第8話 「レベル12魔法使い」

「ここが冒険者ギルドですか」

「人の格好がばらばらだね」


剣や槍など様々な武器を帯びた、いわゆる戦士がほとんどで、その中にぽつりぽつりとローブや僧服の者がいる。

若者が多いが壮年の者もおり、とってもごちゃごちゃした雰囲気だ。

ぼくはすこし苦手だな。


「交易都市の冒険者ギルドは、大陸で最大の規模を誇るそうです」

「だろうね」


外観からしても巨大だったが、中も広い。

ほぼ円形の建物で、中央に巨大な柱、それを囲うようにカウンターが設けられている。

あの柱は……大樹海のやつだな。

わざわざここまで持ってきたのか。

依頼の掲示板も大きな板が4枚、それぞれ東西南北の壁に据え付けられている。


「……あれは、その依頼のあるおおまかな方角だそうです」

「へえー」


いろいろ考えるものだ。

しかし方角によって依頼の数が違う。


「北や、東はずいぶん依頼書が多いね」

「……あっ、アレですよ。【黒森】じゃないですか?」

「ああ……なるほど」


2000年前はひどかったなぁ。

突然現れて森に呑まれた街がいくつもあった。

そのあと森からたくさん、たくさん魔物が溢れ出して大陸中の街が滅ぼされてしまった。

あの時ヒトの文明は1回めちゃくちゃにされてしまった。

土のアスタルテがいなかったらこれだけ早く復興はできなかっただろう。


「えーと、こっちは山脈で守ってるんだよね?」

「……ええ、維持はラクですがたまに漏れがあるとか」


黒森からの侵攻は、『地形操作』で造成した山脈か、壁と谷の防御で行っている。

山脈タイプは侵攻自体が難しく、少数の見張りで対処できる。

だがたまに少数が山を越え、村落を襲う。

森トロールぐらいだと、そのまま村がやられてしまう。

こうした【はぐれ】狩りの依頼が多いのだろう。


逆に東の王国は統制力でもって、常設軍がしっかり守っている。

数が多い時期は傭兵や冒険者も募集する。

僕が知ってる人間の黒森対策は、200年前とおおむね変わっていなかった。


「ではデス太、登録に行ってきます」


自信に満ちた様子で受付に冒険者登録のむねを伝えるリディアはしかし、まったく相手にされなかった。

とぼとぼとこちらへ戻ってくる。


「……15歳以下は、保護者か主人の許可がいるようです」

「そっか。僕じゃムリだしねぇ……」


昔だったら、一時的に人のフリをする『擬態パーシャル』が使えたんだけど、アレも奪われてしまった。

……リディアが右手を眺めている。


「お掃除をして、ソレに一時的に父さまを入れれば……」

「お掃除はしばらく禁止だよ、約束したよね」


あと、いくら変質者とはいえちょっとかわいそう。


「……そうですか。では『魅了チャーム』では?」

「受付さんを騙すのは難しいんじゃないかな。

 あとそこらの人を連れてきても酔っぱらいの保護者に見えるよ」

「……ですよね……」


冒険者というまっとうな職業で稼いで欲しいと提案したのは僕なので、案を出せないのは心苦しい。

まあ無難に誰かてきとうな人を見つけて、お金でも払えば……うん?


