ある生物の思考

N's Story

第1話 生存について

 隙間から日の光が強く差していた。覗き込むと、ちょうど地面にあった白い綿毛が、風に吹かれてどこかへ飛んでいく。

「生存競争さね」

「生存競争?」

 地面には緑の葉が、アスファルトの間の溝から生えていた。

「個が強くなることではなく、全で生存率を上げる。結局彼らは、最強の個体になることよりも、それなりに発展する種族であることを望んだのさ」

 今飛んでいった綿毛のことだろうか。きっと春には黄色い花を咲かせていたと思う。

「それでも、自分が死んだら全て終わってしまうんですよ? 全部がなかったことになるんです。それなら、周囲を無視してでも生きる方に振れた方が、ぼくは幸せだと思います」

 この花も、他の同族と共に発展するために、一生という短いサイクルの中、子を残すために生きるのだ。それだけで幸せだとは思えない。ぼくであれば、たったひとりでも強くなり、多くの難から逃れて長く強く生きていきたいと思う。

「君がそれでいいのならいいけれど、大抵のコミュニティはそれを許さないのさ。一人だけ違った行動をとるような、統率を乱すやつは排除されて終わりなのさ」

 これは群れで生きる者のことだ。いや、植物も遺伝子で統率されていると言えばそこに含まれるだろう。一人だけ綿毛を飛ばさずであれば、そこで全てが終わってしまうのだから。

「排除されないくらい強くなれば良いだけでしょう?」

「そういう団結力の強い種は、共に強くなってしまうか、強くなろうとしている者の足を引っ張るように出来ているわけさ。どうがんばっても、ぼくたちは完全な個にはなれないのさ」

 やっぱり、群れで生きる生き物のことのほうだ。他であれば、環境に適していた方が、その種として残っていくのみであるのだから。

 それがある程度べつの手段でも生き延びられる生物であるのなら、また話は変わってくる。ただ、人間などというものも、結局は最も単純な構造のつながりに収まるのだ。

「反対が出ている時点で完全な全でもないのでは?」

「進歩を望んでいる種は、反対にも耳を貸すさ。どんなことにも良い面、悪い面が存在するのだから、その両面から吟味するためにね。それすらできなくなってしまった種もあるみたいだけれど、それはきっと増えすぎてしまったからさね」

「増えすぎてしまっても困らないでしょう?」

「全の生存率が下がってしまうのね。中に出てきた異分子を制御できなくなってしまうのさ。均一化も図れなくなる」

 大きくなり過ぎた生き物が、自身の身体をコントロールできなくなるのに似ているのだろうか。そういったものはいずれ自重で潰れる。中には潰れないように海に出たものをいたような記憶があるけれど、それが最善だったとぼくたちには思えない。

「難儀なんですね」

「さて、ぼくは本気なのかね?」

「周囲を無視してでも生きる方、ですか?」

 思考にノイズが入った。綿毛を見るのはやめにしよう。

「ああ、ぼくたちを無視してぼくたちが個として生きることさ」

 対峙している思考もまた、ぼくたちのどれかの思考であったけれど、そこに自我はない。個性はあってもぼくたちの一部であるのだから。

「ぼくたちは全であり個であるんです。ぼくが個として生きる方を選んでも、ぼくが全であることにかわりないのです」

「大きすぎる個であることも悩みものさね」

 先ほどの大きくなり過ぎた生き物のことだろうか。確かにぼくたちは個であるには思考が増えすぎている。けれども、結局はぼくたちという個におさまる。

「なぜ? 統率が取れなくなってしまうことはないでしょう? 誰か《ぼくたち》が生きようとする限りは生き続けるのですから」

「拡散して生き続けたとしても、あくまでぼくたちは、ぼくたちが終わったら全てが終わりなのさね。そこで独自の進化は出来ない。一長一短というやつなのさ」

「なるほど、生存競争も必要なのですね」

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