に話しかける。


「デス太……彼……」

「ああ」


彼には、何重にも守りの術がかかっていた。

魔力感知センスマジック』『敵意感知センスエネミー』『防護プロテクション』『矢避けアヴォイド

円盾WOK』『防壁WAL』『対色アンチカラー』……


……ほかにも、ほかにも……しかもすべて上級かそれ以上。

多重に展開しているものもある。

たしかに、コレならよほどの罠でも彼を傷つけることはできないだろう。

自前の術式もあるだろうが、彼のローブでジャラジャラと踊る光り物……。


彼はどれだけの古代遺跡ダンジョンに潜り、どれだけの冒険を繰り返してきたのだろう。

やはり、尋常の域ではない。


さすがリディアにポンと魔法の品アーティファクトを渡すだけはある。


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ジェレマイアは扉の前に立つ老人に金貨を渡し、老人は無言で扉を開いた。

その先は、くろぐろとした闇が広がっている。


「ここからしばらく、いかなる明かりも意味を成さない。

 ……ところでお嬢さん、手をつないでもよろしいかね?」


リディアは一瞬意図がわからないという顔をしたが、すぐさま理解し彼の手をとった。

よし、と彼はうなずくと闇の中へためらいなく歩みだす。

僕は『死法の魔眼』をひらき、彼らの魂を目印に後につづく。


「これは冒険者のあいだでは暗黒地帯ダークゾーンと呼ばれている。

 手探りか、私のように道を暗記するか。なかなか厄介なトラップだ。

 ここで魔物に襲われた場合、対策なしなら打つ手なしだ」


「……ジェレマイアさんはどうやって?」


リディアが彼に質問する。

ほんとうに、僕以外にはしない行為だ。

……なんだか、胸がそわそわするのは気のせいかな。


「『生命感知センスライフ』『敵意感知センスエネミー』……灯りがなくとも敵を視る手段はいくらでもある。

 なんなら『物理反射カウンター』あたりを積んでもいいがアレはなかなか骨が折れる」


「…………。」


リディアは無言で考え込んでいる。

目の前の男の尺度ものさしがふつうではないのと、どうすれば自分がそれをマネられるのかを。

『物理反射』なんて、上級の魔法職スペルユーザーでも5秒いけるかどうか。


しばらくして暗闇を抜け、目の前には広い回廊が続いている。

いつのまにか浅層である下水道を抜け、地下神殿と呼ばれるエリアに入ったようだ。

広い空間で、たくさんの円柱が等間隔でならんでいる。


「いいかな、死神クン?」

「なんですか」

「私の見立てでは、ここは古代の貯水施設だと思うのだが、どうだろう。

 大雨などで下水があふれそうなときにここに一時的に逃がしておくなど……」

「すごいですね、大当たりです」

「おお、ありがとう」


確かに、2000年前はそういう施設だった。いろんな街にそれがあった。

そういう知恵のまわる人たちがたくさんいた。

みんなみんな、黒森に殺されてしまったけどね。


「今では悲しいかな、トラップ部屋扱いだがね」

「……そうなんですか?」

「探索中にここに水がなだれ込んできたら? 対策なしでは打つ手なしだ」

「なるほど」

「ゆえにここはさっさと通りたいのだが……」


ジェレマイアの目が絞られる。

その視線の先には、巨大なヘビが何匹ものたくっていた。

太さは丸太ほどあり、開いたアギトは人間をかるく呑みこめるだろう。


リディアはすぐさま『恐怖フィアー』を叩き込んだ。

指差しの呪い、練度は中級。


大蛇は……一瞬びくりとわなないたがそれだけだ。

むしろ威嚇いかくするようにリディアをにらみつける。


「――! ……なんで……」


「古代人の改良品種かDNAか知らんが、遺跡にはこういう手合がまれにいる。

 『防護プロテクション』を自前でそろえた、やっかいな連中だ」

「……その、どうするんです?」


いざとなれば僕が倒せばいいか……と大鎌デスサイズを握る。

しかし紅の男はにやりと口角を上げ宣言した。


「無論、それ以上の火力で叩きのめす」


ビンゴ、と男が呟き大蛇を指差す。

ただのそれだけで、彼の脇から疾走った火柱が大蛇に撃ち込まれる。

文字通り、炎の杭が突き刺さる。


指差す。杭が刺さる、ヘビが死ぬ。

指差す。杭が刺さる、ヘビが死ぬ。

ただそれが繰り返され、この空間にいた大蛇はすべて死に絶えた。


そりゃそうだ。

あんな丸太のような熱の塊を撃ち込まれて生きていられるわけがない。

おそらく、『防護』も『防火』も突き破るだろう。

あんな炎はみたことがない。


「『熱杭ヒートパイル』……私の得意技さ」


にやりと笑うその顔に、赤い帽子とローブ、ジャラジャラの光り物はお似合いだった。


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【大陸メモ】

この世界の代表的な防御魔法です。


矢避けアヴォイド』 

物理的な飛来物から身を守る。


防護プロテクション

害意のある魔法から身を守る。


『耐火』『対氷』『対雷』『対土』

それぞれの属性・あるいは精霊力から身を守る。

ちなみに『石槍ストーンスピア』は土の精霊の御業ですが、ぶっ刺さったらフツーに痛いので『対土』は無意味です。

しかも完全に物理的な飛来物でもないので『矢避け』もかかりません。

こういうモノを魔法的物理属性と呼称する人も。


『対色』

上の四色全マシマシ。

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