視線を感じる。

振り返ると、派手な赤いローブ姿の男がパイプをくゆらせながら僕を視ていた。


------------


男に連れられギルドから離れた安宿の一角へ。

あの場所では、他にも僕が視える人がいるので都合が悪いそうだ。


「私はジェレマイア。【紅の導師】と呼ばれている」

「……えーっと僕は……」

「――えっ!」


リディアが驚きの声をあげ、僕の言葉が中断される。


「……あの、あのジェレマイアさんですか!?」

「そうなるね」


男はゆうゆうと煙をふかしている。

改めてみて、すごく派手な人だ。

赤いローブにところどころ意匠や小物、ジャラジャラと光り物まみれだ。

それにずいぶん大きなつば広帽、こちらももれなく真っ赤。

歳は38か……でもそれよりだいぶ若くみえる。

長めの黒髪が乱雑に散っており、けれどずいぶん男前だ。


そして、なにより。

存在濃度レベルがおかしい。

こうして『眼』をひらいているとわかるが、12相当。

ヒトに許された値ではない。


「そうしてジロジロ視られると困るのだが。

 ……まあいい、本題だ。

 オマエさんは死神だろう? 私に協力してほしい」


「内容によりますね」

「ひとつ、長く生きたオマエさんから昔の話を聞きたい。特に黒森、それとそこの主についてはできるかぎり。ふたつ、この交易都市の地下深部の調査に協力して頂きたい」

「ひとつめは、まあいいです。でも地下遺跡は……」


この人なら僕の協力などいらないだろうに。

優秀なシーフがいればふたりでも踏破可能なはずだ。

交易都市の地下はそこまで深くない。


「私では……というより人間ではどうにもならんのでな」

「……えっ、それは……」


「私の望むモノの前に、人間では殺せぬモノが陣取っているのだよ」


------------


この交易都市の地下遺跡には最初の黒森防衛の戦いの記録が眠っており、あるじである闇生みの記録すらあると。

そうか、たしかに2000年前、あのバカ蜘蛛はここまで直接侵攻していた。

あれは焦ったよ。あのペースで大陸中うろうろされていたら、ほんとのほんとに人類は滅んでいた。


僕がその時の話をすると、ジェレマイアは狂ったような笑顔を浮かべた。


「ビンゴ! まさに情報の確度があがった!」

「ひっ」


ビシッ、と僕を両手で指差してくる。

呪いの発動も指差しなので、あまり人にするべき行為ではないのだけど。

ああまあ、僕はヒトじゃないからいいのかな。


「それでその、最奥の扉の手前に、彼の同胞である死神が?」

「そうなるね」

「…………。」


そんな、遺跡の門番みたいなことをしているやつがいただろうか?

ちょっと記憶にない。

あるいはここ200年でそうなったのか。


「ローブの、ころもの色はどうでした?」

「派手な黄色だった。まったく趣味を疑うよ」


真っ赤なあなたがいいますか。

しかし黄色か……エレーミアスのやつだな。

あの臆病者チキンがなにを考えているのかはどうでもいいや。


「リディア、どうする?」

「……その黄色の方は強いんですか」

「ジェレマイアさんと、それに君の左手、これだけあればむしろアイツには可愛そうなぐらいかな」


「デス太から奪った現能チカラは?」

「それも問題ない。僕が予見して防げる」

「……では、請けましょう。潰せる時に潰しておくべきです

「わかった」


僕はもう、かつての仲間を殺すのにためらいはない。

特に僕からチカラを奪ったやつは。

彼らを殺せば殺すだけ、チカラを取り戻せる。

リディアを守ることができる。

彼女を殺そうとするやつを減らすことができる。


いずれは根絶やしに。

まったく、問題ない。


「ではそうだな、このあと話と……そうそうまずは情報料と、お嬢さんの保険だ」


ぶちっ、とローブに付いた光り物のひとつを机に放る。

それは銀のブローチで、魔法の品だ。


「中級の『矢避けアヴォイド』が掛かっている。

 拳銃ぐらいなら防げるだろう」

「……ええと、コレを私に?」


「君は呪いはずいぶん達者なようだが、基礎魔法がいくつか不十分だ。

 特に飛び道具は怠ると死ぬぞ」

「……はい」


「それと中身にずいぶんと溜め込んでいるようだが、気配が周囲にだだ漏れだ。

 きちんと隠しておくすべを学びたまえ」

「隠す……というと?」

遮蔽しゃへい術だ。魔力を外界から隠せ。術式は相方に聞くといい」

「……わかりました」


リディアはずいぶん素直にジェレマイアの指示を聞いている。

僕以外の言葉は基本、流し聞きしている彼女がだ。

相当に、彼を人間扱いしている。


「そうだな、あとは冒険者登録か。

 死神くんと話し終わったらそれもしてやる」

「……えっ、わかるのですか」


「ギルドの受付にハネられ、ぐずぐずしている子どもなど何度も見ているよ」

「……えーと、そうですね、はい」

「私が推薦すれば最初から一ツ星でいけるだろう」

「ありがとうございます」


なんと、あのリディアがぺこりと頭まで下げている。

一ツ星とやらは相当すごいものなのかな。


「では、これからは大人の時間だ。根掘り葉掘り、情報をいただこうじゃないか」


------------


ジェレマイアの尋問が終わった。

その後、3人でギルドの登録に。

リディアにはジェレマイアが遮蔽しゃへい魔術をかけてくれた。

確かに失念していた。

今の状態の彼女はちょっとふつうじゃない。

それなりの『眼』を持つものなら彼女の内にあるモノに気付く。

それは、無用なトラブルのもとになりかねない。


晴れてリディアは銅板のカードを受け取り、冒険者登録が済んだ。

明日の朝、またここでと約束し僕らは別れた。


「デス太……気が付きました」

「そりゃもちろん」


リディアが聞いたのは、彼の魂の色だろう。

あんなのは僕も初めてみた。

なにか、異質なモノが混じり合って、ひとつになったような。

ふたりぶんの魂があるかのような。


「まれびとのにちょっと色が似てるかもしれない」

「……まれびとというと、異世界からの?」

「そうだね」

「自由都市ではフローレス島が近いから違いますが、よそでは処刑なんですよね?」

「まあ、子どもが見るもんじゃないかな」


リディアがこのまえ鞄泥棒にした行為とどっこいどっこいだけど。

まあ彼は自業自得だ。

リディアがそう言った。

だからそれでいい。


「……つまり、私が先に見つけて捕らえても……」

「いや、くわしいことはしらないよ」

「……調べてみましょうか、法律ルール


明日は地下遺跡の探索ということでいくつか備品を揃えた。

特に最近は街ぐらしで、携帯食など切らしていたからね。

あとは防具や、小さな円盾も。


その後リディアに『遮蔽しゃへい』の術式を教える。

3時間ほどで彼女は基礎を覚えてしまった。


……ほんとうに、レーベンホルムの娘は優秀だ。

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