対女子コーラス部①

 中間テスト初日。

 空欄だらけのテスト用紙を教師に渡した俺は、虚無感から机の上に突っ伏した。

 ここ一ヶ月程合唱部の活動やら、ピアノ練習やらに時間をとられた所為で、ほぼ対策無しでテストを受けるはめになった。


 二の腕を突かれ、顔を上げてそちら側を向くと、染谷が心配そうに見ていた。


「これ、明日の数学と世界史の問題を予想してみた。……良かったら使って」

「お」


 差し出されたのは、染谷お手製の対策集らしい。

 礼を言ってそれを受け取り、目を通す。

 中には綺麗な文字がビッシリと書かれている。これを作るだけでも相当時間がかかっただろう。

 夕礼が始まるまで出来るだけ読み込んでおこうと思ったのだが、望まぬ人物が俺の前に立った。


「テスト一日目お疲れ様だよ~」

「げ……、江上……」

「ねぇねぇ、今からDクラスに行くから、付き合ってくれない?」

「忙しい」


 テストが終わった直後だというのに、信じ難い程元気だ。まさかテスト自体を楽しんでいたのか?

 俺は顰めっ面で威嚇してみたが、まるで効果がなかった。ムンズと腕が掴まれ、引き摺るように入口の外まで連れて行かれる。

 目立つ行動はやめてほしいものだ。


「ちゃんと行くから、手を離してくれ」

「そう?」

「Dクラスなんかに何しに行くんだよ?」

「元合唱部の子と話そうと思って!」

「ああ……」


 料亭での食事会の際、彼女の口から、“元合唱部員と話してみる”云々の言葉を聞いたはずなのだが、行動する様子がなかったので、口先だけだったのかと思っていた。しかしちゃんとヤル気があったらしい。

 彼女なりにタイミングを測ってたってことなんだろう。


 Dクラスの教室周辺は雑談に興じる生徒達で少し混雑していた。

 江上はその中の一人に、話かけ、『白川しらかわさんを呼んでほしい』と伝える。


 直ぐに現れたのは、ポッチャリ気味の強そうな見た目の少女だ。


「琥珀ちゃん。お待たせ!」

「白川さん、目の下にクマが出来てるね」

「テスト勉強で徹夜したんだよぉ」


 彼女達の会話を聞きながら、俺は激しく瞬きした。

 おかしい。

 この白川某しらかわなにがしとやらは、普通の女子高生にしか見えない。

 だというのに、声が滅茶苦茶低い。野太い。

 江上とキャッキャと戯れる少女の、喉元辺りを見て、男の可能性がないのか確認する。

 すると……。


「いやぁ!! 何なの、この人! 私をイヤラシイ目つきで見てるぅ!」


 男らしい声であげられた悲鳴に、俺は怯む。


「え……、俺!?」

「他に誰が居るっていうの!?」

「里村君。白川さんは繊細な乙女なんだから、気を遣ってよね」

「声が俺よりも低いから、喉仏があるかどうか気になっただけなんだ」

「失礼しちゃう!! ねぇ、この人琥珀ちゃんの友達なの?」

「うん。少し前に合唱部に入部してくれた里村君だよ。とってもピアノが上手いんだ」

「こんな変質者がまともに楽器なんか弾けると思えない。琥珀ちゃんは騙されてるんじゃないのぉ?」


 えらい嫌われたものだ。

 もう俺だけBクラスに戻った方がいいんじゃないか。


「白川さんも、彼の演奏を聴いたら、考えが変わると思うけどね~。それはそうと、白川さんは、今どこかの部に入っていたりするのかな?」

「あ……。そうね。琥珀ちゃんには言いづらいけど、実は女子コーラス部に入ってるの」

「女子コーラス部? そんなのあったかな?」

「十月に百瀬ももせ先輩が、元合唱部員を集めて作ったんだ。なんだかんだで皆歌いたい人達ばかりだからさ。」

「そうだったんだ……」

「でも、入部してから半月経つのに、何の活動もしてないから、どうなるのかなって心配だったりもするけど」

「……」


 元合唱部員達の行動に、江上はショックを受けたらしい。

 綺麗な顔に影を落として、黙り込む。

 そんな彼女の代わり、俺は白川さんに伝えるべきことを話すことにした。


「あのさ、兼部でもいいから、合唱部に戻ってこれないか? 江上に力を貸してやってほしい」

「悪いけど、百瀬先輩を裏切れない。女子の結束は硬いから」

「……一度江上を裏切ってるじゃん」

「なんですって!」


 野太い声ですごまれ、俺は情けなくも二、三歩後ずさった。


「里村君。出直そう。白川さんお話してくれて有難う。またね」


 白川さんは複雑そうな表情で俺たちに手を振り、教室の中に戻って行く。

 その丸っこい後ろ姿を見送ってから、俺達は自分達のクラスの方へ歩みを進めた。


「百瀬先輩って誰?」

「え。知らないの!? 今の生徒会長なんだよ」

「瑠璃さんの後任なのか。……もしかして、合唱部から部員が居なくなったのって、その人が裏で糸を引いて……とか?」

「そーだよ。だけど、当然の行動のような気もする。そもそも、彼女が生徒会活動が忙しいから、私が合唱部の部長をやらせてもらってたんだ。皆本当は百瀬先輩を慕っていたんだよ。だから、私を信用出来なくなって、皆を引き連れて去ったのかも」

「でも、生徒会長がお前に部長やらせてたのは、気に入られてたからだろ? 認められてたんだと思うけどな」

「違うと思うな~。百瀬さんはお姉ちゃんに憧れているから、妹である私を特別扱いしたんだと思ってる」

「そうかぁ?」


 全校集会の際に壇上でスピーチをしていた人物の姿を思い出す。

 毅然とした姿に、誰に対してもフェアに接しそうな印象を受けたものだが、人は見かけによらないのだろうか。


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